諸君、引き続きハヤト=ライデンである。我輩は『暁』の代表であるシャーリィ嬢と始めての会談を行っている。
場所としては巨大な『大樹』の根本近くにテーブルや椅子が用意された野外会談となった。真夏ではあるが、木陰で日の光は遮ることが出来る。しかし暑さは何ともし難い。この季節は空調の効いた空間が懐かしくも思う。
「レイミ」
「はい、お姉さま」
むっ?
なっ!なんと!?周囲に氷柱が幾つも現れた!?手品!?いや、暑い季節に氷を保存する技術などこの世界には存在しない筈。これはまさか。
「お察しの通り、魔法です。私の妹は魔法を行使することが出来るのです」
「チートかね?」
「ちーと?」
「優秀であると言う意味です、お姉さま」
「妹を誉めてくださり、感謝します」
いかんいかん、つい地球の言葉を言ってしまった。すぐに妹さんがフォローしてくれたので問題はあるまいが。
「うむ。これならば暑さを気にせず快適な話し合いが出来るのであるな」
氷柱からはひんやりとした冷気が流れており、周囲に快適な空間を生み出している。まるで天然のクーラーだな。
「この暑さでは下手に屋内で行うよりも良いかと思いまして、趣向を凝らせていただきました。さっ、こちらへ」
案内され、我輩が椅子に座り後ろにダイロスが立つ。シャーリィ嬢はテーブルを挟んだ真向かいに座り、妹のレイミ嬢が後ろに……。
「レイミ、何をしているんですか?」
「護衛として後ろに控えています、お姉さま」
「不要です、となりに座りなさい。ダイロスさんもお座りください」
むっ、護衛など無用と断ずるか。
「会長」
「あちらの趣向に合わせるのだ。構わぬ」
「では失礼して」
ダイロスが我輩の左側に座る。
同時にあちらもレイミ嬢がシャーリィ嬢の隣に座った。
「それでは、始めましょう」
「うむ。まずは突然の訪問であるにも拘らず、この様に場を設けてくれたことに感謝する」
「帝国最大の企業の代表直々の来訪となれば、持て成しをするのは当然のことです。お恥ずかしい話ですが、うちには立派な会議室などがありませんでしたので、このような趣向となりました」
テーブルには紅茶と、これは農園の果物!いやはや、リンゴやミカンなど地球のものと瓜二つで懐かしい。
「良い趣向である。さて、この度そちらが届けてくれた品物についてである。こちらの要望は、あの液体を大量かつ安定して供給してくれることである。ダイロス」
「此方に」
ダイロスが詳細を書いた紙を差し出す。もちろん羊皮紙ではなく植物紙である。普通ならば、見慣れぬ肌触りや白さなどに驚くものであるが。
特にリアクションはないな。
「これは?」
「その液体に対する対価である。樽ひとつ分だと考えて欲しい。樽については、此方が用意したものと同じ規格で頼みたい」
大体ドラム缶一本分である。価格としては、銀貨一枚とした。
相手が無知ならばもう少し攻めるが、この場には石油の価値を正しく理解しているレイミ嬢が居る。
なので感覚的には前世の相場に近いものを選んだ。下手な真似をして、怒らせたくはない。
「ひとつにつき銀貨一枚ですか」
「如何であるか?」
さて、どう出る?最悪銀貨三枚までは覚悟しているが。
「お姉さま、適正な価格であると思います。むしろ誠意を感じますね」
一緒に提案書を読んでいたレイミ嬢が助け船を出してくれたが、さて。
「では、誠意をして示してくれたあなたに最大限の敬意を払う必要がありますね。半分の価格で構いません」
むっ!
「なんと!?それは本当ですか!?」
「はい、それで構いません」
「破格であるが、条件はなにかね?」
半額にするのだ、それ相応の条件がある筈。
「会長、私の愛読書はあなたが書いた『帝国の未来』です」
「妹さんから聞いている。禁書指定を受けたあれを読むなど稀有な人物であるな」
「ありがとうございます。あの黒い液体、レイミ曰く石油ですか。あれは、『帝国の未来』に記された様々な文明の利器を作るのに必要不可欠なものであると認識します」
「正しい認識である」
良く読み込んでおるな。む、まさか。
「条件は、これから会長が一気に進めるであろう新技術と新兵器などを優先して販売していただきたい。もちろん適正価格で買わせていただきます」
やはりか。石油があれば選択肢はいくらでも増える。石油発見に備えて開発を進めていた様々なものが一気に進捗する。
具体的には自動車等の車両、そして航空機に艦船である。
石油機関は既に開発しているので、燃料さえあればいつでも開発を再開できるのだ。
「良かろう。当然割り引きさせて貰おう」
「ありがとうございます」
「礼を言うのは此方である。石油の安定供給は必須であるからな」
「輸送手段ですが」
「鉄道を……いや、貨物車を増やさねばならんな」
「それなのですが、要望があります。海路を使いたいのです」
「ふむ?確かに船ほど積載量があるものはないが……」
「我が『暁』は海運にも手を出しています。それに、貴社の重工業は大半が港周辺にあると聞いています」
ふむ、良く調べておるな。陸運が発達しているとは言えぬこの世界では、港に直接工場を作る方が効率が良い。帝都の港湾エリアの半分は我が社が保有しているが……。
この世界の海は決して安全とは言えぬ。
「海路は構わぬが、せっかくの船が海賊などに襲われる危険もある。手間はあるが、鉄道と馬車を使う他ない」
「そこなのですが、ご相談があります」
「む?」
「貴社が建造した蒸気船を一隻売ってください」
「なっ!?」
「ほう、蒸気船をかね?確かに帆船より快速で積載量も比べ物にならぬが」
「船員は此方で用意できます。どうでしょうか?」
ううむ、蒸気船は虎の子。石油燃焼機関の目処が立ったのではっきり言って重要ではないが……。
まあ、これも友好の証か。
「販売はしたことがないが、我が社の抱える蒸気船一隻の販売を認可しよう。ただし、船は高いぞ?石炭などの燃料が別途掛かる」
「ご安心を」
当てがあるのかな?ならば構わないか。
「会長、どれを販売しますか?」
「ふむ。アークロイアルを売ろう」
「アークロイアルを!?お待ちを!あれは先月完成したばかりの最新鋭鑑ですぞ!?」
「構わぬ」
どうせ蒸気タービンの艦を建造すれば旧式化するのだからな。
アークロイアルは、始めてスクリューシャフトを採用した船であり、地球で1850年にフランスが建造した汽走90門戦列艦ナポレオン号を参考にしている。帆船主体のこの世界ではチートであるな。
我が社の最新鋭ではあるが、それを売るに値するかもう少し見定めさせて貰おうか。
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