肝心の依頼についてだが、ありがたい事にと表すのは、いささか情味に欠くか。 事案は合わせて二件ある。
片や、血色(けっしょく)の悪さが目立つサラリーマン風の男性によるもの。
片や、おしゃれでアクティブな若いカップルによるものだ。
「ヘンテコな駅の調査と、人探しだっけか?」
「うん……」
前者の要請は、深夜に現れる不思議な駅を調査して欲しいという趣旨のものだった。
そして、もし叶うのなら、もう一度あの場所へ行く方法を突き止めてほしいと。
一方、若いカップルが持ちかけた依頼は、行方不明になっている友人を探してくれという、非常に逼迫(ひっぱく)した内容のものだった。
何でも、先日大学のサークル仲間でパワースポットを訪れたのだが、同行した一名と帰宅後に連絡がつかなくなったと。
自分たちもまた、それからというもの不思議な現象に見舞われているのだという。
「……この辺って、そういう話が多いみたい」
「ほぉ?」
薄っすらと湯気を立てるコーヒーカップを覗き込みながら、リースがいつになく神妙な面持ちで唱えた。
磁場の関係で、霊的なものを呼び込みやすい土地というのはたしかにあるが、葛葉の見立てでは、良からぬ存在が跋扈(ばっこ)している気配は特にない。
めざす港町には、かつて神寳(かんだから)の製作に携わるような職人が住まっていたと、あの女(ひと)は言った。
ひょっとすると、その辺りの事情と何らかの因果関係があるのか。
「不思議な現象ってのは、どんな感じなんだよ? 具体的には」
「ん、なんかね? 誰もいない部屋からペタペタ足音がしたり、シャンプーしてると頭触られたりだとかって」
「どっちもどっちだな……」
口のまわりに付いたソースをぐいと拭った虎石は、続けて盛大に息をついた。
斜(しゃ)に構えた態度は相変わらずであるが、逐一の人間味には事欠かず、切り替えも早い。
「俺はそっち当たるぜ? ワケの分からん駅だとか、そんなフワッとしたもんにゃ付き合ってらんねぇ」
「あ、でしたら私もお付き合いします。 行き方知れずの方、はやく見つけて差し上げないと」
これにユキが賛同し、なかば自動的に振り分けが完了した。
適材適所に照らしても、おおよそ妥当な人選と言えるか。
心霊現象を示唆する不慥(ふたし)かなものが絡んでこそいるが、本義はあくまで人探しという、物理的・現実的な観念に則した事案だろう。
もう片方は、ガチガチにスピリチュアルな案件だ。
「リースはどうする? なんならちびっ子たちの面倒」
「ん! クズに付いてくー」
「あ、手伝ってくれるんだ……。 ゴメンね? けど、大丈夫?」
果たして、こちらは好奇心の塊のようなブロンド娘が、瞳をキラキラと輝かせて協力を申し出た。
厚意はありがたいが、仕事を見つけてくれたのは、当の彼女に他ならない。
この上さらに面倒を掛けるのは。
「ん、大丈夫! 邪魔しないよ?」
「連れてけよ。 かなり使うぜ? そいつ」
こちらの懸念を見越した様子の虎石が、さっと嘴(くちばし)を容れた。
見れば、すっかりおネムの童と霙(みぞれ)を小脇に抱え、早々と帰り支度を整えている。
時刻を確認すると、じき24時に差し掛かろうかという頃おいだった。
「上手いことやれよ? 端(はな)っから当たり引くとは限んねぇが」
「そっちはどうする?」
「明日だよ。 こんな時間から動いてもしゃあねぇ」
尤(もっと)もだ。
人探しの基本は、足取りの精査と入念な聞き込みに頼った実地調査が主体となる。
こんな遅くから、本題のパワースポットとやらの周辺家庭を巡り歩いたところで、嫌な顔をされるのがオチだろう。
対して、こちらの一件は、この時間になって初めて調査が成り立つ。
終電間近の電車が誘(いざな)うという、摩訶不思議な駅。
然(さ)して緊急性は無い様子だが、粗方の神が立ち去った後の地上にあって、未だにそうした超常的な現象を育む土壌が、何となく気に掛かった。
「まぁ、頑張ってみるわ。 お腹すいてるけど。 仕事だからね? お腹すいてるけど」
「………………」
頂いた前金はあくまで調査費であって、遊興はもちろん、食費に転用すべきではない。
その辺りの融通が利かないのは、相身互いか。
しかし、似た者同士と揶揄(やゆ)されるのは癪(しゃく)だ。
「腹減ってんならそう言えよ。 あのバーガー、俺にはちと重くてな?」
「なに……?」
「ジュースでいいっつうから、俺はてっきり」
大いにカチンと来たが、応戦するほどの気力はない。
余計なことで、空腹に拍車をかけるのも考えものだ。
代わりに、いま現在の先方の有様(ありさま)というか、見たままを端的に表してやろうと、せめてもの茶目っ気が湧いた。
「なんか、あれだね?」
「あん?」
「や、こうやって見ると、子ども連れた夫婦っていうか」
そのように所感を述べたところ、彼はものすごい表情でこちらを見た。
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