「……双子やからな。落ち着け、俺」
分娩室の前、壁にもたれて腕を組む治。
表情はいつも通り穏やか――に見えるが、足先は微妙に揺れている。
「二人分……二人分や」
隣で侑が落ち着きなく動き回っているのを横目に、
心の中で(うるさいな)と思いつつも、今日はそれを言う余裕がない。
「🌸、今めっちゃ頑張っとるんやろな……」
ぼそっと漏れた声は、自分でも驚くほど小さかった。
治は、試合でも人生でも、
「やることを一つずつやる」タイプだ。
でも今日は違う。
一気に、人生が二倍になる。
「……父親、二人分ちゃんとできるんやろか」
料理も、段取りも、嫌いじゃない。
けど“正解がない”役割は、正直ちょっと怖い。
そんな時。
「お父さん」
呼ばれて、すっと顔を上げる。
「無事に産まれましたよ。元気な双子ちゃんです」
一瞬、言葉が理解できない。
「……双子、ちゃん」
次の瞬間、小さな泣き声が二つ、重なって聞こえた。
「……二人とも、泣いとる」
胸の奥が、じわっと熱くなる。
分娩室に入ると、ベッドの上にいる🌸。
疲れた顔なのに、ちゃんと治を見て微笑む。
「……お疲れ」
それだけで、声が詰まった。
「ほんまに、よう頑張ったな」
看護師さんが言う。
「まずは、どちらから抱っこしますか?」
「……どっち?」
思わず聞き返してしまう。
「いや、順番とかあるんかな思て……」
少し困ったように笑って、最初の子を受け取る。
「……軽」
小さくて、温かい。
「……これが一人分か」
そう呟いた直後、もう一人が抱かされる。
「……」
両腕に、同じくらいの重み。
同じくらいの温度。
「……二人分、やな」
治は、しばらく黙ったまま双子を見つめていた。
泣き声。
小さく動く手足。
「……似とるな」
🌸が小さく笑う。
「治くん、もうお父さんの顔してる」
「……そうか?」
自覚はない。
でも、不思議と腕は安定している。
「なぁ」
双子に向かって、低く優しい声。
「父ちゃん、器用ちゃうし、
同時に泣かれたら多分テンパる」
自分でも苦笑する。
「でもな」
少しだけ、声に力がこもる。
「二人分でも、ちゃんと腹いっぱいにしたるし
二人分でも、同じだけ大事にする」
🌸を見る。
「……俺、一人っ子みたいなもんやったけど」
静かに続ける。
「双子がどんなもんかは、
横におったやつ見てきた」
侑の顔が一瞬浮かんで、
思わず鼻で笑う。
「大変やけど……
悪くないで」
双子の指が、それぞれ治の服を掴む。
「……ほら」
小さな力に、胸がきゅっと締め付けられる。
「もう掴まれとる」
🌸が、少し潤んだ目で笑った。
「ありがとう、治くん」
「……こちらこそや」
双子をそっと抱き直して、静かに言う。
「よう来たな。
今日からは――四人や」
泣き声が重なって、
それが不思議と騒がしくなく感じた。
治はその音を聞きながら思う。
――忙しくなるな。
でも、きっと毎日がちゃんと温かい。
静かに、確かに。
宮治は“二人分の父親”になった。
しばらくして侑が双子に会いにきた。
「——は?????」
病室のドアが開いた瞬間。
宮侑は、そこで完全にフリーズした。
「……え、ちょ、待って。
なんで二人おるん??」
ベビーベッドを指差したまま、口が半開き。
「……治?」
治は椅子に座ったまま、淡々と答える。
「双子や言うたやろ」
「いや聞いたけど!!
“聞いた”と“見る”は別やんか!!!」
侑はベッドに近づいて、左右を交互に見る。
「ちっさ……え、同じ顔……
いや、でもちょっとちゃう……?」
しゃがみ込んで、顔を寄せすぎて看護師さんに注意される。
「ちょっと近いです笑
えっとー…」
「兄です!!」
即
「……あかん、情報量多すぎる」
頭を抱える。
「なぁ治、これどうすんの?
泣いたら二人同時に泣くん?
片方だけとかもある?」
「ある」
即答。
「……地獄やん」
🌸がくすっと笑う。
「でも可愛いでしょ?」
「可愛い!!
可愛いけど!!
俺、今人生で一番可愛いもん二倍で見せられてる!!!」
声がでかい。
「ちょ、触ってええ?」
「手洗ってから」
「了解!!」
スポーツ選手ばりのスピードで手洗いに消えて、
戻ってきた侑は、恐る恐る指を出す。
「……どっち?」
「右が先や」
「了解……右……」
そっと指を差し出す。
きゅ。
「……っ」
指を握られた瞬間、
侑の顔から騒がしさが消えた。
「……なぁ」
声、急に小さい。
「……力、弱い」
もう片方にも指を出す。
きゅ。
「……二人とも掴んだ」
治が横で言う。
「そら指出したら掴むやろ」
「ちゃうねん」
侑は、双子をじっと見たまま言った。
「……俺、今まで
世界ですごいトスとかサーブとか
色々見てきたけど」
ごくりと喉を鳴らす。
「これが一番反則やわ」
🌸が微笑む。
「叔父バカになりそう?」
「“なりそう”ちゃう」
即答。
「もうなっとる」
治が小さく笑った。
「ほら」
双子の一人が、むにゃっと口を動かす。
「……え、今笑った?」
「笑ってへん」
「いや絶対笑った!!
俺に!!」
「自意識過剰や」
でも侑は真剣だった。
「なぁ」
治を見る。
「俺、試合で忙しくても
絶対会いに来るからな」
少し照れたように言う。
「この二人が
ちゃんと歩けるようになるまで
俺、全力で応援するわ」
治は一瞬黙ってから、短く答えた。
「……頼む」
その一言に、侑はぱっと笑う。
「任されたわ!」
そして双子に向かって、少し声を落とす。
「お前らな、
父ちゃんは静かやけど
叔父ちゃんはうるさいで」
治が即ツッコむ。
「自覚あったんか」
双子が、ほぼ同時に小さく動いた。
「……な?」
侑は、嬉しそうに言った。
「もう反応してくれとる」
その光景を見ながら、治は思う。
――騒がしいのが一人増えたな。
でも。
双子と侑の間に流れる空気は、
確かにあったかかった。
コメント
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侑が可愛すぎてこっちが瀕死