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第8話:脂と本音、煙の向こう側
「……肉。……赤い、宝石。……焼いて、早く」
個室の座敷で、ユズルはトングを握る桜利をじっと見つめていた。
撮影の疲れで目の下のクマは過去最高に濃いが、網の上でじゅうじゅうと音を立てる特上カルビを見つめる瞳だけは、獲物を狙う獣のように鋭い。
「わかったよ! 今焼いてるから急かすな! ……ほら、食え」
桜利が皿に肉を放り込むと、ユズルはそれを一口で頬張り、幸せそうに目を細めた。
「……ん。……生きてて、よかった。……お肉、裏切らない」
隣ではウタゲが「多聞くんが焼いたお肉……! これを食べる弟の細胞になりたい……!」と、網の端っこで多聞が丁寧に焼いた椎茸を拝みながら食べている。
お腹が膨れて眠気が襲ってきた頃。
ユズルは、隣に座る多聞にだけ聞こえるような小さな声で、ポツリと呟いた。
「……多聞くん。……今日、ありがと。……背中、温かかった」
多聞は、冷麺を啜る手を止めてユズルを見た。
「ユズルくん……。僕こそ、君の歌に引っ張られたよ。……ねえ、アイドルとしてステージに立つの、嫌じゃない?」
ユズルは網の上で踊る炎を見つめ、少しだけ間を置いてから、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「……正直、めんどくさい。……人前に出るの、嫌いだし。……ペンライト、眩しいし。……でも」
彼は、多聞の目を見つめ返した。
「……多聞くんの隣で歌うのは。……なんか、悪くない。……シキとして一人で歌ってた時より。……世界が、少しだけ、うるさくて……温かいから」
その言葉は、多聞の胸の奥にすとんと落ちた。
いつも無気力で、何も考えていないように見えて、この少年は誰よりも真っ直ぐに「今」を感じている。
「……じゃあ、覚悟してね。ユズルくん。僕、君を一生離さないつもりだから」
多聞が王子様スマイル(微かにジメ原さんの重みが混じったやつ)で微笑むと、ユズルは少しだけ顔を赤らめて、視線を逸らした。
「……多聞くん。……その笑顔。……重い。……デザートのアイス、二個食べていい?」
「ダメだ、一個にしろ!」と桜利のツッコミが入る。
賑やかな笑い声の中、ユズルは思う。
アイドルなんて柄じゃない。
けれど、この騒がしい「居場所」も、案外悪くないのかもしれないと。
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