代々木の宿舎に戻ってしばらくすると、磯貝の部屋を絢香が訪れた。デニム素材の短パン。
キャミソールに、ジャージを羽織っただけの姿で、畳の上で胡座をかいてビールを飲んでいる絢香 の身体からは、石鹸の香りが漂っていて、胸元や頬はうっすらと赤らんでいた。
磯貝は、目線に困り果てた。
絢香の胸の谷間が、否応無しに視界に入ってしまうからだ。
「なあ、上しめてくんない?」
絢香は、グピグピと喉を鳴らしながらビールを飲んで、わざと前屈みになって胸元を強調した。
「なになに、興奮中かよ!!」
絢香は、笑いながらビーフジャーキーを食べ始めて、わざとらしい視線を向けた。
こうした光景は、ふたりにとっては些細な出来事で、 男女の関係に発展したこともなく、、互いにソレに関しては安心しきっていた。
磯貝も負けじと、
「俺だって男なの。どんな女でも反応すんのがオスなんだよ!早くそのペチャパイを隠せ!」
「どんな女ってなんだよ」
「こんな女…」
「へいへい」
「ソレともなんだ!あ!オレ様に惚れたか!?」
「バッカでえ~!私は山岸さんに惚れたの!」
「お!?」
絢香は不意に出た言葉に、
「あっ!?」
と、叫んだ。
レズビアンの絢香は、一方的な片想いしか経験した事がなかった。
いつも実らない恋に、心を痛めつけられていた。
だから磯貝に白状してしまった瞬間、ちょっとだけ虚しくなって顔を背けていた。
話題を変えようと立ち上がり、冷蔵庫から缶ビールを取り出すと磯貝の声がした。
「あ、それ俺のビール」
その声もお構い無しに、絢香は再び胡座をかいて磯貝をジッと見ながら言った。
「てかさ」
「おう」
「そっちこそ、そば屋に惚れたんだろ!」
「悪いか!?」
「あの店の通行証偽造だよ」
磯貝は、手元の缶ビールを一気に飲み干した。
そんなことは、絢香に言われなくても判っていた。
「照合したのかよ?」
「した」
「早えないつも仕事が…俺がなんとかするさ」
「出来んの?」
「出来るってか…何とかするからさ…待ってやろうぜ」
僅かな沈黙があった。
絢香は知っていた。
時折、場当たり主義になる磯貝の性格を。
だが、そんな彼に人間的な好意を寄せられるのも確かだった。
「あのさ、これやるよ!」
絢香は短パンのポケットから、ニシキゴイのシルバーペンダントを磯貝に渡した。
「なんだこりゃ?」
「何処ぞの神社で買った!恋が実るんだってさ、あたしゃ要らないからやるよ!」
絢香はそう言い残して、磯貝の部屋を後にした。
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