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追憶の探偵

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追憶の探偵

29 - 2-case11 お前より先には

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2025年01月24日

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「珍しいな、お前が子供相手にあんなことするなんて」

「そう? 僕は、春ちゃんと違って子供好きだけど?」



別に嫌いなわけじゃねえ。と答えれば、そうかなあ? などと神津は否定的な反応を返した。


あの後小林を家まで送り届け、探偵事務所に帰ってき机の上に紙を広げ情報を書き出すためにペンを取った。

神津は俺の脱いだスーツと、自分の上着をハンガーに掛けながら飲み物を準備するとキッチンへ歩いて行く。小林と神津が交した約束や推理ゲームと違って、俺たちが受けたこの依頼は誘拐された少女達の命がかかっている重大なものだ。間違えるわけにも時間をかけるわけにもいかない。

小林から得た情報、倉庫で救出した少女からの情報、今朝誘拐されたから探して欲しいと頼んできた女性の情報。それから、新聞やネットの記事を洗いざらい書き出して、捌剣市の地図を開く。



「春ちゃん紅茶に砂糖どれぐらい入れる?」

「多め」

「角砂糖何個?」



と、キッチンの方から神津の声が聞えた。


しかし、集中し始めていた俺の脳には神津の声が左から右へと流れていくばかりで、彼の質問に対し明らかに可笑しい返答をしてしまう。



「入れられるだけ」

「……糖尿病まっしぐら~」



そんな神津の声が聞えたかと思えば、給湯器がヒュウゥウと音を立ててお湯を出し始めた音が聞こえてきた。

俺はその音を耳にしながら、地図上に捌剣市の使われていない施設に×印をつける。



(矢っ張り、思った以上に多いな……)



廃院から廃アパート、マンション、ホテル……など、人が住んでいないが綺麗に残っている建物は沢山あった。自宅という説は省いたが、一応は犯人だと予想を立てた人物の自宅にも×印をつける。

劣化していたり、建物の老化が酷いものは除外していくと二十カ所には絞れた。だがまだ多い。



「はぁあ~頭回らねえ」

「はい、春ちゃん糖分」



コトン、とキッチンから戻ってきた神津は俺の目の前に紅茶を置いた。紅茶は香りは好きだが如何せん苦くて飲めない。砂糖を入れてやっと飲めるぐらいなのだが、神津がいれてくれたものということで、俺は礼を言うとズッと一口飲む。が、次の瞬間口の中に広がったジャリッとした感覚に思いっきり眉をひそめる。



「おい、神津! お前、何個砂糖入れてんだ!」

「え~だって、入れられるだけって春ちゃんいったじゃん」

「限度ってもんがあるだろ、限度ってもんが! これ、砂糖溶けてねえじゃねえか!」



そういえばさっき、彼は何かをいっていた気がするが、それに気づかず普通に飲んでしまったことを後悔する。こんな甘ったるく不味いものを良くもまあ平然と出せたものだ。

口の中に甘さがガンガンと残る中、俺はもしかして昼間の仕返しかと神津を見てやれば、正解といわんばかりに、にんまり笑った。



「入れれるだけ、入れてって言ったのは春ちゃんだよ?」

「……ッチ」



舌打ちしない、と神津が指摘してきたのにもまたカチンときた俺は、グビッと出された砂糖が溶けていない紅茶を飲み干した。



「え、え、春ちゃんそんな飲まなくても……」

「お前が出したお茶だろ? 飲まなきゃ失礼だろう」

「でも……えー、捨てればいいのに」



と、俺にお茶を出したくせにそんな文句を言う神津に俺はふんっと鼻を鳴らす。


そもそも、飲めない前提でお茶を出すこと自体が可笑しいし、勿体ない。

口の中にはさらなる甘みが追加され、歯磨きをしてもおちそうにないなあと俺は口元を手で擦った。手の甲には口周りについた砂糖が半分溶けた状態で付着する。



「春ちゃんってほんと頑固だよね」

「ほっとけ」



そう、返してやれば神津は呆れたと肩をすくめる。俺の考えてることなんて神津には手に取るようにわかるのだろう。それが少し悔しい。



「そういや、神津、俺のスーツちゃんと掛けてくれたか?」

「勿論。でも、あれボタン取れかかってたよ。それに、ほつれも凄いし、買い換えたら?」

「…………」



俺は神津の言葉に反応が出来なかった。

確かにボロくなっているし、ほつれも凄ければ毛玉もよく付くようになってきた。換え買い時だとは分かっていても、あのスーツを捨てることは俺には出来なかった。俺の心中を察したのか、神津は「分かるけどさ」とソファに腰を下ろす。



「春ちゃんのお父さんのでしょ?前々から、あのスーツ春ちゃんの背丈に合ってないように思ってたし、結構使い古されているなあって思ったから」

「……そうだよ」

「本当に喪服だよね」



と、神津はいうと目を伏せた。


亡き父が着ていたスーツを俺は母親の許可を得て着ている。父親の敵を討とうとかは思っていないが、何も俺たちに残していかなかった父親の数少ない遺品でもあるから俺はそれを身につけている。もう父親の声は思い出せない。父親が吸っていたタバコの銘柄をみつけ吸い始めて、ああ父親はこんな匂いしていたなと思い出すぐらいだった。

警察官だった父親は、俺が物心ついてから記憶にある限り家にいる時間が少なかった。一緒に出かけることも稀で、プレゼントも買って来ない。趣味もなければ、休日は寝ているか家でも仕事をしているかのどちらかだった。


父親が残したものは本当に何もなかった。


そんなことを考えていれば、ふと神津が顔を上げた。



「春ちゃんは、死なないでね」

「お、おう……どうした急に」

「ううん。幾ら警察を辞めたからっていって、命の危険にさらされることが少なくなったからっていっても、探偵として今回みたいに事件に首を突っ込めば、また危険にさらされるから。生き急ぐようなことしないでね、絶対に」



そう、神津は真剣な表情でいった。

神津の言いたいことは分かったが、生き急いでいるわけではない。俺は、反論するように、神津の心配性な性格を笑うつもりで返してやる。



「俺は死なねえよ。少なくともお前より先にはな」

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