「……いや、ちょ、待って。これ俺、何したらええん?」
分娩室の前。
落ち着きなく歩き回る宮侑は、完全にパニック状態だった。
「水!? タオル!?
え、もうある? ほな次何!?」
看護師さんに軽く制止される。
「お父さん、落ち着いてください」
「落ち着いてます!!」
即答。
声、でかい。全然落ち着いてない。
壁にもたれて座り込むが、三秒で立ち上がる。
「無理無理無理。
試合より緊張するわこれ」
手を握ったり開いたり。
汗ばんでいるのが自分でもわかる。
――分娩室の向こう側で、🌸が頑張っている。
「……しんどいやろな」
普段は強気で生意気な言葉ばかり出るのに、
今はそれすら出てこない。
「俺、トス上げることしかできへんのに……
今、一番必要な時に何もできんやん」
歯を噛みしめる。
「代われるもんなら代わりたいわ……ほんまに」
その時。
「お父さん」
呼ばれて、勢いよく顔を上げる。
「産まれましたよ。元気な赤ちゃんです」
一瞬、頭が真っ白になる。
「……は?
え、今!?
ちょ、今“産まれた”って言いました!?」
ドアの向こうから、小さな泣き声。
「……泣いてる」
それを聞いた瞬間、胸がぎゅっと締め付けられた。
分娩室に入ると、ベッドの上の🌸。
疲れた顔なのに、ちゃんと侑を見て微笑んでいる。
「……🌸……」
声が、震えた。
「ほんまに……お疲れ」
それだけ言うのが精一杯だった。
看護師さんが、赤ちゃんを抱いてくる。
「抱っこ、してみますか?」
「俺!?
今!?」
一瞬ひるむ。
「……落とさんよな?
いや落とすとかちゃうけど、万が一とか……!」
「大丈夫です」
言われるまま、ぎこちなく腕を出す。
「……っ」
抱いた瞬間、言葉が消えた。
「……あったか……」
思っていたよりずっと小さくて、温かい。
赤ちゃんが泣きながら、侑の指をぎゅっと握る。
「……あ」
その感触に、喉の奥が熱くなる。
「……パパやぞ」
声が掠れる。
「こんなん……反則やろ」
🌸を見る。
「……ありがとう」
今度は、はっきり言えた。
「正直さ、俺、父親とか向いてへんと思う。
テンパるし、うるさいし、失敗もする」
赤ちゃんから目を離さず続ける。
「でもな」
小さく息を吸う。
「この子の人生には、
俺が一生トス上げ続ける」
🌸が目を細めて笑った。
「転びそうになったら、
どんな体勢でも繋ぐ」
赤ちゃんに、そっと声を落とす。
「大丈夫や。
父ちゃん、コート外では不器用やけど……
守ることだけは、誰にも負けへん」
泣き声が、少し弱まる。
「……あ、今の聞いた?
ちょっと落ち着いた気する」
侑がそう言うと、🌸が小さく笑った。
その笑顔を見て、胸の奥で何かが定まる。
「なぁ」
赤ちゃんの額に、そっと顔を近づける。
「よう来てくれたな。
父ちゃん、これからも全力や」
初めての家族写真みたいな静かな時間の中で、
宮侑は確かに“父親”になった。
コメント
1件
ぐはッ好きだわ