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まさかの同郷人の存在に驚愕し、しかも、友好的ではあるが釘を刺されて戦慄を覚えたハヤト=ライデンである。
こんな小娘に情けない?我輩はしがない三流大学の窓際臨時講師である。またこの世界に来てからも荒事とは無縁。
対するあちらは元々武門の娘。しかも自衛官さんであり傭兵。転生後も武を磨き続けている様子。その威圧に圧倒されるなと言う方が無理難題なのである。
「そこまで肩入れする君の姉に大変興味がある。『暁』は新技術を積極的に取り入れていると聞くが、君の差し金かね?」
ダイロスが困惑していたので公用語に切り替えた。同郷との語らいはまたの機会としよう。
「まさか、私がお姉さまと奇跡的な再会を果たせたのは一ヶ月前です。それ以前からお姉さまは優れた先見の明によって最新技術を惜しみ無く取り入れています」
「嬉しい限りである。我輩の技術や思想は中々受け入れて貰えぬ」
「マスケット銃装備の戦列歩兵を、わずか二十年でボルトアクションライフル装備に更新させた手腕は評価されているのでは?」
ふむ、愚痴になるが……。
『数百年分の技術革新を一気に行った弊害はいくつもあるのである。そもそも帝国は全体的に保守的で革新的なものに強い抵抗を示す。そして、興味を示した軍部もボルトアクションライフル装備が精一杯。機関銃装備など夢である』
なにより帝国の工業化が遅々として進まん。石炭を早い段階から確保できたので蒸気機関による産業革命を図ったが、ことごとく保守勢力の妨害を受けて中途半端な状態なのだ。
何とかボルトアクションライフルの量産化は行えているが、より複雑な機関銃の量産など夢のまた夢。
そもそも弾丸の鋳造からして鍛冶ギルドと盛大に揉めたのだ。そしてそれは今も継続している。奴らを宥めるために大金が必要となって、更にコストが上がり普及に急ブレーキを掛ける始末。
『それ程までに保守的なのですか?』
『鉄道開発を見たまえよ、お嬢さん。ものは十年前に完成している。枕木やレールなども十分に用意した。にも拘らず、ようやく帝都とシェルドハーフェンを繋げただけだ』
全ては仕事を奪われると見た馬車ギルドの妨害によるものである。
流通の革命が起きれば、馬車が廃れるのは世の定め。
だが奴らは帝室をも巻き込んで妨害工作に勤しみ、近代化に必要不可欠な大量輸送の手段を自ら放棄するような愚行を行っている。
実に馬鹿げた話ではないか。帝国をより豊かにしようと頑張れば頑張るほど旧態依然とした巨大な勢力が立ち塞がるのである。
我輩は歴史にある偉人とは違うのだ。それを容易く打ち破ることもできぬ。
『でも、今回の会談であなたの憂慮は少し晴れることでしょう。お姉さまは、間違いなくあなたの理解者となります』
『期待するには時間が掛かりすぎたよ。お姉さんには悪いが、取引だけさせて貰いさっさと帰るつもりである』
『ふふっ、帰れると良いですね』
不吉なことを言うお嬢さんだ。
あとは取り留めのない雑談をしながら過ごし、遂に我輩は農園へとたどり着いたのである。
「おおっ、会長!見えて参りましたぞ!」
ダイロスに促されて窓から外を見てみると。
「うおおっ!?なんだあれは!?」
我輩の視界に映ったのは、遠目からも分かる巨大な大木であった。
百メートルを優に越えておるぞ!?太さも数十メートルはあるのではないか!?
「あれは『暁』の象徴である『大樹』です。あの木を中心に農園が広がっています」
お嬢さんが説明してくれているが、その存在感に圧倒されてしまいあまり耳には入らなかった。こんな大木、地球には存在しない!
そして更に近付くと、農園の外郭陣地が見えてきた。なんだこれは!?
「鉄条網に塹壕だと!?それに、簡易なトーチカまであるではないか!更に後方には……まさか、砲兵陣地か!?」
まるで第一次世界大戦の戦場である。
「機関銃陣地は射線を工夫して相互に援護できるようになっていますね。鉄条網も工夫されています。砲兵隊もようやく訓練を終えて、直接支援射撃能力を持ちます」
お嬢さんが説明してくれた。
「凄まじいな。これを突破するとなれば有り余る兵力で飽和攻撃を仕掛けるか戦車を投入するしかないぞ」
「会長、戦車とは我が社で開発中のあれですか?」
「うむ、あれがなければこの陣地は抜けぬよ。『暁』は軍隊なのかね?」
「裏社会の組織ですよ。お姉さまが数年前からじっくりと準備してきた成果です」
「この陣地構築などの概念はまだ存在しないはずだ。君のお姉さんはどこで知ったのかね?」
正規軍がようやく概念を取り入れ始めたばかりなのだぞ。
「お姉さんの愛読書は、『帝国の未来』ですよ」
「なんと、我輩の書いたあれかね!?禁書とされていた筈だが」
「ここは暗黒街ですよ?正規ではないルートがいくつも存在します」
「それで、あれを読んで中身を理解したのかね?」
「私も読みましたが、お姉さまは昔から偏見を持たない方です。それが有効だと判断すれば模倣して取り込むことに一切躊躇がありません。ですから、『ライデン社』の銃を積極的に取り入れて、それに適した近代的な訓練を施し、それらを活かせる陣地を構築した。全て『帝国の未来』を参考にしながらです」
「それは素晴らしいものであるな」
惜しいな、かの少女が帝国の大貴族であったなら、我輩の仕事もずいぶんとやり易かったであろうな。
陣地を抜けると広大な農園が広がり、様々な作物が通常では考えられない大きさで育っていた。
そして、何故か近くには明らかに建設中の建物が数多。あれは?
「お姉さんは既存の縄張り獲得ではなく、自ら街を建設しています。既に人口は千人を越えていますね」
「自分で街を作るだと!?」
いやはや、何もかもが規格外であるな。なおさら興味が湧いてきた。
馬車は『大樹』の前で止まる。
「では、私の案内はここまでです。くれぐれもお姉さまに失礼な真似はしないでくださいね」
「我輩の理解者であるのだ。対等な交渉を望むよ」
「それを聞けて安心しました。ではどうぞ」
馬車を降りると、真っ白な礼服に真っ白なケープマントを羽織った少女が出迎えてくれた。
幾分小柄ではあるが、金の髪を肩口まで流し、整った目鼻立ちや真っ白な肌、均等のとれたスタイルは美少女と呼ぶに相応しい容姿である。
そんな少女は笑みを浮かべて我輩に声をかけてきた。
「ごきげんよう、シャーリィ=アーキハクトです」
ハヤト=ライデンとシャーリィ=アーキハクト、始めての邂逅であった。