第36話 予想外の大敵
土砂撤去作業における、理世の役割はこうだった。
ジェイドの視界越しに地図を確認し、その場所を〈モノクル〉で見つけ、〈扉〉で開通。
王都警備団団員たちが作る土人形が〈扉〉を移動するために、〈扉〉を維持し続ける。
作業そのものに、問題はなかったが――
(うーん……〈扉〉を長時間維持するの、結構キツイなぁ)
作業開始から1時間ほど経過した頃。
理世は、身体にかなりの疲労を感じていた。
馬車の誘導もあり、30分ほどかかっていたが、その際も体調がよくなかったことを理世は思い出した。
(〈扉〉を消したらすぐ治ったから大丈夫だと思ってたけど……こんなに体力削られるとは……)
そんなことを考えている間も、土魔法を使う団員たちの作業も続いていた。
どうやら、土人形を作り慣れている団員は四人中二人だけらしい。
スムーズに〈扉〉をくぐる土人形と、よろよろと〈扉〉をくぐると土人形がいる。
同じ属性の魔法でも、普段の使い方はみんな違うため、差異が出るようだ。
(ジェイドも影魔法だけど……影を使って人の形を作ることはできないって話だったしなぁ……同じ属性の魔法も、色々あるんだなぁ)
体力が削られながらも考える中、一つだけ確かなことがあった。
(自分の中の「魔力」で魔法を使ってるから……ずっと使ってて、疲れないわけないよね)
土魔法を使って土人形を操る彼らもまた、今の理世と同じように自身の身を削っている。
(……私も、頑張らなきゃ)
重くなってきた頭の痛みに耐え、理世は〈扉〉の維持に努めた。
さらに二時間ほど土人形を移動させると、一旦作業が終了となった。
道を塞ぐ土砂はかなり残っているが、すでに物資の搬入は済んでいるため、そこまで急ぐ必要はないというジェイドの判断だった。
「つっかれたぁ……」
王宮に戻り、食事を済ませ、入浴してさっぱりした後でも、今日一日の疲れは取れなかった。
ベッドに倒れ込み、動けなくなる理世。
「こんなに疲れたの、初めてだぁ……バイトしててもこんなに疲れたことないよぉ……」
弱々しい、情けない声が室内に響く。
部屋に一人きりだからこそ、出せる声だった。
「まぁでも……寝れば大丈夫だいじょうぶ……きっと、あしたも、げんきに……」
あまりの疲れからか、突然襲われた眠気に、理世は抗うことができなかった。
翌日も、土砂撤去のために現場に向かう理世たち。
すでにどこに出向くかわかっているため、〈時空魔法〉を使っての移動となった。
実際、馬車や馬を走らせて数時間かかる道のりを一瞬なので、大変効率が良い。
「これは本当に便利だな」
「移動での疲れがないので、今日は昨日より作業が進みそうです」
改めて〈扉〉を目の当たりにしたラファーガが感心していると、ベテランの土魔法使いの団員が声をかけてきた。
「それはよかった。頼りにしてるぞ」
「ようやく土人形作りや操作に慣れてきたところなので、お、お手柔らかに……」
もう一人の土魔法の使い手の表情はこわばっていた。
どうやら新人らしい。
王都警備団だけでなく、引き続き周辺の状況を聞くため、ラファーガの兄であるリケサレガロ侯爵も〈扉〉を使って迎えに行っていた。
(ひーっ! 起きたときは大丈夫って思ってたけど、今日は最初からハードだなぁ)
王都から現場へ、現場から侯爵の自宅とつなぎ、大忙しの理世。
(で、でもまだ大丈夫……!)
身体に感じた嫌な気配を、理世は見て見ぬフリをした。
「皆さん、今日もよろしくお願いします」
「ああ。まずは、今日はどこに土砂を移動させるかを決めよう」
「はい」
ジェイドと侯爵、そしてラファーガが地図を見て少し話し合い、場所を決めた。
「『理世、今日はこの場所につないで』」
「わかった」
こうして、土砂撤去二日目が始まるのだが――
(うー……なんか、昨日より疲れるの早くない?)
僅か一時間半後、理世は疲労による身体のだるさを感じ始めていた。
魔法を使っていた時間は、昨日の方が圧倒的に長い。
(……昨日の疲れが取れてないのかな)
ぼんやりそんなことを考えながら、理世は〈扉〉を開き続ける。
(そもそも、この身体の疲れの理屈は何なんだろう……〈モノクル〉の時と何が違うのかなぁ……遠い距離を実際につないで、モノを行き来させてるからなのかなぁ……)
答えの返ってこないことを延々と考えつつも、理世の中に「疲れたから休みたい」と申し出るという選択肢はないのだった。
――道を塞いでいた土砂の撤去作業開始から、三日後。
この日、ラファーガたち王都警備団だけでなく――第一王子・ラズワルドも、土砂撤去現場にやってきた。
撤去作業の進捗の確認のための、視察ということらしい。
現王代理であるラズワルドの登場に、侯爵や王都警備団団員たちも、昨日よりは緊張した面持ちだった。
「ラズワルド殿下。この度は、迅速な判断で救援を送っていただき、感謝いたします」
「大事なくてよかった。今日も引き続き、協力を頼む」
「かしこまりました」
ラズワルドと侯爵のやり取りの後、土砂撤去作業が開始された。
ようやく見えてきた道に残る土砂を使い、団員たちが土人形を作る。
理世は、次の土砂移動先と繋げた〈扉〉を作る必要があるのだが――
(あっ……今日どこに土砂を移動させるのか、昨日の帰り際に決めてたんだっけ……覚えてないや)
理世は、すでに体力が半分以下になっていた。
一晩眠った程度では完全回復せず、不完全な体調は、理世の記憶力や集中力も奪っていく。
「ジェイド」
変わらず影空間の中にいた理世は、声をかけた。
「『どうしたの?』」
「ごめん、どこに土砂を移動させるか決めてたと思うんだけど……場所忘れちゃって。地図見せてもらっていい?」
「『それはいいけど……大丈夫? 朝も、いつもより無口だった気がするけど』」
「だいじょうぶー」
明るい声が返してくる理世に、ジェイドはそれ以上言及せず、地図を広げた。
(うっ……)
ジェイドの視界越しに、理世は地図に載っている線や文字を目にするが――少し霞んで見えた。
(あんまりよく見えない……けど、だんだん思い出してきた……確かこの辺だっけ)
薄れているはずの記憶を何とか引っ張り出し、〈モノクル〉で周辺を見渡す。
(うん……たぶん、ここ)
何が「たぶん」なのか、根拠がない状態だったが、理世はそこに〈扉〉をつないでいた。
ジェイドが〈扉〉を開け、理世にもその向こうが見える。
開けた場所ではあるが、視界の端々に木々が映った。
近くに、「熱くない炎」のような「残滓」らしきものは見当たらない。
(これで、しばらく〈扉〉を維持していれば……)
「殿下、ここは……昨日話していた場所ではないですね」
「! そ、そうか……」
「ですが……ここならおそらく、問題ないでしょう。魔物の巣も発見されていませんし」
「あ、ああ、すまない」
「いえ」
そんな会話が交わされていたが、聞こえているはずの理世は反応を示さない。
〈扉〉を維持することに集中していた。
そのまま、土砂でできた土人形が移動開始。
近くでないとうまく操れない、「土人形初心者」は、移動させるためにぴったり土人形の後ろについていく。
その後ろを、多少距離があっても操作ができる団員の土人形が続いた。
しばらく、ベテランの土人形だけが〈扉〉をくぐっていく。
いつもなら、土人形を土砂に戻してすぐに戻ってくるはずなのだが――
「……最初の団員たちが、戻らないようだが」
「? あいつら何やってるんだ……ちょっと見てきますね」
ラズワルドの指摘に、ラファーガが一早く動いた。
ここ数日間でなかった出来事にもかかわらず、理世は特に不審に思うこともなく、〈扉〉を開き続けた。
だが次の瞬間――
「うわぁぁぁぁ!」
「!?」
耳をつんざくような声に、理世は我に返った。
(今、〈扉〉の向こうから――!)
ぼーっとしていた反動か、素早く〈モノクル〉で〈扉〉の向こうに視界を飛ばした。
そこで見たのは――禍々しい気配を発する、四足歩行の生物に囲まれた、団員の姿だった。
次回へつづく。