テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
⚠めちゃくちゃ長い上にセリフほとんどないです。 引き返すなら今
gt視点
両片思い🧣🌵
青年はひとり静かな場所でからだを休めることが好きだった。木造の、誰も住んでいないようなボロボロの家。
ツタが伸びきっていて、建物全体を締め付けるよう に囲っている、ファンタジー作品によくある村の端っこらへんの一軒家みたいな、そんな見た目の建物。たったひとりの短い時間、とくに誰とも対話せず、ただただのんびりと過ごしていることが彼にとってのしあわせな時間。
もちろん、いちばんしあわせな時間がそれなのかと聞かれたら、彼はNOと答えるだろう。例外はしっかりと存在するのだから。ただ、その例外は日が経つに連れ、彼にとって遠い存在へと変わってゆく。近しいのは確かで、お互いもそれを理解しているのであろうが、社会というのはいつも理不尽。
なにせ、その例外は青年にとっての全てであるナンバーワンでオンリーワンのよろこび。そして同時に“未来”にとっての全てでもあった(それを皆が賛同しているわけではないが)。
その現実についてはヴァルナが証明してくれる。青年はよくて中の中。例外は青年のずっと上の上にいるような、そんな存在であった。青年はそんな存在を「らっだぁ」と呼んでいて、それもうんと昔から。らっだぁ以外に生き甲斐を感じた事は無いというくらい、存在意義を初めて感じたというくらい、それくらいの仲だ。
糸のほつれた灰色のマフラーが、彼らを切っても切れない絆で繋いでいるのがなによりの証拠で、彼はそのガラクタを愛している。青年はらっだぁのいう事ならなんだって従う。それじゃ友達なんてものではなく、ただの主従関係なのでは? と、言いたくなるものだがそれは違う。
これは青年の意思で、ただ執着しているだけ。今ここに感情豊かで活発な青年の姿があるのは、まさしくらっだぁの存在あってこそなのだ。
むかしむかしからずっと孤立していると、その状態から抜け出せなくなって、まるで蟻地獄の中にいる感覚に追われる。周りはみんな上から覗いて、迫ってくる恐怖にひとりで立ち向かうつらさと虚無感なんて知らずにその場を後にする。それがどれだけ苦しいことか。
いじめているわけでもなく、いじめられているわけでもない奴が突然“かまって”なんて言ったらどんな表情をされると思う。
この世で認められている客観的悲劇よりもずうっと小さい大したことの無い主観的悲劇って本当にどうでもいいことばかりで、こいつはこういう奴なんだなって思われるだけで終了してしまうから、結局なにもできないで終わったり、終わった後にようやく責められたりで、救いが一切無い。
たったそれだけで可哀想な人間が完成する。ネグレクトという単語がよく似合うだろう。それも親だけじゃなく、クラスメイトや教師からもだ。そんな人間(わたし)を一人減らした人物こそ、らっだぁだった。
部屋にある一つの窓。母親がわりのベビーシッターは少年の部屋に入ろうなんてことを考えたことなんて無かった。
彼女は決まっていつもリビングルームにある少し大きめのソファに寝転がって、その辺の雑誌に目を向けたり、変わらない室内環境に飽き飽きして壁を装飾したり、時に酒を飲んだりしていた。子供を餓死させるわけにはいかなくて、食事の際に初めて名前を呼ばれて顔を合わせるくらい。
それから少年は「あんたって友達いるの?」とか、「こういうとこはほんと親子よね。」だとか、嫌味混じりの言葉を聞かされながら、味のしない料理を黙々とたいらげてまた自室に戻る。
少年が外で遊ばないのは外出の際にベビーシッターもついてきてしまうのが面倒なのと、そんな友達がいないからという簡単な理由だった。だいたい、親に甘えるという行為を知らなかった時点で友達と公園で遊ぶとか、そんな挑戦には無理があった。
それでも下校中に見る光景の中でふと好奇心が芽生えたり、不思議に思うことがたくさんある少年は、部屋にある窓を利用してこっそりと外に出ていた。
遊びという遊びをするわけでは無いが、今までに立ち寄れなかった公園であったり、中を覗けなかった小さな店だったりと、そんな場所を訪れては他をあたっての繰り返し。少年にとっては“探検”というには十分な時間で、とても有意義であった。
そんなことを毎日のように繰り返していた少年の前に現れたのが、彼の言うらっだぁであった。そこらの人間と格好としては大差ないはずなのに、幼い少年でもわかるくらい、どこか品があって、自然と視界に入れてしまうような、そんな感じがしていた。
その子が歩けば、なんの変哲もない道に大量の花が咲く。蝶が舞って、野うさぎがぴょんぴょこぴょこと踊り出した。
青年は、「俺たちの出会いはここだったな」といつでも言えるように、その場所だけははっきりと記憶していた。
ざくろ色の、真っ赤なマフラー似合うかわいらしい男の子。体のサイズと合っていなくて、少しだらしなく見えた。でも、いつかこのマフラーが似合う人間になるんだろうな。 と、未来を考えさせてくれる。
ほほがやさしいぴんく色に染まっていて、ぱっちりとした小動物みたいなくりくりのおめめと、小さな口から見える真っ白な歯。とてもきれいだ。うつくしい。低めの声、ふわふわしていて、まるで高級なパンケーキのよう。聴き心地が良くてずっと聴いていられる。
いままでに触ったことがないくらいに触り心地の良い赤いマフラーは、姿を隠すためのものだとらっだぁは言った。どうにも、彼はほんものの王子様なんだって。
らっだぁはおとぎ話の中に出てくるキャラクターのようで、少年は最初のうちはイマジナリーフレンドだと疑っていたほどだった。
その日から家にいる時間が以前よりも退屈になって、「はやくあいたい」「もういちどはなしたい」なんて気持ちが常に爆発していた。こっそり家を出る機会もそれと同時に増えていった。
らっだぁと呼び始めたのはいつからかは分からない。少年の唯一がらっだぁであったために、もうこの人しかいないんだと、勝手に思っていた。熱は出ていないはずなのに体が異様に熱くて、上着を脱いでも冷めはしなかった。
へそあたりから津波が何度も押し寄せるみたいに、その熱い部分がジンジンとからだじゅうに広がっていた。
心臓の鼓動が大きな道をつかって近付いてくるパレードの大太鼓のように、段々と大きく、激しく。心臓が耳の中にあるんじゃ無いかと疑うほど自分の体がうるさくって、胸全体が激しい痛みに覆われて苦しくてどうしようもない。
なのに、どこか心地良く思える変な感覚。頭も熱いはずなのに、なぜか貧血の時みたくピントが合わない。鼻血が出てしまうんじゃないかと言うくらい、頭から湯気が出ちゃうんじゃないかと思うくらい、熱くて熱くてしかたがなかった。
たった一回の瞬きで身体が言うことを聞かなくなり、目を開ければそこは何もない真っ暗なところ。
勝手に動く足は目的地を知っているようで、歩いているうちに先ほどの痛みがドンドンと強くなって行ったのがよく分かった。怖くなっても引き下がることができなくて、ひたすら痛みに耐えながらパチリと目を開いた。目の前にはもちろんらっだぁがいて、いつもの笑顔で振り向いてくれた。
気づけばそこは見たことのない花で溢れかえった花畑で、これは夢だと瞬時に理解できた。夢を夢だと理解できる状況で、でも目が覚めなくて、逆に覚ましたいとは思えなくて。
よくわからない空間で、ただひたすらにかわいい笑顔でずっとこっちを見てくれているらっだぁと、目を合わせているだけだった。夢の最後の最後、何故か目覚めるとわかって、少年はなにかを囁いた。らっだぁは笑顔を消して、びっくりした顔を少年に見せてから、もごもごと気不味そうに言葉を選んでいた。
「ごめん。」
この言葉で少年の夢は終わった。なにを囁いたのかはハッキリとは覚えていなくて、でも相手を責めたわけでもなくて、なんだったのだろうと目を擦った。
ドクンドクンとやけにうるさい心臓と、胸騒ぎが小麦畑をサッと通る風みたいにゾワワ、鳥肌を立たせた。シーツは汗でぐっしょりしていて、もう一度眠れるなんてものではなかった午前3時。
そこで少年はひとり静かに悟った。これは多分「恋」だって、そう感じるようになった時はとても焦った。友人で居てくれなくなるんじゃないかって。
夢と同じ展開で、自分の発言に引いてひとこと、「ごめんなさい」って言われるんじゃないかって。生涯友人であって、その他はありえないんだって。
だから精一杯耐えて、耐えて、余裕ができた頃に少年はその感情をどこか遠くに投げ飛ばした。探しても見つからないような、海底とかその辺に。恋心はネタでしかない、ただの概念になったのだ。でもそれで良かった。
どれだけ「いやだ」とか「むりなの」と言われたとて、「これはネタ」という前提が必ず存在しているから、ショックで寝込むだとか、傷ついて立ち直れなくなるなんてことはない。この欲望は叶うことなんてまず有り得ないし、だからと言って諦めることもない。
ただこのむず痒い状況を、今のうちに味わっておくべきだから、私は死んでも「らっだぁ」を愛している。
グサグサと心臓に刃物が刺さろうが、相手に悪気なんて一切無いのだから全部受け止めることができる。だって向こうはとても素敵な笑顔でこの茶番を楽しんでくれたから。こんなところで急にマジレスするなんて、人間かどうかも疑うほどデリカシーがない。
甘くて美味しいケーキにハバネロソースをかけて「これは美味しくないから捨てる」とか言ってるようなもの。ゴミ箱に捨てられたケーキはぐちゃぐちゃで、あとからかけたソースのおかげでひどい異臭を放っているだろう。
そんなケーキの姿を目にしてなにを思うか。今までの関係が一瞬でなかったことになるくらい、周りの音が消えて、情報の処理に時間をかけすぎてしまうんじゃないか。処理できたところで、良いことなんてなにひとつないだろう。
荒れたケーキは二度と食べることができなくて、もう一度買って渡そうと考えてみても、また同じことをされるんじゃないかと怖くなるはずだ。たったこれっぽっちの自分のわがままで、大切な人にそんな思いをさせたいと思うやつが恋をするなんて許されるわけがない。
なにより、大切な人の隣で、彼の笑顔を見ていることが少年のいちばんの幸福だった。
日光浴をしているといつもらっだぁのことを思い出す。コートを山ほど着たときよりもずっと暖かくて、そして不快感のない自然の温もりはまるで魔法のような不思議な感覚で、らっだぁとハグをしたり、肩を組んだりした時とそっくりだ。
肌寒くなると、冷たくなった手を両手で握って暖めてくれる。魔法を使って、凍傷になってしまった時に手当してくれる。そんならっだぁとよく似ている。まるでそれが私のエネルギー源かのように、少しづつではあるが、やる気が出る。同時に、ここから離れたくないな。と、もう少し堪能していたい欲も湧く。
ビジネス上、ここ(冒頭の古びた建物)から動かないわけにはいかないから、しかたなく重い腰を持ち上げるのだが、強力粘着剤でも塗られたのかというほどに、ずっしりとしていた。もしかしたら好きなものばかり食べ過ぎて、太ってしまっただけかもしれない。
いやいや立ちあがった後、ぐっと両腕を上に持っていくと、ジーンとする。これをすると少しさっぱりして、頭を切り替えることができる。同時にあくびも出てきてしまって、ああ、もう少し粘っていたかったな。なんていう後悔を残した。
まあほんの数分しか居座っていないのだが。その場を去るついでに、また来ようと思えたら今後のお気に入りの場所になる。今回はそうだった。ここで寝泊まりしてしまってもいいんじゃないかってくらいには気に入った。
ビジネスとは言ったものの、デスクワークとかそういった室内に引きこもるものじゃあない。普段は「騎士団」の一員として周囲の状況を確認するだけのシンプルな仕事。役としてはそこまで重要ではなく、ただの一般兵。
その場に応じた最善の対応を常に考えておくだけで、「騎士」のまえで堂々と暴れるやつなんてそうそういないから、多分見回りというよりもお散歩に近い。
安息日や夜間になるとベロベロに酔って暴れるやつが若干増えるだけ。ただ、これを楽だと思ったことは一回もない。楽な要素なんて一つもない。
騎士として(持ってないけど)剣を抜く行為自体珍しいことは承知の上で、常日頃から警戒心を解くなんてことは絶対にしない。その一瞬でなにもかもがダメになる可能性だってゼロじゃないから。
自分でも驚くほどの集中力をずっと保ち続けている。入りたてのころとか憧れていたころに、これをずっと続けていたら死んでしまうんじゃないかってくらい疲れた記憶がずっと残っている。最近、その疲れをあまり感じなくなって、「慣れ」を覚えた。
それでもしんどいものはしんどいのだが、私を待っていてくれるエンジェルが存在するから、それを糧に毎日同じように頑張ることができるのだ。いや、頑張らずにはいられないのだ。
ある程度の時間が過ぎると、時計の針は12に近寄っていく。それと比例して、脳が「空腹だ」と体を使って私に訴えかける。こういう時にらっだぁがいたら、何故か食べるものがすぐ決まるのだけれど。今日はどうしようか、面倒くさい時はなにも食べないのだが、今日は食べようと朝から決めていた(衝撃の事実)。
パッと思いついたのがその辺に売っている食べやすいものをテキトーに買って食べるってことだけで、まあたかが昼飯。ならそれで十分とか思っていた。育ち盛りがどうのこうのとよく耳にするが、そんなの知ったこっちゃなかった。
これだけで今は元気ではあるし、少なくとも身長だって低すぎるわけでもない。たまたま目に入ったサンドイッチの中から一つだけ選んで、指定された値段に従ってそれを購入する。
特になんの感情もなく黙々と食べるのだが、選んだサンドイッチにはピクルスが入っていたようで、レタスとタマゴが(恋愛的な意味合いで)いい感じだったところをピクルスが割り込んできた。
結婚式とかで「ちょっと待った!」みたいな感覚までとは言わないが、甘い雰囲気に包まれた空間の中で突然ペットの犬が吠えたときくらい衝撃的。美味しいのには変わりないのだが、これからは商品を包んでいる袋の裏側もちゃんと見てから買おうと心に決めた。
何故ピクルスはこんなに酸味が強いのに、好きな人がたくさんいるのだろうか。これで論文を提出すれば普通に上位狙えるのでは?と思えるくらい、私の中では不思議でたまらない。
完食した頃にはそんな考えは全部消えていて、続きをやるぞって思いでいっぱいになっている。
でも食後というのは大抵「眠たい」という欲で満たされるのがほとんどのケースで、「はやく終わらないかな」が強くなる。小さい頃、親が働き者だったおかげで通い続けることができたから、この感覚は初めてじゃない。給食である程度食べ終わって、5時間目が始まるチャイムでクラス全員が自分自身と戦い始める。
授業を受けさせる気がないであろう先生の優しい声色が、鼓膜にそっと触れて意識を飛ばしにくる。それに負けたクラスメイトはそのまま教材で叩かれていた。とても痛そうだったから、私は絶対に寝ないと誓っていたのだが、その感覚ととても似ている。手先までポカポカして、まぶたが「疲れたよー」って。
幸い、居眠りができるような体質じゃないから、眠ってしまうことはないのだが、注意が散漫になる。 少しでも気を抜くと同じ場所をずっとぐるぐるまわってしまっていたり、障害物に体当たりしてしまっていたり。 大抵の人が思う恥ずかしいな〜をそのまま体現する形になってしまう。この前ソレを名前も知らない少年にモロ目撃されてしまって、(しかもゴミ箱)久しぶりに死にたいって感情が出てきた。
思い出しただけでつらくなる。
「あんなヘマはもう二度としてくれるなよ。」
心の中の私がそう呟いた。そりゃあそうだ。周りからの鋭くて痛い視線がどれほど苦しいものかを私はよく知っているから尚更。誰も悪くないはずなのに「あ、今この人は失敗したな(笑)」って思考が、仕草が、顔が。私はそれがほんとうに苦手なのだ。「カッコイイ」でなくては。
と、どうしても理想の自分を貼り付けてしまうから。みんなこっちに顔を向けて、その光景を記憶して家族との夕飯のオカズにするんだ。私はその行為自体に「やめろ」なんて言えないし、ほんとうにそうしているのかなんて分かりはしないから、ただその結末を捏造していい感じにまとめるのがオチ。多分ネタにされている。
ふとしたとき、嗅いだことのある甘い匂いが私の興味をひいた17時。もう一年の終わりだからか、あたりはもう暗い。小麦とバターの香ばしい、…焼きたてのパンだろうか。たくさんの種類のパンがある中で“嗅いだことがある”なんて感じてしまうくらいなのだから、きっと以前と同じ店なのだろう。
でも最近自分からパンを買った記憶はなくて、ではいつこの匂いを覚えたのだろうかと考えたとき、数日前の記憶が蘇った。「デニッシュ」だ。このかおりは間違いなく“あの”デニッシュ。渡された時にはすでに冷めていたからこれほど強い匂いではなかったが、私の記憶が正しければ、ソレだった。
まあ解説をすると、数日前にらっだぁが私のためにパンを届けに来てくれた。前述の通り、それはもうずっと長い間放置してしまっていたから、カチコチ。それでも味はとても良くて、らっだぁが言うには「俺の好物」なんだとか。まあ、つまり、そう言うこと。運命の出会いレベルだ。
まさかこんなところで、と思いつつ、チョウチンアンコウの罠にかかる魚のように、そのかおりを辿って行った。ただ確かめたかった。まだ確信はないが、らっだぁがどうしてその店を選んだのかを知りたかった。
まあ、彼の気まぐれだったり、はじめに見つけたものより質が良かったり、ビジュアルに惚れ込んだりと、予想なんてたくさんできるのだが。ただ、彼と同じ行動をしてみたいと思った。気持ちの悪いことに、私はこういった自己満足のロールプレイングや捏造が大好きだから。
憧れで、大好きで、ずっと隣にいたいような、そんな相手を模すことは、きっと世間からしたら才能とか、個性を盗っているだけで恥ずかしいことなのだろうが、そんなでも私は間違っていたとしても彼の気持ちを少しでも理解してみたかった。表に出すわけではないが、すぐ隣にらっだぁがいると仮定して話を進めたい。
一個前の展開で、別のデニッシュを食べていたとしよう。てんてんと見える足跡はリズミカル。目に映るのはたっぷりのベリー。多分、デニッシュに乗ったソレの多さに目を光らせていた。一個目が特別不味かったというわけではないのだろうが。
「これくらい乗ってたらなあ。」
という、欲望がここで叶ったのだろう。店が違うのかどうかは分かりはしないが、バターの濃厚な香りと、なにより一回目よりもベリーが多かったという喜びを誰かに共有したかったのではないだろうか。
数日前に食べたデニッシュは確かにたくさんのベリーが入っていて、らっだぁからもらったという喜びもあり、とても美味しかった。今私がここで買ったとして、あの時の感覚がもう一度味わえるのかどうかは「NO」になってしまうが、これを焼きたてのままらっだぁと食べることができたら、死んでも死に切れないくらいの幸福感がやってくるだろう。でもきっと、一緒に食べるのはポップコーンとか、唐揚げの方が良いだろうな。
ふわふわのオムレツやオムライスでも良いけれど、デニッシュでも良いけれど、せっかくなら、らっだぁの好きな食べ物の方が何倍も良い。それでも確かにたくさんのベリーが乗ったデニッシュは、小腹の空いたこの時間に見ると食欲をそそられる。
なんとなくらっだぁの気持ちがわかったかもしれない。小さな子供がこちらにそっと近寄って、“これ、買っていって”と訴えかけるような、キラキラした目でこちらを見上げてきた。
その眼差しが声になって耳に入るまでそう時間はかからなくて、ああ、これにらっだぁは負けてしまったんだな。と、イマジナリーではあるものの、脳内再生が余裕だった。だってらっだぁだもの。
さて、私に向けられた眼差しはイマジナリーなんてものじゃないのだが、どうしようか。らっだぁなら断れないだろう。もちろん断ることは可能なのだが、先ほどの(捏造した)王子様としてのらっだぁもあって、断ると胸が締め付けられそうでしかたがなかった。
財布の中に支払える額はある。だからこそ迷っているのだ。損はない!いやある。でも無い。どっちなんだ、それなりに美味しいものは食べられる。しかし夕飯が腹に全部入るか。少なくすれば良いか。しばらく考えた後、同じ運命を辿る。
「あの美味しそうなシュガーデニッシュと、ブリオッシュを一個づつください。」
「ああ、あとそこのプレーンのフィナンシェをひとつ。」
と、一番綺麗なかたちのそれぞれに指をさした。やってしまったな〜〜と感じながら、嬉しそうにする子供をただじっと見つめていた。
まあこれで、こんな笑顔を見ることができるのであれば良いか。選んだブリオッシュには甘党なら興奮して気絶して倒れるんじゃないかってくらいのクリームが入っていて、その上に少しだけベリーが乗っていた。
多分ものすごく甘くて美味しい。食べるとしたら午後の今のうちだろうか、朝食に選んで食べたら甘ったるいクリームで胸焼けして、最悪の1日がスタートしてしまいそうだった。もしかしたら案外サッパリしているのかもしれないが、口に入れてない以上は分からない。シュガーデニッシュは、らっだぁへのアピールとして。
名前の通り、デニッシュの上に白くかたまった砂糖が乗っている、いかにも甘そうでシンプルなデニッシュ。こういうシンプルなドーナツとか、甘いお菓子って、しばらく経ったらまた食べたいなという気持ちになりやすいのは私だけだろうか。
“見つけたよ”って、自分から言うとつい口が滑って、いらないことまで言いそうで、それでらっだぁに気を使わせてしまうのだけは嫌だった。
まあ言ってしまっても良いのには良いのだが、すでに数日経ってしまっているし、今更言ったところでなにもないだろう。昼間と同じように、指定された値段に従ってパンをふたつ購入した。そういえば昼間もパンだったじゃないか。
丁寧に渡された紙袋を受け取って、まあこれは甘いからセーフ。と思いながら、ちらっと振り返ると子供が手を振っていたので、ちょこっとだけ手を振りかえしてその場を後にした。
最後に頼んだフィナンシェ、小腹が空いてしまったからそれを誤魔化すために買った。フィナンシェは食べやすい。そして甘くて美味しい。カステラの黒い部分に、たまに砂糖がまぶされていることがあるのだが、最初あたりはそのときの食感と似ている。
中はしっとりとしていて、アーモンドのちょっとしたかおりがクセになる。しかも二口くらいでおわる少なさがちょうど良いというか、飽きないくらいの量だから、いつ買っても最高。
ああいう子供の純粋な心とか、心情が全部行動に出ているのを見ると、たまに羨ましく感じることがある。まあ、羨ましく思ったところでそこで終わるのには変わりないし、戻ったとて、失態を晒したり恥ずかしい思いをしたりで、良いことはあまりないだろう。
これでらっだぁといられる時間が増えるのであれば、喜んで戻る。フィナンシェを簡単に胃袋の中に隠して、少ししあわせな帰宅路を辿って行く。買ったパンからは、まだ良い匂いがしていた。
彼の笑顔を見るのがすごく楽しみだ。会っただけで笑顔をむけてくれる、別れる時も笑顔で手を振ってくれる、そんならっだぁの表情を見るのが楽しみ。私がコンコンとノックをして、ガチャリと扉が開いてらっだぁの姿が見えた時、お互いの姿を確認できた時、表情は太陽のように明るくなってくれる。
そのまま視線を下ろして、左側に抱えた紙袋を見て“えなに〜?それ!めちゃ良い香りすんだけど!”と首を傾げるのだろうか。不思議そうに気になるって目でこちらを見てくれるのだろうか。これが、私と話すときだけ口調が変わるのだが、とてもかわいらしい。
普段なら、ふわふわとしたわたあめとかひつじ雲みたいな話しかたをする。敬語のときも、基本はそんな感じだ。なのに私を前にすると、どこかはじけるようになって、キリッとする。
毛がぱやぱやした子猫のような話しかたに変わるのだ。なんとも愛おしい。だからもし、私以外の誰かがコレを持ってらっだぁのところへ行ったとしても“お土産?”とか“それはなんですか?”だとか。
なにが言いたいかって、この世界で唯一私だけが、私だけに向けてくれる特別な友人としての対応を真正面から拝むことができるんだっていう自慢。そんな自慢をする相手なんて居ないのだが。それでも誰かにこの感情をぶつけたいと感じた時は、自分に自慢する。いろんな私をつくって共有する。
ああ、私はしあわせ者なんだなって再認識できるし、自慢はできるし、得でしかない。誰かに教えたい気持ちと、自分だけのものにしていたい気持ちが入り混じった時に使っている。
彼は今どうしているだろうか。気になる。らっだぁのことを考えただけでも早くその姿が見たくなって、口元を覆っているから変に上がった口角を誰かにまじまじと見られるなんてことはないのだけれど、ニヤニヤしてしまう。
見慣れた街の風景がいつもより寂しく感じるのは何故だろう。ここ最近、季節が季節ですぐ暗くなるようになってきたから、それに合わせて周りの平均的な時間感覚も変わっているのがいちばんの原因なのだろうが。
ここでらっだぁに会えていないからってロマンチックな言い訳がしてみたいな、とは思いつつも、妙なところで“それは違うだろ”とリアリストな世界線の私がプロテストしはじめる。
一気に寂しさは消えたけれど、私が求めている賑やかはそう言うものじゃなくて、もっと好きな人と話している時間とか、そう言ったものだ。いつものよく知った道、ほんの十数年じゃ変わらない。昔よりも背が高くなって、声も変わって、脳内がうるさくなって、改めて見る道は以前よりも細くなったような気がする。
かなりサイズの大きい軍用のブーツが、ぎゅぶぎゅぶと音を立てて、秒数をはかる。周りに誰も居ないと、自分自身はこうもうるさい。腰にかけた鞭は揺れて布と擦れて、ジャラジャラ。そして私は扉の前で足を止め、軽く扉を叩いた。
野次の補足
時代背景は中世ヨーロッパ…かな?くらいの建物が沢山並んでる街です。らっだぁは王宮、ぐちつぼはそこに近いアパートもどきに住んでます。
ヴァルナとは
ヴァルナはヒエラルキー(ピラミッド階級)のことです。つまりぐちつぼは良くて平民、らっだぁは高貴すぎる存在です。
ぐちつぼはこの愛がらっだぁにバレていないと思っていますが、全然そんなことないです。らっだぁは毎日、隣で嬉しそうに赤面しているぐちつぼを見て楽しんでいます。
2人の熱烈な関係はエンターテインメントと化してしまい、もう引くに引けなくなっています。
らっだぁ→両片思いであることを自覚しているが、告白する気も、付き合う気も無い。体の関係があってもおもしろいだろうなくらいに思っている。
ぐちつぼ→片思いだと思っているが、この先告白する気も、付き合う気も無い。この関係のままでいるのが最善だと思っている。
🧣視点は出ません。
コメント
1件
