テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
273
17
「……指輪に溜めていた負の感情を魔石に食わせた。求められる量には至っていないが、多少腹を膨らしただろう」
「指輪に宿った負のエネルギーを大きな石に送れば、アルフォンス様は楽になれますか?」
少し期待して尋ねたけれど、彼は首を横に振る。
「指輪に溜まったエネルギーを石に食わせても、疲弊した心は元に戻らないんだ。持ち主の心はマイナスになったままで、さらに負の感情を取り込まれると、どんどん落ちていく」
「……何とかしなければなりませんね」
私は溜め息をつき、焦燥感を抱く。
今は冷静に話し合えていても、彼は見えないところで己を苛む負の感情と戦っている。
そんなの絶対に嫌だ。
私の大切な人には、いつも笑顔でいてほしい。
「対策を講じましょう。魔王について書かれた資料など、参考になる物があるかもしれません。我が国でも探してみます」
「そうしよう」
アルフォンス様は笑みを見せたものの、乗り気ではない表情だ。
多分、彼の事だからもう古い文献や魔術論文などを、あらかた調べたのだろう。
それでも、何か手段があるはずだと信じたい。
(絶対にアルフォンス様を救ってみせる)
私は胸に決意を宿しながら、アルフォンス様と魔石の部屋を出る。
彼は扉を封印し、奥から二番目の扉も閉める。
それから彼はレティを抱き上げようとしたけれど、「私がやります」と申し出た。
「アルフォンス様は施錠しなければならないでしょう? 私なら、ほら」
そう言ってインビジブルハンドでレティを持ち上げると、彼は「ああ、そうか」と笑った。
私たちは扉を閉めつつ道を戻り、また階段を延々と上がって通路を歩き、執務室に戻った。
**
レティはそのあと三日間寝たきりになり、彼女の女官たちはピリピリした雰囲気を発していた。
私はレティのお見舞いをしつつ、ジョゼと会話して平時の落ち着きを取り戻そうと試み、今後どうすればいいかを考えていた。
アルフォンス様はまた多忙な日々を送り、私たちは一旦目的を果たしたので帰国する事になった。
**
カール様がレティをアルフォンス様の妻にと言った事は、一度は解決したものと思っていた。
アルフォンス様はみんながいる前で自分の気持ちを表明したし、私もカール様にお会いして彼に嫌がらせをしないよう頼み、承諾してもらった……つもりだった。
けれど私は失念していた。
帝国議会にはいまだ根強い上皇派がいて、彼らはアルフォンス様とレティとの婚姻にいたく乗り気になっており、本人たちの預かり知らない場所で話は進んでいたという事を――。
**
シャレット聖王国に戻ってからというものの、レティの様子はさらにおかしくなっていった。
私に対して当たりが強いだけでなく、彼女の性格そのものが変わったと言っていい。
彼女は元来、優しくて温厚で、博愛精神溢れる聖女の中の聖女だった。
勿論、そう求められていたから演じている部分もあったと思うけれど、私が知っている限りレティは自分の役目にまじめで誠実な人だ。
彼女だって人間だから、時には気が進まない事や、調子の悪い時もあっただろう。
それでも彼女はみんなの求める〝聖女〟として振る舞い続け、揺るぎない地位を確立した。
だから今になって、その人気を失うような事をするはずがないのだ。
なのに――。
「キノコは嫌いだって言ったじゃない! どうして分からないの!」
家族全員が見ている前で、レティは呼びつけたコックを怒鳴り散らしている。
苦手な食べ物を食卓に出されただけで怒るなんて、今までの彼女ならあり得ない。
だからみんな、ポカンとしてその様子を見守っていた。
コックは聖女から激しく叱責され、この上なく萎縮している。
「……ま、まぁまぁ、レティシア。次からは気をつけるはずだから、今日はその辺りにしてはどうだ?」
父に言われ、レティは興奮冷めやらぬ目でこちらを見る。
眉間に深い皺を刻み、目元を荒ませ、鼻の頭に皺を寄せて呼吸を乱しているさまは聖女と思えない。
「……レティ、どうしたの? 確かにあなたはキノコが苦手だけれど、『他国に招かれた時に恥をかかないように、好き嫌いをなくしたい』って言って、あえて出してもらうようにしたんじゃない」
私は困惑顔で言い、ポタージュに入った香りのいいキノコを見る。
何でも食べる私としては、ここまで嫌われるキノコが可哀想だ。
「豚みたいに何でも食べるあなたと一緒にしないで!」
まさかの豚と言われ、私は目をまん丸に見開き、ポカンと口を開く。
室内に控えていた侍従の誰かが噴き出しかけた音が聞こえたけれど、あまりにもびっくりしすぎて誰も注意しなかった。
「私はフェリと違って繊細なのよ! 食事が胃にもたれると翌日の活動に支障をきたすの! あなたには分からないでしょうけどね!」
最後に叩きつけるように言ったあと、レティはガタンッと椅子の音を立てて立ちあがり、持っていたスプーンを壁に向かって投げた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!