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突如としてレンゲン女公爵との面会が叶う形となったレイミは、急展開に唖然としていた。面会そのものに自信はあったが、それでも数日先の話だろうと考えていた為である。
レンゲン女公爵は多忙を極めているため、『マルテラ商会』の伝を使っても時間が掛かると考えるのは自然のことである。
「閣下とは午後にお会いするとして、流石にその格好のままお城へ連れていくわけにはいかないわね」
レイミの服装は村娘衣装のままである。上質な生地が使われているが、公爵家の居城に足を踏み入れる際の服装として相応しいとは言い難かった。
「服装についてはご安心ください。流石にこの姿で女公爵閣下とお会いするつもりはありません」
「それなら良いけれど、ちゃんと弁えた服装なのよね?私の顔を潰すようなことはしないでよ?」
「では、着替えるためにお部屋を貸していただけますか?そこで判断していただければと思います」
「分かったわ。ただし、相応しくないと判断したら、此方が用意した服を着て貰うわよ?」
「はい、もちろんです。では、少しだけお待ちを」
レイミは職員の先導で隣室へ向かい、そこで荷物から取り出した衣服に手早く着替えていく。
しばらく後、隣室から戻ったレイミを見てチェルシーは衝撃を受けた。そこには、髪と同じ真っ赤なドレスを身に纏った令嬢が居た。
これはセレスティンが保管していた幼少期に着ていたものをエーリカが改めて今のサイズに仕立て直したものであり、なによりもそのドレスはレンゲン女公爵がアーキハクト姉妹にプレゼントした品である。
ちなみに最初は色違いであったが、レイミが姉と同じ色が良いと珍しく我が儘を言って赤となった経緯がある。
「驚いたわね、まるで貴族令嬢じゃない」
「ふふっ、さてどうでしょうか」
明らかにドレスを着慣れている様子のレイミを見てチェルシーも疑問を深めたが、不利益はないと判断した。
「その服装なら問題はないわね。建前は、私の知り合いのお嬢様と言う名目で良いかしら?」
「よろしくお願いします、チェルシーさん」
「あっ、でも女公爵閣下にはちゃんとした身分を用意しないといけないわね」
「それについてもご安心を、しっかりと用意しておりますので」
「あらそう?本当に大丈夫?私の進退に影響しない?」
「大丈夫ですよ、チェルシーさん。むしろ女公爵閣下からの評価が急上昇することになりますよ」
「信じるわよ?」
その後、『マルテラ商会』にて昼食を共にした二人。貴族のマナーを完璧にこなすレイミを見て、チェルシーはその素性に少し興味を抱いた。
とは言え聞いてもはぐらかされるのは目に見えていたので、敢えて指摘はしなかった。
「これから向かうけれど、準備は整ったかしら?」
「はい、問題ありません。色々とありがとうございます。昼食も美味しかったです」
「お世辞は良いのよ、黄昏の食事を食べてる貴女からすれば味に不満があったんじゃない?」
手土産のリンゴの味を思い出して、チェルシーは苦笑いを浮かべた。帝都で貴族達の間で人気を博するわけである。あのような農産物を日頃から食べていれば、一般的な帝国の食事など物足りなくなるだろう。
「農産物だけではなくて、調味料や料理法も交易品に加えることが出来ますよ」
「それは楽しみね」
帝国では焼く、煮るくらいしか調理法が存在しない。調味料など塩が精々である。
二人はマルテラ商会が用意した専用の馬車に乗ってレーテル城を目指す。
暁の保有する馬車は試作したスプリングを用いたサスペンションを装備しているので揺れが軽減されているが、そうではない馬車だと整備された石畳の道でも振動が強かった。
「『暁』の馬車は揺れが少ないみたいね?是非とも欲しいわ」
「その辺りは交易の際に交渉してくださいね」
チェルシーの言葉にレイミは笑みを浮かべて返した。
レーテル城。レンゲン公爵家代々の本拠地であり居城である。その壮大な城は内装にも気品が満ちていたが。
「思ったよりも装飾品が少ないでしょう?贅の限りを尽くす貴族にしては珍しいわよね」
城内は気品良く整えられているが、金銀ちりばめられたような調度品は少なかった。
これは女公爵の方針で、公爵家の威厳を維持できる程度の内装を残して他は売り払いその資金を領内の開発に回した結果である。
チェルシーの言葉を聞きながら、レイミは内心懐かしさに震えていた。多少の違いは当然あるが幼少期に見た景色が目の前に広がっているのだ。
奇しくも、元居た世界に戻ることが出来た。その想いが彼女を強く感動させていた。
「これはチェルシー様、ようこそお越しくださいました」
そんな二人を侍従が迎える。
「ごきげんよう、女公爵閣下との商談に参りましたわ。此方は私の身内で、今回は勉強させるために同行させましたの」
「ごきげんよう」
レイミは促されて深々と一礼をする。
「左様でございましたか。チェルシー様の手腕を身近で学ぶことが出来るとは羨ましい限りですな」
「ふふふっ、お上手だこと。閣下のお時間は?」
「申し訳有りませぬ、閣下は帝都より参りました使者と会談を行われておられます。少々お時間を頂いても?」
「ええ、構わないわ。閣下のためならば幾らでも待ちましょう」
控え室へ通された二人は、そこで一旦肩の力を抜く。
「長引くかもしれないわね」
「帝都からの使者と聞きましたが?」
「この時期に帝都から来る使者なんて知れているわ。おそらく帝室絡みよ。第一か、第二か分からないけれど」
「皇子殿下の事ですか。第三皇子殿下は?」
「あははっ!第三皇子殿下は帝位継承に興味はないわよ。今は帝都にも居ないみたいだし」
「そうなのですか……殿下の使者が来たと言うことは」
「皇帝陛下のご容態、決して良くは無いのでしょうね。二人の息子は貴族を味方に引き入れようと躍起になってる。下手をすれば内乱になるかもしれないわね」
「内乱ですか。帝位を競うよりも内政に、民のために尽くして貰いたいものですが」
「無理でしょうね。革新的な意見もないし、どちらがなっても帝国は変わらないわ。お互い儲けることを考えましょう?私としてはお嬢様以外はどうでも良いし」
「ハッキリ言いますね」
「魔族だもの、その辺りは許して」
しばらく雑談をしながら待っていると、扉が開き女性が現れる。燃えるような赤い髪に赤いドレスを纏い、整った顔立ちに意思の強そうな鋭い視線。
レンゲン公爵家を率いるカナリア=レンゲン女公爵である。彼女は立ち上がって一礼するチェルシーを一瞥してレイミに視線を向け、目を見開く。
その反応を見てレイミは成功を確信し、優雅に一礼する。
「レイミ=アーキハクト伯爵令嬢がカナリア=レンゲン女公爵閣下にご挨拶申し上げます」
今、全てを奪われた貴族姉妹が再び表舞台へ踏み出す。