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「それ……、なぁ虎石っさん。 それいったい幾らしたん?」

「あ? 80円……」

「ふざけんなオイ! 今日びそんな値段で……っ。 何百年前の話よ、おぉん!?」

小さな町の駅前で、おおっぴらな看板を掲げるファーストフード店内にて。

いそいそとハンバーガーに齧(かぶ)りつく虎石に対し、今にも胸ぐらを引っ掴みそうな勢いで、葛葉が食って掛かった。

「てか財布。 財布見せてくれる? 何ならちょっと跳んでみてよ?」

「財布なんざ持たねぇよ。 あんなモンはな? 気の小せぇ奴が持つもんだ」

「なにその虎石理論? いい加減にしてよホントにさぁ……」

ぶちぶちと文句を垂れながら、手元のドリンクにひと口つける。

これを素早く見咎(みとが)めた真向かいの彼は、お返しとばかりに不満げな顔をした。

「いま飲んでるそれは幾らだったよ?」

「あ? 10円……」

「バカかオメーは! 今日び水でももっとすらぁ!」

まこと、金の厄事とは恐ろしいもので、心の平静はおろか、時には正常な判断能力にまで支障をきたすことがある。

両者の言い分はこうだ。

“それだけありゃ、そこのパチ屋で一発逆転を狙えたのに!”

「あ、それ知ってます。 パチンカ……」

「オメーは黙ってろ!」

こちらはチーズケーキを上品に賞味するユキが、得心した様子で頷(うなず)いてみせた。

この町で足止めを食らって、もう二日目になる。

現在地は、大陸の東端にあたる沿岸部の小都市で、件の港町はすでに目と鼻の先だ。

あと少しで目的地に到着しようかという矢先に、まずは虎石の財布が底をついた。

「身動きできないの、いったい誰のせいよ?」

「あんなクソ高え店でめちゃ食いしやがったのは、いったいどこの誰だよ?」

「いやいやいや! その後じゃん問題は。 “今なら幸運の女神が微笑んでくれそうな気がする”とか言ってさ、賭場へ突っ込んでったじゃんか! 嬉しそうな顔して」

「オメーもノリノリで付いてきやがったろうよ? “ようござんすか!? ようござんすね!?”とか吐(ぬ)かしながら」

「いや……、たぶん、どっかの博徒が乗り移ってたんだね……」

その後を追うようにして、今度は葛葉の財布が空になった。

旅の最中に無駄な浪費はご法度であるが、今回ばかりは場の空気に当てられたとしか思えない。

元より、双方とも財布の紐は固いほうである。

「ギャンブルって怖いよね? 引き際がマジで分からんようになるって言うかさ……?」

「オメーのは単に向こう見ずなだけだ」


陸海の両面から見ても、とりわけ流通に適した土地柄とあって、この辺りの産業はじつに多種多様なものだった。

湾岸には工業地帯が広がり、船舶や情報機器などが生産され、平野では伝統産業に地場産業が盛んに推進されている。

旅人(たびにん)をはじめ、居住を目的とする人々の流入もそれなりとあって、昨今では歓楽街の建設も精力的に行われていた。

その最たるものが、町の方々(ほうぼう)を絢爛華麗に彩るカジノというワケだが。

「や、なんかさ? 丸刈りの超絶イケメンが居ると思ったんよ。 目の前でクルマ吹っ飛ばされようと、“ハァハン?”で済ますようなさ?」

「なに言ってやんだオメーは」

「てか世知辛すぎなんよホント。 ゲームならこんな時、手当たり次第にモンスター倒しまくってさぁ」

「……ありゃ止(や)めとけ。 レベル高すぎだ」

眼下の通りに目を向けると、折しも派手なスーツにエナメルの靴を合わせた男性が、同じく華美な装いの女性を伴って、街灯の下を悠々と闊歩しているのが見えた。

ともあれ、こうした事態に陥った場合、効率云々はさて置き、日雇いよりもよっぽど稼げる職種がある。

厄介ごとの多い昨今だ。 困っている人々の依頼を受けて、その働きに応じた報酬を頂く。

何でも屋ではないが、そういった行いを生業にする者も少なくない。

依頼人を引っ張ってきたのはリースだった。

その辺りの手回しに掛けては、じつに熟(こな)れた彼女である。 また、段取りについても抜け目がない。

調査に必要な前金は、すでに幾らか頂いているとの事だった。

「でも、ホントに出すよ? 旅費くらいさ」

「いやいや」

再三に渡り、そのように申してくれるのは非常にありがたい。

しかし葛葉としては、過日の多大な借りがいまだに返せていない以上、さらに甘えるわけにはいかなかった。

何より、今件に関しては完全に自分の落ち度だ。

「そういや、あれは虎石っさんにも責任があるんじゃ……」

「なにがよ?」

「や、ごっついシャンデリア……。 いや止(や)めとこ。 お金の話は止めとこう」

一方の虎石については言わずもがな。 金銭面で人に頼るのを、何があっても善しとしない男である。

ゆえに、引き受けた依頼の遂行にあたって、こうして細(ささ)やかな作戦会議の場を設けているという次第だった。

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