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#お仕事
#秘密
踊りの合間、専務が静かに口を開いた。
「黒川君。かつてこの会社が倒産寸前の危機に陥ったとき、知っているかね?」
専務の動きには、一切の迷いがなかった。
「私は当時、リストラを断行する人事部長だった。共に机を並べた仲間の人生を、組織を守るために切り捨てた。彼らが背負っていた家族、夢、生活。私はそれを守れなかった。その罪悪感は、今も消えない」
専務の目に、深い光が宿った。
「その時から決めたんだ。この会社に関わるすべての人間の重みを、背負って生きると。今の私にとって、この程度の物理的な重さは。あの時失った仲間たちの住宅ローンの重みに比べれば、羽毛にも等しい」
「専務……!」
「来い、黒川君。ここからは、どちらの覚悟がより重いか。魂の削り合いだ!」
「アウト、セーフ、ヨヨイのヨイ!」
二人の動きは、宴会芸を完全に超えていた。
黒川が渾身のグーを繰り出す。
その拳には、空回りし続けてきた自分を世界に叩きつけたいという、執念がこもっていた。
対する専務のパーは圧巻だった。
腕に巻き付けたクリアファイルが遠心力で広がり、黒川の意志を弾き返した。
「……そこまで!」
審判・諌山部長の声が響く。
黒川は、糸が切れたように崩れ落ちた。
物理的な重さに負けたのではなかった。
専務が長年背負ってきた「企業の歴史」という圧倒的な重みに、心が屈したのだ。
会場に、重い沈黙が落ちた。
客観的に見れば「スーツ姿の男女二人がオフィス用品を身体に巻きつけて野球拳をしているだけ」のバカバカしい光景だった。
なのに、誰もが震えるような感動を覚えていた。
数秒後、地鳴りのような拍手と歓声が会場を揺らした。
「すげえ……かっこよかったっす、専務!」
「黒川さんもよくあんな重いので……! 明日の資料作成、手伝いますよ!」
部署の壁も確執もなかった。
互いの「重み」を認め合い、腹の底から健闘を称え合う社員たち。
ギスギスしていたオフィスに、かつてない一体感が生まれていた。
表彰式。
優勝賞品の最新ゲーミングPCを受け取った大河内専務が、汗を拭きながら呟いた。
「……なるほど。これが若者たちが熱狂する、本物のeスポーツか」
専務は舞台袖のPCの電源を入れ、デスクトップの『Steam』アイコンを不思議そうにクリックした。
「ふむ、これが競技のプラットフォームか。少し研究してみよう」
それを見た黒川が、顔のガムテープをバリバリと剥がしながら首をかしげた。
「専務、そのスチームって、野球拳の特訓用シミュレーターか何かですか?」
専務の手が、ぴたりと止まった。
数秒の沈黙。
彼はゆっくりと黒川を振り返った。
「……黒川君。一つ確認したい」
「はい?」
「君は『eスポーツ』の『e』を、何だと思って企画を立てたんだ?」
「えっ? もちろん、みんなで楽しむ『エンジョイ(Enjoy)』の『e』ですよ! ……あ、あるいは、ちょっと刺激的な『エロ(Erotic)』の『e』でもありますけど!」
「……」
専務は無言で画面を見た。
そこには『エレクトロニック・スポーツ(Electronic Sports)』の文字が輝いている。
「……あ、あれ? もしかして『エクストリーム(Extreme)』の『e』でした? 確かに今日の備品の量は極限でしたもんね!」
専務は一瞬絶句した。
そして腹を抱えて、豪快に笑い出した。
「ハハハ! 素晴らしい! ああ、黒川君、君は天才だ。君の頭の中では、世界は常に『エンジョイ』で満ちているんだな!」
「えへへ、照れますね」
翌月。
諌山部長のデスクには、また新しい企画書が置かれていた。
『次世代事業:全自動・接待麻雀(※物理攻撃および、役満確定時に相手を椅子から射出する脱出装置付き)』
諌山部長の魂を削るような絶叫がオフィスに響き渡るまで、あと三分――。
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