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「……あ」
気がつけば、花輪善人は見覚えのない砂浜へと打ち上げられていた。
記憶を辿っても、今のこの状況には繋がらない。
一体何が起こったのか。ここ最近の記憶が曖昧である。
――俺に任せな。
おぼろげながら、記憶が蘇ってくる。普段の自分とは、全く性格の違う自分。それが当たり前のように学校に通って、輝夜たちと交流している。
普段の自分とはまるで正反対。どんどん前へと進んでいき、常に自信に満ちている。
思い返して、ようやく気づく。
あぁ。あれこそが、自分の”理想”とする姿なのだと。
月の魔女、リタ・ロンギヌス。彼女に襲われたとき、強烈な月の呪いを浴びせられて。心が、魂が砕けそうになって。防衛本能が働いたかのように、あの人格が生まれた。
どこにあんな力が眠っていたのか。普段の自分の魔力とは違う、白銀の魔力を身にまとい。片翼の天使となって、凄まじい戦闘力を手に入れた。それこそ、あのジョナサン・グレニスターや、その仲間たちと対等に渡り合えるほど。
(……僕は)
今まで生きてきた自分と、新しく誕生した自分。どちらが本当の自分なのか。
いや、どちらが相応しいのだろうか。
ひたすら月の呪いに怯えて、他人との交流を避けて。逃げて逃げて、それでも何かを諦めなくて。何もかもが中途半端な自分と。
まるでヒーローのように、颯爽と登場したもう一人の自分。
強くて、自信に溢れているだけではない。体育祭の本番でも、二人三脚を完璧にこなしていた。初めからそうだったかのように、輝夜と完璧なコンビネーションで。
もう一人の自分は、もともとの自分よりもよっぽど上手くやれている。
この見知らぬ浜辺は、自らの心の奥底だろうか。不必要な人格、役立たずな自分だから、ここへ追いやられたのかもしれない。
現実世界は、果たしてどうなっているのか。
最後に記憶に残っているのは、天に浮かぶあの光の輪。あれを壊すために、もう一人の自分は死力を尽くしていた。
それから、どうなったのだろう。
この砂浜で、ただ考えていても仕方がないと。
しばらく歩き続ける善人であったが。
ふと、最初からそこにいたかのように、幼い少年の姿を見つけた。白い髪をした、どこか不思議な少年を。
しゃがみこんで、うつむいて、泣いているのだろうか。
善人は近づくと、少年へと話しかける。
「えっと、どうしたの?」
すると少年は、少しだけ顔を上げて。まっすぐ指をさした。
その先にいたのは、何匹ものカニ。
よく見ると、少年は手を怪我しているようだった。
話を聞いてみると、どうやらカニのハサミに切られたらしい。それで、少年は泣いている。
――みんなが僕をいじめるんだ。何度追い払っても寄ってくる。
少年の話を聞いて、善人は考える。
カニを追い払うくらい、自分にだって出来るはず。だが、なぜだろう。あの無数のカニたち、その中でも特に”輝きの強い個体”を見ていると、なぜか勝てる気がしない。
それならば、と。善人は少年に対して、違うアプローチで手助けすることに。
「なら、一緒に強くなろう。近づくのが怖いなら、遠くから戦えばいいんだよ」
そう言いながら、善人は地面の濡れ砂を掴むと、それを泥団子の要領で丸く固めてみる。
心の中の世界でも、まるで現実のように物の質感を感じられた。
「――ほら、こうやって」
固く握った砂を、カニの集団にめがけて。
善人は、思いっきり振りかぶった。
◆◇ 進化のヒカリ ◇◆
空の王、巨大な赤ん坊の頭上。天使の輪のような部分が、強烈な光を発する。とても力強い、黄金の輝きを。
輝夜たちは、その様子を離れた場所から見つめていた。これから何が起こるのか、見極めるために。
すると、輝夜は不思議な感覚を感じ取る。
「……イヤリングが」
左耳のイヤリングが、あの輝きに呼応しているようだった。
輝夜だけではない。他の者達も、指輪など、遺物が反応を示している。
「クソ、まさかまた吸われるのか?」
思い返すように、朱雨がそうつぶやく。
「吸われる?」
「ええ」
輝夜の声に、まだ休息中のドロシーが答える。
「あれ、というよりも光の輪っかは、そもそもあなた達の持つ遺物ってやつを吸収するために作られたのよ。……まぁそれでも、わたしと彼で、確かに壊したはずなのに」
ドロシーの手には、確かに手応えがあった。追撃をした片翼の天使が、それにトドメを刺したはず。その感覚は、ドロシーもしっかりと覚えていた。
「……」
朱雨やドロシーの話を聞いて、リタは自らの知識と照らし合わせる。今起きているこの状況と、本来の歴史との違いを。
「そうなると、かなりマズいわね。空の王が遺物を吸収すれば、あれはきっと本来の大きさへと成長してしまう。それだけは、絶対に避けないと」
そう言いながら、思考を巡らせるリタであったが。
そのそばで、輝夜は直感で気づいていた。その考えは間違っていると。
「……違う。あいつ、自分の力で」
まるで、見知った誰かの成長を目の当たりにするように。
輝夜はそれを、空の王の変異を見届ける。
赤ん坊の姿から、それはゆっくりと。けれども確かに、縮み始めた。
小さく、弱くなるのではない。
まるで、”最適化”が進むかのように。その大きさは不要だと。
空の王は進化する。ただの人類と同じように。
赤ん坊から、少年のような姿へと。そのサイズは半分以下へと縮みながらも、空の王は少年へと成長を遂げた。
地面にできた巨大なクレーターへ、少年、空の王は降り立つ。
確かにサイズは縮小したが、それでもまだ十分に怪物と呼べる巨体であった。
「ハハッ、見ろよ。随分と小さくなっちまったぜ」
「そうだな。地面に降りてきたおかげで、オレたちでもどうにかなりそうだ」
「……」
ゴレムとアトムが、そんな三下のような会話をするが。
その主である輝夜は、冷静に敵の本質を見つめていた。
赤ん坊の姿から、少年へと成長した空の王。
肉体の大きさは縮んだが、頭上の光の輪は大きさが変わっておらず。どこか、歪さを感じさせる。
「輝夜、どう思う?」
「とりあえず、泣き止んだのは確かだな」
リタの問いに、そう返しながらも。
ひしひしと、輝夜は嫌な予感を感じていた。
あれと、どう戦うべきか。皆がそれを考えていると。
先に動き出したのは、向こうの方であった。
いびつな少年。空の王は、天へと手を掲げ。すると、軽い地響きが。
地面を突き破って、地上へと現れたのは地中に埋まっていたバスケットボール。神楽坂高校の備品だろうか。
まぁ、重要なのはそんなことではない。空の王が、自らの意思で地中から掘り起こした。それは、何をするために。
みなが様子を見つめる中。空の王は、バスケットボールに魔力を。
空間が震えるような、凄まじい魔力を注ぎ始める。
その魔力は、誰もが悪寒を感じるほど。
ドロシーですら、思わず冷や汗をかいてしまうような。まさに桁違いの魔力が、バスケットボールへと集っていた。
「……これは、ヤバい」
そんなことを無意識に呟きながら。輝夜の瞳は、この先の未来を直視する。
それはすなわち――
「――やらせるかよ!!」
そう雄叫びを上げながら。飛び出していったのは、ウヴァル。未だ休息中のドロシーを除けば、この場で最強の存在であろう。
魔王すらも凌駕する大悪魔。
自身の本骨頂、暗黒騎士としての姿へと変貌し、魔力を全開に。
漆黒の剣を手に、ウヴァルは空の王へと突撃する。
「よせ! お前!」
結末が視えているからこそ、止めようとする輝夜であったが。
その声はあまりにも遠く、遅すぎて。
刹那。
バスケットボールが弾丸のように放たれる。
地上に存在するどんな物より、それ速く、鋭く。
ゆえにウヴァルも、反応すらできずに。
弾丸は、彼に直撃。
その圧倒的な威力に、まるで紙切れのように吹き飛ばされ。
遥かな遠方へ。いくつもの建物を貫通して。
たった、一撃で。
ドロシーに次ぐ最高戦力、ウヴァルは瀕死の戦闘不能へと陥った。
誰もが呆然とする中。
再び地響きが鳴り響き。
一つ、また一つと、バスケットボール以外にも、多くの種類のボールが地面より掘り起こされる。
そして、当たり前のように。また致命的な魔力が、無数のボールに集っていく。
「当たったら死ぬぞ!」
誰もが思ったであろう事を、輝夜が大声で叫び。
空の王との戦い、その第二ラウンドが始まった。
コメント
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第137話、読み終えました!善人の心の奥底に追いやられた感じの浜辺のシーン、もう一人の自分と比べて「どっちが本当の自分なんだろう」って悩むところ、すごく響きました…。泣いてる白髪の少年に「一緒に強くなろう」って泥団子でカニを追い払おうとする優しさ、そこが善人らしくてじーんと来ました。一方で現実の戦いは、空の王が少年に進化してバスケットボールであのウヴァルを一撃…これはヤバい展開ですね。続きが気になりすぎます!