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#TS
409
#第3回テノコン
「遠距離攻撃が可能な者は、怪物本体を。それ以外は、身を挺して輝夜を守りなさい!」
この場で、最も多くの情報を有し、なおかつ冷静な者として、リタが他のメンバーたちに指示をする。
所属も、立場もまるで違うメンバーだが、なにせこんな異常事態である。誰も異論はなく、自分にできる形で戦いを始めた。
本日、魔力を使いすぎたのか。ドロシー・バルバトスは、輝夜の様子を見つつ、再び力をためている様子。
「ちょっとだけ時間が欲しい! スマホ、マーク2と接続できないと、こいつの対処法が分からない!」
周囲のメンバーに、輝夜はそう呼びかける。
遠い世界での邂逅の果て、輝夜は賢者の知識を譲り受けた。ただし、それを解読できるのは輝夜の電子精霊であるニャルラトホテプ/マーク2のみ。
しかし、こうも集中的に狙われては、ポケットからスマホを出す暇すら無い。
ほんの少しでいいから、時間を。
ただ、それすら許さないほど、この空の王という怪物は厄介であった。
正面からの攻撃は、見えない壁のようなもので阻まれ。それなら虚を突こうと、背後からの奇襲を仕掛けても、それも見えない壁によって阻まれる。
どうやら、空の王は意図して防御行動を取っているのではなく、常時発動型の防御能力を有しているらしい。
ドロシーの全力すら防ぐ壁が、常に覆っている。たとえ核爆弾を打ち込んだとしても、この怪物は何食わぬ顔で生き残るだろう。
少なくとも、今ここにいるメンバーでどうにかすることなどできない。
「これ以上、好きには!」
輝夜の体力にも限界がある。
リタは高度な魔術式を構築し、敵と同様に空間を飛び越える攻撃を発動。怪物の体の内側にダメージを与えようとするも。
それすら、何もなかったかのように無力化される。
魔法という神秘が、通じない。
「物理も魔法も、一方的に弾かれる。……これは確かに、ちょっと絶望するわね」
空の王。本来の歴史にて、名だたる強者を屠り、姫乃を焼き尽くした謎の怪物。
予想よりもずっと小さく、おおよそ脅威とは思えない見た目をしているものの。絶望の片鱗は、すでにそこに存在した。
止められない怪物。
奇跡のゴリ押しで回避を続ける輝夜だが、これ以上は彼女の活動限界が近い。
なにか、現状を変える術はないのか。
リタが思考を巡らせていると。
「――ハハッ、辛気臭ぇ顔してんなぁ!!」
声を上げながら、戦場にやってきたのは一人の少女。
マドレーヌ・クライン。赤毛が特徴的で、輝夜とは文字通り”切っても切れない縁”を持つ少女。
そんな彼女が所属する組織は――
マドレーヌを筆頭に、人が、悪魔が、この場へと集結する。
いにしえの契によって集まった、かつての英雄の子孫たち。
バルタの騎士が、戦線に到着した。
◆◇ 守護者たち ◇◆
「あいつ」
赤子の手を避けながら、輝夜は最初に現れた少女を見る。
マドレーヌ。以前、突然襲いかかってきて、やむなく漆黒の刀にて命を絶ってしまった少女。まぁ、仲間の悪魔たち同様、何もなかったかのように生き返ったのだが。
そんな彼女が、仲間を引き連れてこの場へとやって来た。
バルタ騎士団。
正直な話、輝夜は彼らのことをまるで知らない。彼らが街にやってきた頃、父親か誰かに説明を受けた気がするが、まぁ輝夜の立派な脳みそがそれを記憶しているはずもなく。
転校生のクラスメイト、アリサとランスが、確かメンバーであり。あの暴走列車、マドレーヌもその仲間。
それ以外のメンバーは、ほとんど初見であった。
「ドウェイン・ギャラティン。筆頭騎士とグレモリーが不在のため、わたしが臨時の代表を務める」
そう言って名乗りを上げたのは、立派なビジネススーツに身を包んだ、黒人の男性。
鍛え上げられたその屈強な肉体は、歴戦の戦士を思わせる。
「駆けつけたところですまないが、我々は何をすればいい?」
やって来たのは、ドウェインとマドレーヌを含む、総勢7人。うち何人かは、悪魔なのだろう。
余裕もないため、簡潔にリタが事情を伝える。
怪物、空の王が突如としてワープしてきて、輝夜を執拗に狙っていること。そして、こちら側の攻撃が全く通用しないことを。
「ふむ。やはり緊急事態か」
「ええ。あの子の体力も限界だわ。なんとかして、攻撃を止めないと」
魔法に長けたメンバーは、ひたすらに本体に射撃を。それ以外は、輝夜を捕らえようとする怪物の腕に、攻撃を与える。
だがしかし、見えない障壁は体の末端にも有効なようで、その手を止めることすらままならない。
「ちょっと手間がかかるけど。擬似的な異世界を作って、そこに輝夜を保護することも考えたけど。向こうが空間を操る以上、それも安全とも限らないから」
「こちらのメンバーも、どちらかというと直接的な戦闘員が大半だが……」
現状判明している情報のみで、ドウェインは戦術を考える。
「エニグマ。アリサとグレモリーを見つけてくれ。おそらく、あのタワーの周辺に居るはずだ。いざという時に、キャスリングが必要になると伝えろ」
「了解」
ドウェインの影が蠢く。
どうやら、そこに8人目が居たらしい。
「全員、戦闘に入るぞ。目標は時間稼ぎ。狙われている少女の負担を減らすことだ」
――了解!
残りのメンバーも、ドウェインの指示に従う。
その様子を見ていた輝夜は。
(知らない奴がいっぱいだ)
ただ、そんな感想を漏らしていた。
しかし侮ることなかれ。
騎士団と名乗るからには、それなりの実力が伴うもの。
「ベアトリスのチームは、彼女に鉄壁の防御を。我らの真価を見せてやれ」
「ええ!」
「了解した」
ドウェインの指示に従い、金髪の女性と少年のペアが前に出る。
どこぞの令嬢のような、美しき金髪縦ロールの女性と。下手したらその子供ではないかと思えるほど、幼い少年。この二人組の構図こそ、バルタ騎士団の本領である。
すなわち、人と悪魔。
激しい戦闘、魔力と弾丸の中をかけて、女性と少年は輝夜のもとへ。
彼女を守るように、そばに寄り添う。
「こうして顔を合わせるのは、初めてね。騎士団のお姉さん担当、ベアトリスよ。こっちは、パートナーのメルクリウス」
「どうもです」
「あぁ、うん」
死にそうな状態だというのに、挨拶をされて輝夜は若干困る。
すると、
「ッ、上から手が来る!」
輝夜は未来視でそれを察知。
これまでなら、回避一択だが。
「ベアトリス、魔力をもらうよ」
「ええ。思う存分、やっちゃって!」
ベアトリスとメルクリウスは、魔力を展開。
凄まじい量の魔力が、ベアトリスから発生し。その全てが、メルクリウスに注がれる。これが、彼女らの戦い方なのか。
譲渡された魔力を手に、メルクリウスは魔法を発動。
「――絶対神聖領域!!」
途方もない力が、輝夜たちを囲むように。
聖なる光のバリアが展開される。
その真上から、赤子の手が。
これまでの単純な防御なら、意味がないかのように砕かれるだろうが。
メルクリウスの展開した絶対神聖領域は、これまでの魔法とは違い。
空の王の手を、しっかりと受け止めた。
「おおっ、凄いなお前たち」
ようやくまともな援護がやって来たことで、輝夜も嬉しさを隠せない。
「うちのメルクリウスは、ちょっと特別な悪魔でね。守ることに関しては、魔界でもトップクラスよ」
「でも、僕一人じゃここまでのバリアを展開するのは不可能だよ。ベアトリスの魔力譲渡があってこそ、この究極の防御魔法が完成する」
「なるほど。それは確かに、いいコンビだな」
人と悪魔。王の指輪によって契約を結んだ、二人のコンビ。
ここまで戦略上のシナジーがあるコンビは、輝夜も見るのは初めてであった。
超強力な魔力障壁、絶対神聖領域。
ここに来て初めて、空の王に対して有効な手段が現れる。
「空の王を止めるだなんて。あの障壁、信じられない魔力密度だわ」
輝夜を守るために展開された聖なる光。それを見て、思わずリタも言葉を漏らす。
バルタ騎士団が実力者の集まりだとは知っていたが。まさか、これほどの芸当が可能とは。
「全てを拒絶する神の光、絶対神聖領域。彼女たちのコンビネーション技であり、騎士団でも最強の盾だ。騎士団の仲間でも、あれを突破できる者は存在しない」
ドウェインが、仲間の力を誇らしげに語る。
なるほど、よくできた組織だと。リタは騎士団に対する印象を上方修正した。
自分の手が初めて止められたことに、空の王、赤子は困惑した様子で。
駄々をこねるように、次は両手で絶対神聖領域を叩く。
だがしかし、それすらも完璧に防ぎ切る。
「凄いな、お前ら。……あぁそうだ、今のうちにマーク2に連絡を」
感心している場合ではない。せっかく隙が出来たのだから、今のうちにマーク2と連絡を取ろうと。
スマホをポケットから出す輝夜であったが。
嫌な予感が、脳裏によぎる。
そんなはずはない。この常識外れな防御魔法を、突破できるはずがない。
しかし、輝夜が空の王の動きに注視していると。
空の王の攻撃方法に変化が。
力任せに障壁を叩くのではなく、ぺたりと、障壁に手を添えた。
突破を諦めたのか。
いいや、そうではない。
ゆっくりと、沈むように。
空の王の手が、障壁の中へと入ってくる。
「そんなっ、僕の障壁を」
メルクリウスも、信じられないという表情を。
「ただの障壁じゃない。拒絶の概念まで付与してるのに。――まさか、フィルターを掻い潜って!?」
魔力の出力を上げようと、もうその手は止まらない。
力ずくで無理ならと。その怪物は、学習してしまったのだから。
空の王の手が、輝夜たちに迫る。
「ッ、障壁を解除しろ! 3人まとめて潰されるぞ!」
「うそ」
「こんな、馬鹿な」
ベアトリスもメルクリウスも、信じられないという様子で。
しかし輝夜は、敵が常識外の存在だと知っている。
仕方なく、メルクリウスは魔力障壁を解除。
3人は、散り散りに怪物の腕を回避した。
厄介な障壁はこれで消え去った。
再び空の王は、輝夜へと集中的に手を伸ばし始める。
「……絶対神聖領域が、無力化されるとは」
「あれこそ、世界を滅ぼしかねない怪物ですわ。わたくしたちの常識も、アレには通じない」
様子を見ていた、ドウェインとリタの二人。
リタはともかく、ドウェインは動揺を隠せない。それだけ、仲間の力を信用していたのだろうが。
「でも、マズいわね。せっかく輝夜が休めると思ったのに」
マーク2との接続だけでなく、輝夜本人の休息も足りていない。
この規格外の怪物を倒すには、ニャルラトホテプの知識が必要なのだから。
「ドウェインさん? 騎士団のメンバーで、他にかくし芸をお持ちの方は?」
「……すまないが、うちは純粋な武闘派が多くてな。ベアトリスのペア以外は、みな愚直な戦闘しか出来ない」
「あら、ま」
「ただ、それでも手がないわけじゃない。要は、あの輝夜という少女をフリーに出来ればいいんだろう?」
「そうだけど」
「ならば、今の最高戦力を動かせばいい」
ドウェインは、次なる一手を投じる。
「ウヴァル! お前の力が借りたい」
そういってドウェインが声をかけたのは、騎士団に所属する一人の悪魔。
あの問題だらけの暴走列車、マドレーヌの契約悪魔であり、上級魔王すら凌駕する実力の持ち主。
ドロシーに半殺しにされたのは、他のメンバーには内緒である。
他のメンバーに混ざって、空の王の本体に攻撃を加えていたウヴァルだが、その手を止めてドウェインのもとへとやって来る。
「どうしたよ、ドウェイン。なにか良い作戦でもあるのか?」
「作戦なんて呼べるものじゃないが。あの少女、輝夜を抱えて、怪物の攻撃を回避してくれ」
「あん?」
「自分の足で逃げ回るより、誰かが足役になったほうが負担が少ないだろう。少女を抱えながら、あの怪物の攻撃を回避する。それが可能な実力者が、お前以外に居るのか?」
「へっ。まぁ、そう言われればそうか」
必要なのは純粋な運動能力。
最強の悪魔であるドロシー・バルバトスは、魔力の消費が激しく休息中である。
その次の実力者といえば、この悪魔ウヴァルをおいて他に居ないだろう。
「はっ、やってやんよ!」
ウヴァルは魔力を解放し、全力モードに。
爆発的な加速でその場を離れ。
「なっ」
目にも止まらぬ速さで、気づけば輝夜をお姫様抱っこしていた。
「じゃじゃ馬姫さんよ、オレが足になってやるぜ」
「おっ。誰かと思ったら、ドロシーにボコられてた」
「おいおい。こんな状況でそれ言うのはナシだぜ。せっかく助けに来てやったのによ」
ドロシーに負けたとはいえ。彼は、バルタ騎士団の中では最強クラスの実力者である。上司である魔王グレモリーより、実際の戦闘力では上回るほど。
今この場においては、最高戦力と言っても過言ではない。
「まぁ、ありがたい。怪物の攻撃は、わたしが察知をするから」
「んな必要ねぇよ。こんなデカいだけの怪物、オレ様を捉えられるわけが――」
すると、背後から怪物の手が。
無論輝夜は、それが現れる前から知っていたが。
ウヴァルは、まるで気づいておらず。
「ッ、うおっ!?」
怪物の指が触れる間際。
ギリギリのところで攻撃に気づき、なんとか回避に成功する。
ただ一度の回避に、ウヴァルは冷や汗が止まらない。
「何だよオイ。気配も何もねぇじゃねぇか」
「だーから言っただろ! このバカ! こんな緊急回避を続けると、わたしの胃から何かが出るぞ!?」
ウヴァルの緊急回避。
抱えられていた輝夜にとっては、かなりの負担となる。
「わたしが先読みをするから、お前は指示通りの方向に回避しろ。じゃないと、捕まるか、わたしが吐くかのどっちかだ」
「あぁ、クソっ。んじゃまぁ、指示頼むぜ」
「あぁ。――左右から挟まれるぞ!」
「ッ」
輝夜が敵の攻撃を予想し、ウヴァルがそれに対して回避行動を取る。
あらかじめ攻撃のパターンが分かるのなら、ウヴァルにとってそれほど負担の大きいものではない。
輝夜としても、少し揺れに耐える必要はあるが、自分で避けるよりは負担が少ない。
結果として、状況は少しだけ良くなった。
とはいえ、戦局は何も変わらない。
空の王に対して、こちら側の攻撃は一切通じず。
輝夜を狙う攻撃を、ウヴァルとのコンビネーションで回避する。
このままでは、ひたすらに体力を消耗するだけである。
むやみに攻撃するだけでは無駄だと。
リタとドウェインは、少し離れた場所で戦局を見つめる。
何か動きがあった時に、すぐさま行動に移せるよう。
「ドウェインさん。あなた自身は、戦闘に加わらないのですか?」
「わたしは、この場においては凡人も良いところだ。得意とする魔法は影。影に収容した重火器を用いた、近代戦術を主とする」
「あら、まるで軍人ですわね」
「かつては、そうだった時期もある。だが、この超常の世界に身を投じてからは、自分の小ささを実感するばかりだ」
「……えぇ」
自身の力の及ばなさ。それに関しては、リタも同じことを思っている。
月の魔女の異名を持ち。扱える魔法の数は、まさに星の数ほど存在する。けれども、魔法という概念すら踏み潰す圧倒的な力の前では、ただの有象無象と変わらない。
だからリタは、考える。
未来を知る者。世界を託された者として、自分たちには何が出来るのかを。
(この状況、想定外ではあるものの、ある意味では好都合)
本来の歴史では、空の王はもっと強烈な怪物として記録されている。
姫乃タワーに匹敵するほどの巨体で、歩くだけで街が崩れ落ちる。顔付近から放射されるビーム攻撃は、あらゆるものを消し炭に。
それと比べたら、こちらの空の王はまだマシである。
(輝夜に執着してるから? 大きさの違い、成長の違い。そもそもあれは攻撃というより、輝夜を手に入れようとしてるような)
冷静に、リタは敵を見る。
(なぜ? 輝夜の何が特別なの? まぁ確かに、あの子は誰よりも特別だけど。あの怪物が追い回す理由がわからない)
覚悟はしていた。未知なる敵、絶望と対することは。
しかし、その攻略法が見えない。
(本来の歴史では、花輪善人がアレを倒した。彼さえここに来てくれれば、状況が変わるのに。彼の攻撃なら、アレに……)
そう思考する中で、リタは気づく。
思えばイレギュラーは、”最初”に起きていた、と。
「――輝夜、大閻魔よ! あなたの宝具なら、ダメージを与えられる可能性がある!」
最初に、空の王が上空に現れたとき。
とっさに繰り出した輝夜の刃が、その腕に切り傷を刻んだ。
その後、ドロシーの攻撃が無力化されたことで、みな攻撃は効かないと決めつけていたが。
最初の一撃が効いたという事実は、それでも揺るがない。
「いや、リタ。ドロシーでもノーダメの相手だぞ? 最初はほら、まぐれか何かだったんじゃ」
「やる前から文句を言わない! ファイト!」
「あー、くそっ」
輝夜は渋々と。
それでもやる気スイッチを入れ、その手に大閻魔の地金を具現化させる。
「というわけだ。悪いが、指示通り動いてくれ」
「へっ、大将の言うとおりにするさ」
ウヴァルとしても、このまま逃げ回るのは楽しくない。
これより、反撃の時間である。
輝夜は未来視で怪物の動きを見通し、頭の中で攻撃プランを構築する。
「体勢は変えず、軽く後方へステップ」
輝夜の指示に従い、ウヴァルはゆっくりと後ろへ。
すると、そのギリギリを通過するように、怪物の腕が出現し。
輝夜は、漆黒の刃を。
「ハァッ!」
一切の不安なく、振り払い。
まるで、豆腐を切り裂くかのように。
巨大な腕から、鮮血が舞った。
「マジかよ」
間近で見ていたウヴァルは、その光景に驚きを隠せず。
「ウヴァル、わたしを離せ!」
ここが勝機と、輝夜は身軽になる。
狙うは、もう一本の腕。どこに出現するかは、すでに視えている。
輝夜はウヴァルの胸を蹴ると、思いっきり宙へ跳び。
そこに出現したもう一本の腕に、鋭い視線を向ける。
「――落ちろっ!!」
重力に従いながら、輝夜は回転しながら、刃を鋭い軌道に乗せ。
怪物の腕に、これまでで一番の斬撃を浴びせる。
舞い散る、大量の血潮。
確かな手応え。
輝夜は満面の笑みを浮かべながら。
下で待機していたウヴァルにキャッチされる。
「はぁ、はぁ。……どうだ!? これで両手はズタボロだろ」
あれだけしつこかった赤子の両手も、今となっては血みどろの大惨事。
もしも本当の赤ん坊だったら、目も当てられない大事件である。
すると、あれほど無法に振る舞っていた空の王も、この攻撃は流石に堪えたのか。
腕を引っ込めて。
とてつもない大音量で、上空で泣き始めた。
もはや、災害級の騒音である。
そんな中。
輝夜は、刹那の先を見た。
「――全員、ヤツから距離を取れ!!」
そのとっさの言葉に、けれども他の者達は即座に反応し。
みな揃って、空の王から距離を取った。
すると、怪物の泣き声が。
更に一段と大きくなり。
物理的な衝撃波を伴って、周囲へと波及し始める。
「くっ」
怪物が本気で泣くと、ここまでのエネルギーとなるのか。
嵐のような衝撃波に、輝夜は吹き飛ばされそうになる。
かつて校舎であった瓦礫の山は、さらなるエネルギーによって破壊され。
神楽坂高校は、見事なクレーターへと化していた。
「あの化物め」
日常の象徴、愛する学び舎を消し飛ばされ、輝夜も流石に悪態を吐く。
とはいえ、自分とリタの戦いですでに瓦礫と化していたのだが。
「にしても。あれじゃ、接近して首を斬り落とすのも無理だぞ?」
輝夜の攻撃が通用するのは判明した。しかし、それに対する抵抗なのか、空の王は大泣きを始めてしまった。
あんなエネルギーの濁流に飛び込んだら、輝夜は跡形もなく粉々になってしまうだろう。
とはいえ、これは一つのチャンスである。
「輝夜。今のうちに、マーク2とのリンクを」
「おっと、そうか」
リタに言われて、ようやく思い出す。
向こうの世界で託された、世界を救うための知識。それを扱うことが出来るのは、輝夜の電子精霊であるマーク2のみ。
輝夜はスマホを取り出すと、すぐさまマーク2を呼び出す。
『にゃん! 頼れるスーパーアシスタント、マーク2の登場にゃん♪ にゃ~、なんだか久々にお呼びがかかったような――』
「――御託はいい! マーク2、わたしの脳インプラントに接続しろ。そこに、お前にしか解読できないデータが眠ってる」
『にゃにゃん!? 急に呼び出したと思ったら、何を言ってるにゃん?』
「いいから。お前のオリジナル、タマにゃんが残したデータだ」
スマホ内のマーク2に、輝夜は事情を説明する。
とても遠い世界で起きた、奇跡の邂逅を。
『それは確かに、ミーの出番だにゃん!』
スマホから飛び出し、量子化したマーク2が輝夜の脳内へと入っていく。
正確には、インプラント内の記憶領域へと。
『にゃ。インプラントにこんな領域があるなんて、ミーも知らなかったにゃん』
(あぁ。わたしの脳、そしてそれを生かしてるインプラントは、タマにゃんの特注品らしい)
泣き叫ぶ空の王。
エネルギーの嵐を見つめながら、輝夜は脳内のマーク2と会話をする。
『にゃ、……これは』
(お前にしか、解読できないだろう?)
辿り着いた先。
そこに刻まれていたのは、一人の悪魔の記憶。
思い、経験、葛藤、願い。
タマモ・ニャルラトホテプの全て。
『これは、同期するのに時間がかかるにゃん』
(まぁ、仕事は慎重に。敵は大泣きモードだからな。なんとかこの街の運用方法を見つけて、ついでにあいつを倒す方法も考えてくれ)
『了解にゃん』
輝夜の脳内データと、マーク2が同期を開始する。
空の王がひたすら泣き続けているため、戦闘は一旦膠着状態に。
無き終わったあとに、どんな行動に出るのかが分からないのが怖いが。それより早く、マーク2がオリジナルデータとの同期が完了すれば、空の王の倒し方が分かるかもしれない。
他の面々も、空の王への警戒は続けたまま、休憩モードへ。
この先に待ち受ける第二ラウンドに向けて、英気を養う。
「輝夜さん、どこか怪我はありませんか?」
「あぁ、うん。大丈夫だよ」
少し落ち着いて、輝夜も舞と話をする。
たとえ、学校が壊れても。
輝夜にとって一番大切な日常の象徴は、ここにあるのだから。
「怪我して、泣いて。まるで本当の赤ん坊だな」
「そうですね。願わくば、このままおとなしい子に成長してくれるといいのですが」
「ははっ。そんな母親みたいなことを」
「おや、わたしは半分本気で言ってますよ?」
そんないつもの、変わらない二人の空気が流れる中。
ふと、輝夜の耳は”それ”を捉える。
――嫌だ。
「……この声、どこから」
「輝夜さん? どうかしましたか?」
――もっと、もっと、強くならないと。
運命とは、そう都合よくはいかない。
苦難を経て強くなるのは、なにも正義の味方だけじゃない。
空の王、赤子の頭上に浮かぶ天使の輪が、強く光り輝く。
次の領域への”進化”が、始まろうとしていた。
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