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会議室を出た三人は、階段を上って二階のファイア陛下の部屋に向かう。
部屋に入ると中心にベッドが置かれているだけの簡素な部屋だった。完全に病室として使われているらしい。
真っ白なベッドに臥しているファイアはルアージュと同じ赤髪。50代だが痩せ衰えて頬がこけているために目尻や口元のシワが深い。
「お父様、具合はどうですか?」
ルアージュがベッドの前で膝を折ると、ファイアは嬉しそうに目を細めて目尻のシワをさらに深くした。
「おぉ、ルアージュ……お前の顔を見たら元気が出てきたぞ……」
「今日は名高い薬師をお連れしましたの。絶対に治りますわ」
「そうか……ありがとう……ルアージュは優しいな……」
か細い声で返すファイアに国王の威厳など全くない。そこにあるのは娘を溺愛する優しい父親の眼差しだった。
ルアージュの背後ではランナとヒルが並んでその様子を見ているが、ファイアの顔色を見たランナの顔は険しい。
(顔色も生気の感じもよろしくない……これは普通の病ではない)
薬師としての使命感がランナの背中を押す。ランナは一歩前に進んでルアージュの背中に呼びかける。
「ルアージュ様、診察してよろしいでしょうか。まず病状を教えてください」
「えぇ……病名も原因も分かりませんの。ただ衰弱していかれて、どんな治療も薬も効きませんのよ」
まさに謎の病だがランナは驚きはしない。むしろそれで確信した。これは『病』ではないと。
ルアージュに変わってランナがファイアの顔の前で膝を折る。
「ファイア様、少し手に触れますね。失礼します」
ランナは毛布の中に片手を入れてファイアの痩せ細った手を握る。ランナが感じ取っているのは体温ではなく生気。
目を閉じて生気の色と質を読み取ると、ファイアの生気は命の炎を思わせる赤色だが発色が薄く弱い。まさに消え行く命の灯火を思わせる。
そして、その灯火の周りを取り囲む禍々しい漆黒の色。少し前にこんな色を見た気がする。
目を開けると、ランナはファイアの赤い瞳を真っ直ぐに見据える。
「分かりました。これは病ではなく『呪い』です」
それも強力な。普通の聖女や聖力では解けないほどの強力な呪い。そこから読み取れるのは強い恨みと殺意。
ランナの後ろで黙って見ていたヒルの眉が微かに反応した。ルアージュは口を両手で覆って青ざめている。
「お父様に呪いを……? 一体誰が、なぜ……」
その独り言のようなルアージュの問いかけに答えたのは背後のヒルだった。
「国王ともなれば恨まれたり殺意を持たれたりするだろ。オレだって常に呪いや毒には警戒してる」
(ヨル様が恨まれたのは国王とか関係ないし、ヒルくんは呪いをかける側だし、他人格を毒殺しようとしてるくせに……)
ヒルの発言は真面目に聞こえるがツッコミどころが多すぎる。ランナの思考は雑念だらけで忙しい。
今はそれよりも目の前の国王、いや患者を全力で救いたいとランナは思う。そこに国政などは関係ない。
(私には呪いを解く力も治癒の能力もない。でも魔法薬の調合はできる)
聖力の弱いランナは今まで風邪薬くらいしか調合できなかった。でも今なら出来そうな気がする。なぜなら背中から感じる視線が温かいから。
それを目で確かめるように振り返ると、ヒルの視線とランナの瞳が重なる。ヒルは無言で頷いた。
ランナは意を決して視線を隣のルアージュに移す。
「薬を調合します。米粉を用意できますか?」
「米粉……ですの? 厨房に確認を取ってみますわ」
ランナは魔法薬を調合するための素材として米粉を使う。これは幼き頃に見た母の調合の方法を受け継いでいる。
やがてメイドが病室に入ってきてルアージュに報告する。
「小麦粉はあるのですが、米粉はありませんでした。調達するのに少しお時間がかかります」
「そうですの……仕方ないですわね。ランナ様、ヒル様、少々お待ち頂いてもよろしいかしら?」
今から使いを出して街へ米粉を買いに行かせるので待ってほしいという。ランナはヒルに確認しようと思って振り返ると、なぜかヒルは必死に首を横に振っている。
ヒルが壁掛け時計を指差すので見てみると、今の時刻は午後4時半。ジョルノ国へ帰国するには馬車で片道1時間かかる。
ランナはようやく深刻な『制限時間』の事を思い出して一気に血の気が引く。
(午後5時になったらヨル様の人格に変わっちゃう!)
この際、帰りの馬車の中でヨルの人格になるのは仕方ない。それでも午後5時になる前に国境の門を出ないと大変な事になる。
ヨルの事なので、聖女だらけの国で聖女遊びでもされたら状況は悪化する。何よりも一番怖いのは、今この場にヨルが出てくる事だ。
(今、ルアージュ様とヨル様を会わせたら修羅場どころじゃない!)
実はヒルを装ったヨルだったと思われたら今までの話が嘘になってしまう。もはや戦争は免れない。
ランナはもう素材や手段を選んでいる場合ではなくなった。
「すみません、時間がないので小麦粉でいいです!」
「あら、そうですの? なんなら今日はヒル様とご一緒にお泊まりになっても構いませんのよ?」
「え!? お、お構いなく! 小麦粉で大丈夫ですから、小麦粉をください!」
ランナの必死の要望で、小麦粉で魔法薬を調合する流れになった。
僅か数分で、小麦粉が入ったガラスの小瓶がランナの手元に届けられる。ランナは小瓶を両手で包んで持つが、内心は不安だった。
(大丈夫よね、米粉も小麦粉も見た目は似てるし……)
呪いを解く薬を調合するのも初めての事で、成功するかどうかは分からない。
ファイアの命と、ルアージュの期待と、和平。背負うものの重さに呼吸が乱れて心臓が締めつけられる。
そんな時、急にランナの背中はふわっとした優しい温もりに包まれた。そして瓶を持つ両手の上に逞しい男性の両手が重なる。
振り向かなくても分かる。ヒルが後ろから抱きしめてきたと。
「大丈夫だ、ランナ。自信を持て。お前はオレの最強の聖女で最高の王妃だ」
「ヒルくん……」
耳元で囁かれるヒルの愛の呪文はランナの心にまで浸透して熱くさせる。不思議と今までにない内なる力が湧いてくる。
ヒルと力を合わせれば、どんな魔法薬でも調合できる気がする。そんな勇気と共にランナは精神を集中して目を閉じる。
……そう。聖女の能力は『愛』によって高まり、最大限の力が引き出されるのだから。