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テラーノベルの小説コンテスト 第3回テノコン 2024年7月1日〜9月30日まで
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荘厳なパイプオルガンが仙石家と田辺家の人々を包み込み、マリアと百合の花に彩られたステンドグラスの光の中に明穂と吉高が向き合った。



「汝、仙石吉高は、この女、田辺明穂を妻とし、良き時も悪き時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分つまで、愛を誓い、妻を思い、妻のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?」


「誓います」


「汝、田辺明穂は、この男、仙石吉高を夫とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分つまで、愛を誓い、夫を思い、夫のみに添うことを、神聖なる婚姻のもとに、誓いますか?」


「誓います」



明穂と吉高は指輪の交換を終え神の御前で軽く口付けを交わした。明穂は仙石明穂となった。






ーーーそして2年後


「|紗央里《さおり》」


暗い寝室、それは健常者では聞き取れない微かな呟きだった。明穂が起き上がるとツインベットを遮るナイトテーブルで眩しい光が点滅した。


(紗央里、紗央里って誰?)


「う、ううん」


携帯電話の点滅に目を覚ました吉高がそれに手を伸ばした。明穂は慌てて布団に潜り込み眠った振りをした。


「ーーーーー!」


携帯電話の画面を確認した吉高は寝室の扉を閉めた。明穂の心臓は跳ねた。あれは、あの呟き、あの仕草はテレビドラマでよく《《耳にする》》一場面だ。


(まさか、うわ、浮気?)


明穂の握り拳に汗が滲んだ。






吉高は外科の担当医だった。長時間に渡る手術の後は興奮状態に陥り抑えきれない高揚感に取り憑かれた。術後の手洗いを済ませると吉高は女性看護師の手首を掴み廊下を急いだ。実直で品行方正だった吉高はいつしか愛欲の沼に溺れていた。


「あっ、あっ」


カルテの保管庫奥の閲覧机にはボタンを外し両脚をはだけた女性がもっと欲しいと吉高の|臀部《でんぶ》を力強く引き寄せていた。


「紗央里、紗央里」


廊下を行き交う同僚に気付かれぬ様、吉高はくぐもった声で愛人の名前を呼び腰を前後に擦り合わせた。


「待って、先生」

「なに」


血管が筋だちはち切れそうなそれを膣内から抜きその具合を確認した。吉高は白衣のポケットからからコンドームを取り出し前歯で封を切る。その間も指先は紗央里の中を掻き回し悶えさせ続けた。


「あ、やだ先生おっきい」

「いつもと同じだよ」


吉高は手際よくコンドームを装着し淫部に当てがった。


ぐちゃ


滑った音が更に興奮を掻き立て、|躊躇《ためら》う事なくそれを奥まで押し込んだ。


「先生、もっとゆっくり楽しみましょうよ」

「駄目、今日は無理」

「もう」

「ごめんね」


紗央里は諦めた顔で吉高の腰に赤いフットネイルが艶めく脚を絡み付けた。


「んっ」


吉高は激しく腰を振り始めた。下腹が吸い付き、そして離れ、また吸い付く。腰を掴んでいた手のひらが紗央里の両胸を捏ね回し乳首を摘み上げた。その痛みに紗央里の内壁は上下に|窄《すぼ》まり吉高自身を吸い上げた。尾骶骨から脳髄に電流が走る。


「せ、んせ」

「黙って」





吉高の性欲は激しく大人しい明穂では満足出来なかった。明穂に結婚を申し込んだ理由は大智への一方的な競争心からだった。幼馴染の明穂を独占したい欲もあったがその思いは長くは続かなかった。


「ーーーはぁ」


悶々とした日々。ところが結婚2年目を迎える頃に医局の異動があり1人の女性看護師と出会った。春の歓送迎会、3次会のカラオケルームへ移動する途中で吉高はその女性と手を繋ぎ夜の街へと姿を消した。





「あっ、あっ」

「紗央里、声が大きい」

「だって先生が」

「僕がなに」

「じょ、上手なんだもんっ」


自身のセックスの技量がどれ程のものかは不明瞭だが紗央里の喘ぎ声でそれはより大きく形を変えた。膣内の奥にそれを押し込み前後した後、膣口で小刻みに揺らすと紗央里は足の指を大きく開いて絶頂を迎えた。


「紗央里、可愛い」


力なく揺さぶられる肢体を堪能するが吉高は果てる事を知らない。腰をより激しく前後すると紗央里は呻き声をあげてもう一度絶頂を迎え顎を反らせた。吉高の額に汗が滲み息遣いが荒く心臓が脈打った。


「さ、おっ」


朦朧とした意識の中で下腹部が熱くなるのを感じ吉高はコンドームの中に人の道から外れた欲情を解き放った。


「紗央里」

「先生」


この瞬間だけは明穂に申し訳が立たずもう2度とこの様な愚行はするまいと後悔の念に駆られるのだが紗央里の薔薇のシャンプーの匂いを嗅いだだけでその誓いはあっけなく崩れ、カルテ保管庫でズボンのチャックを下ろした。


そして吉高は明穂の五感を軽んじていた。弱視という事で物の色や輪郭は判別出来たが人の表情は《《見えない》》と思い込み、また聴覚や嗅覚が健常者よりも優れている事を理解していなかった。

そこで大胆不敵にもリビングで紗央里と|卑猥《ひわい》なLINEの遣り取りをした。それは日を追う毎にエスカレートし玄関先や庭に出てLINE通話で会話を交わす様になった。


(また、紗央里さん)


吉高が紗央里と情事に耽った日の表情は締まりが無かった。そして側を通り過ぎる瞬間に匂う薔薇の香。その後リビングで遣り取りするLINEスタンプは赤やピンクが多くそれはハートマークを連想させた。


「何処に行くの?」

「あ、ちょっと仕事の電話」

「そう」


吉高の微かな愛の言葉を明穂の聴覚は明瞭に聞き取った。


(・・・おり、そんな事言うなよ)

(ーーーーーー)

(あい・・・てるよ)


その甘ったるい声に気分が悪くなった明穂は2階へと駆け上がった。数分後、縁側の引き戸が閉まる音が聞こえた。


「おーい、明穂、寝たのか!」


愛人との通話がひと段落ついた吉高が階下から明穂の名前を呼んだ。


「は、はい」


|怖気《おぞけ》が走った。


「如何したの、具合でも悪いの!」

「頭痛がして、ごめんなさい」

「そうか、おやすみ!夕飯は温めて食べるよ!」


すると今度はポコン、ポコンとラインメッセージの遣り取りが始まった。


(如何したら良いの)


実家の母親に相談しようかとも考えたが田辺家と仙石家は明穂が生まれる前からの長い付き合いがある。明穂と吉高が住まうこの新居も両家が金銭を出し合って建てた様な物だ。その両家に|軋轢《あつれき》が生じる事は出来るだけ避けたかった。


ぎしっ


「明穂、良いだろ?」


そんな吉高との夜の営みは決して円滑であるとは言い難かった。明穂は吉高と初めて肌を重ね合わせた瞬間に違和感を感じ、それは結婚して2年経った|現在《いま》も慣れる事は無かった。


「よ、吉高さん」

「怖くないよ、今から挿れるからね」

「ーーーーんっ」


普段とは全く異なる顔付きの吉高は明穂の中へそれを挿入した。息遣いが荒くなり腰の動きが激しくなった。明穂はその行為が1分1秒でも早く終わって欲しいと願った。


「明穂、明穂」


両膝裏を抱え上げられ深く突かれた明穂は唇を食い縛った。吉高の眉間に皺が寄った。


「吉高さん、着けて!」

「良いじゃないたまには、夫婦なんだし」

「駄目!着けて着けて!」

「明穂」

「着けて!お願い!」


吉高は渋々コンドームを取り出しそれに被せた。明穂は子どもを授かる事を願う反面、この弱視が遺伝するのではないかとそれが不安だった。明穂は母親に付き添われて病院を受診したが《《遺伝しないとは断言出来ない》》と告知を受けた。依ってセックスには前向きにはなれなかった。


「明穂、いつになったらなにも着けずに出来るんだ」

「それは」

「僕たち夫婦なんだろう?」

「そう、そうだけど」

「もう少し、なんて言えば良いかな、愉しもうよ」


吉高が紗央里という女性との浮気に走ってしまったのはこのぎこちない性生活が原因なのかもしれない。|大凡《おおよそ》の見当は付いたがそれが理由で大手を振って浮気をして良い筈がない。


(愉しむなんて無理、触られるのも嫌)


明穂は吉高から紗央里との浮気が発覚した後も度々セックスを求められた。


「ごめんなさい、生理なの」

「また?」

「不順なのかも」

「病院に行ってよ」

「うん」


それは到底受け入れられる行為では無かった。


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