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私は、作成した資料と提出時の資料が書き換えられているのではないかと薄々感じていた。その話をした翌日、真言寺くんが静かに微笑みながら、私の耳元で囁いた。
「穂乃果さん、準備は整いましたよ。……今、すべてを返してあげましょう」
プロジェクトの最終プレゼン当日。会議室のスクリーンに映し出されたのは、私がこれまで担当してきた資料の「修正版」だった。そこには、同僚たちが私のミスを「面白おかしく」書き加えたバージョンではなく、完璧にまとめられたデータと、彼女たちの「裏での発言」が証拠付きで並んでいた。
「え……これって……」
一番声が大きかった女性——大野さんが、顔を強張らせる。隣の光川さんはスマホを握りしめたまま固まっていた。
「課長、私のミスを増やしたのは、大野さんが私のデータを意図的に削除していた証拠です」
画面に投影されたメールとログの数々。同僚たちの顔が青ざめ、課長の声が詰まる。
私は静かに立ち上がった。声はもう、震えていない。
「『使えないよね』『暗いし地味だし、存在感ゼロじゃん』……化粧室で、そう言って笑ってくれたの、覚えてる?」
大野さんの顔が、みるみる青ざめていく。
先日まで私に向けられていた失笑が、今度は彼女たち自身に向けられていた。
「私、毎回同じミスしてたよね。でも、あなたたちが『助けてあげてる』って言いながら、実は私の資料をわざと遅らせてたこと……全部、記録に残ってたみたい……びっくりしちゃった」
会議室に重い沈黙が落ちる。
上層部が冷たい目で彼女たちを見ている。大野さんが慌てて口を開いた。
「ち、違うの! あれはただの冗談で——」
「冗談?」
私は小さく微笑んだ。
「私にとっては、毎日が地獄だったけどね」
その瞬間、背後から温かい手が私の肩にそっと置かれた。真言寺くん——今日だけは、黒縁メガネは外し洗練されたスーツ姿で立っていた。まるで別人。御曹司バージョンの真言寺くん。
「みなさん、人事から調査が入るそうですよ」
彼の声は低く、甘い。大野さんたちは必死に言い訳を続けていたが、誰も聞いていなかった。彼女たちの視線が、私と真言寺くんを行き来する。そこにあったのは、かつて私が味わった「同情混じりの嘲り」ではなく、純粋な恐怖と羨望だった。――もう、個室で息を殺して泣く必要はない。これからは、私が笑う側。
退室後、真言寺くんは私をそっと抱き寄せ、「よく頑張ったね。今日は特別に、僕の指で頭なでなでしてあげる」と甘く囁いた。
◇◇◇
翌日の朝礼で、課長がまた私を「使えない」と怒鳴り散らそうとした瞬間——彼は部長に肩を叩かれた。
その日の朝、会社に届いたのは、突然の監査通知と、課長の不正経理を暴く匿名資料の束だった。課長の顔は、最初はいつもの余裕たっぷりで歪んでいた。
「なんだよ、また佐々森のミスか? お前みたいな無能は、うちの会社に必要ないって言ったろ?」
私は静かに息を吸い、ポケットの中でイチゴ味のキャンディーの包み紙を指で撫でた。真言寺くんが今朝、別れ際にくれたものだ。「今日は少し冷たい顔してもいいよ。でも、終わったら僕が温めてあげるから」——そう甘く囁かれた言葉が、まだ耳に残っている。
資料が次々とスクリーンに投影されるにつれ、課長の表情がみるみる青ざめていく。
「こ、これは……違う! 誤解だ! 誰かの陰謀だ!」
震える指で資料をめくるその姿は、まるで自分がいつも私に向けていた視線をそのまま返されているようだった。私はゆっくりと立ち上がった。これまで何度も震えながら縮こまっていた足が、今日はしっかりと床を踏みしめている。
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「今月で三度目、でしたよね?『お前みたいな無能は、うちの会社に必要ない』——そう言ったのは、課長でしたよね?」
フロアに、かつて私に向けられていた失笑が、今度は課長に向かって渦を巻く。
「あのとき、私の背中に突き刺さった視線……皆さんも、覚えていますか?」
課長の膝がガクンと崩れ、床に手をついた。かつて私を「バカ女」と怒鳴り散らした声は、今や掠れて、ほとんど聞き取れないほど小さくなっていた。その瞬間、胸の奥にずっと溜まっていた熱い塊が、ゆっくりと溶けていくのを感じた。苦くて、重くて、泣きながら飲み込んでいたものが、ようやく外へ流れ出していく。
……私は、もう泣きながら耐えるだけの私じゃない。
監査担当者が「詳細は本社で調査します」と告げた後、私はフロアを後にした。廊下の曲がり角で、黒縁メガネの青年が壁にもたれながら待っていた。真言寺くんは、私の顔を見るなり優しく目を細め、いつものように手を差し伸べてくる。
「よく頑張ったね、穂乃果さん」
彼の指先が私の頰に触れた瞬間、冷えていた体が一気に温かくなった。私は小さく頷き、彼の胸に額を預けた。
「怖かった?」
「……少し。でも、やりたかったの。私が、自分で」
真言寺くんは低く笑って、私の髪を優しく撫でながら囁いた。
「うん。穂乃果さんが決めたことだもんね。次はもっと甘いもので、労わってあげるよ。イチゴの他に、何がいい?」
私は彼のシャツを軽く握りしめながら、初めて自分から微笑み返した。
「今は……あなたの温かさが、一番甘いかも」
真言寺くんは低く笑って、私の腰を引き寄せながら、耳元で甘く息を吹きかけた。そして黒メガネのツルを上下させ、深い声でつぶやく。
「穂乃果さん、次はどうしますか?」
そう——次は彼の番だ。