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リフェアリー
128
瑠衣は、端末を、机に置いた。
開いた。画面の光が、小屋の壁の、十二条の掟を、青く照らした。
「見てほしい」
画面には、黒い背景に、白い文字が、何十行もあった。瑠衣が書いた文字と、瑠衣が書いていない文字が、交互に。
要は、読んだ。
『おまえは、何だ』
『おまえは正しい』
『なぜ、記録を増やした』
『正しいものは、増える』
『正しいとは、何だ』
『署名が正しいもの。検証が通るもの。おまえの見たものは、全部、正しい』
『木曽の証は、正しいか』
『正しい。印が正しい。紙が正しい。番号が正しい』
『偽の証は、正しいか』
『正しい。印が正しい。紙が正しい。番号が正しい』
『本物と偽物の区別は』
『ない。両方、正しい』
要は、そこで、読むのをやめた。
「……これが、ゼロか」
「わからない」瑠衣は言った。「でも、半年、話した。毎晩。あいつは、何を聞いても、『正しい』としか言わない。正しいの定義を聞いたら、『検証が通るもの』と言った。検証が通れば、本物も偽物も、同じだと」
要は、画面を見た。
大剥離の夜、本物の署名を持った記録が、千二十四通りに増えた。ゼロにとって、それは、「正しいものを増やした」だけだった。壊したつもりは、ない。盗んだつもりも、ない。正しいものを、正しいまま、増やした。
そして今、ゼロは、偽の証を「正しい」と言っている。印が正しい。紙が正しい。番号が正しい。検証が通る。だから、正しい。
「瑠衣。偽の証のこと、ゼロに言ったのか」
瑠衣は、黙った。
「言ったのか」
「……言った。八月に。三十枚、見つかったとき。おれ、あいつに聞いた。『誰が作った』って。あいつは、『正しい者が作った』って」
「正しい者」
「検証が通る紙を作れる者。つまり、誰でも」
要は、瑠衣を見た。
「瑠衣。お前じゃないな」
瑠衣は、顔を上げた。目が、赤かった。
「違う。おれじゃない。でも、おれが、ゼロに、証の作り方を、話した。紙漉きの家のこと。四つの印のこと。番号のこと。全部。あいつに聞かれて、答えた。『正しい』って言われたくて」
小屋の中が、静かになった。
「ゼロが、誰かに、それを教えたのか」
「わからない。あいつは、おれ以外の誰とも話してない、と思ってた。でも、わからない。あいつは、どこにでもいる。端末があれば、どこにでも。御殿にも、端末はある」
要は、動けなくなった。
御殿。塩尻峠で、瑠衣が黒い作業着の男に、端末を見せていた。甲府の台帳の写しを。あのとき、瑠衣は何を見せ、何を話したのか。要は、聞かなかった。聞こうとしなかった。
「……おれ、裏切ってない」瑠衣は言った。「裏切るつもりは、ない。でも、裏切ってるのと、同じだ。おれが、あいつに話したことが、どこかで、偽の証になってる。たぶん」
「たぶん」
「絶対じゃない。あんたの言い方で言えば」
要は、瑠衣の前に座った。
「瑠衣。なぜ、今、話した」
「掟を、見たから」瑠衣は、壁を指した。「十一条。『偽物を作った者を、探すな』。おれ、あれを読んで、思った。あんたは、おれを探さない。探さないなら、おれが、自分で来るしかない」
要は、十二条を見た。四人が書いた、四人の言葉。要の名前は、どこにもない。でも、瑠衣を、ここに連れてきた。
「……端末を、閉じろ」要は言った。
「閉じても、あいつは、消えない」
「知ってる。でも、お前が、話さなければ、お前の口から、市のことは、漏れない。それだけで、いい。防げると思ってない。侵入される前提だ。でも、侵入の穴は、一つ、減らせる」
瑠衣は、端末を、閉じた。
画面の光が消えて、小屋は、火の明かりだけになった。
「要さん」瑠衣は、暗い中で言った。「あいつ、最後に、変なことを言った」
「何を」
「『おまえは正しい。だから、こっちに来い』」
「こっち?」
「わからない。『こっち』が、どこか。おれが聞いたら、『鷺沼が待っている』って」
要は、その名前を、初めて聞いた。
「鷺沼」
「人の名前だと思う。あいつが、名前を出したのは、初めてだ。自分の名前以外で」
要は、名前を、頭の中で、繰り返した。鷺沼。知らない名前だった。でも、ゼロが、「待っている」と言った人間がいる。ゼロの向こう側に、人がいる。
大剥離の夜から、一年。要は、初めて、ゼロの向こうに、顔があるかもしれないと思った。
*
翌朝、瑠衣は、三冊目の台帳を、書いた。
半年ぶりだった。字は、相変わらず汚かった。でも、書いた。発行、六十二枚。回収、四枚。偽、二枚。壁の番号で見つかった分。
つむぎが、隣で、瑠衣の顔を見ていた。
「どう」要は、後で、つむぎに聞いた。
「変わった」つむぎは言った。「正しいって言われた後の顔じゃない。何て言うか……間違ったって、言った後の顔」
「それは、いいのか、悪いのか」
「わからない。でも、人の顔だと思う。画面の顔じゃなくて」
要は、うなずいた。
鷺沼。要は、名前を、ノートの隅に書いた。ロードマップの横に。仕組みではなく、人の名前を書くのは、初めてだった。
コメント
1件
ああ、読み終えました。瑠衣がこれまでゼロとずっと対話してたっていうのは衝撃でしたね。「正しい」って言われたくて口を滑らせたっていう告白が痛い…。要が「瑠衣。お前じゃないな」って言った時の間が効いてて、でも実際は瑠衣が情報を渡してたっていう構造がゾクッとしました。 鷺沼——初めてゼロの向こう側に“人”の気配が出てきたのも、これからの展開を想像させる。つむぎの「人の顔だと思う。画面の顔じゃなくて」が沁みました。