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朔弥「 」
ルシアン『』
人間【】
人喰《》
6年たったその日、村の外れまで水を汲みに行く手伝いを頼まれていた。
10歳になった僕は、もう村の中で誰からも怖がられたり避けられたりしない。
けれど、村の外。そこにはまだ知らないものが沢山ある。
《すぐ戻るからな。あまり遠くには行くなよ。》
背中越しにそう言ったのは、ルシアンと仲がとてもいい人喰だった。
僕は「はーい。」と返事をして、桶を持って水場へ向かう。
──その時、森の中から音がした。
“バキッ”
枝がおれるような、軽い音。
それに似合わない、普通の動物じゃ出せないような低くて重い唸り声。
「…なに、あれ…」
立ち止まると、茂みの向こうで巨大な影が動いた。
毛が逆立ち、鋭い牙を覗かせた獣──この辺りにもよく来る、人喰ですら手こずるような獣。
僕は思わず後ずさる。
その一瞬で影がこちらへ飛びかかってきた。
「──っ!」
逃げられない、殺される、と思った。
でも、次の瞬間。
『下がれ。』
低い声が、安心する声がすぐ横で響いた。
風が裂けるみたいに速い動きで、黒い影──ルシアンが僕の前に立った。
彼の瞳が、いつもよりずっと鋭く光る。
ルシアンの手が獣の動きを受け止める。
大きさなんて関係なく、片手で。
“ガァッ!!”
獣が暴れ、土が跳ねる。
僕は目を丸くして、声も出なかった。
ルシアンの足元の地面が割れ、風が巻き起こる。
彼は全く動じず、ただ静かに獣の力を押さえ込んでいた。
『…弱いな』
獣が吠えた瞬間、ふっと力が抜けたように動きが止まり、森の奥へ逃げていく。
僕はただ唖然と立ち尽くした。
「ル……シアン…?」
声が震える。人喰の、ルシアンの強さは知っていたけれど、こんな力の差を目の当たりにしたのは初めてだった。
彼は振り返ると、僕をじっと見つめる。
いつもの無表情に見えるけど、どこか気にしているような目だった。
『……怖いか。』
「……分かんない…でも、凄かった。」
正直、怖くないと言えば嘘になる。
ただ、それ以上に……目が離せなかった。
ルシアンは少し沈黙したあと、いつもみたいに抱え上げるのではなく、
そっと僕のことを抱いた。
それは本当に優しく、温かかった。
『逃げるな、離れるな。お前がどこかに行けば、俺は… 』
言葉が途切れる。
いつも絶対に揺れない声が、ほんの少しだけ震えていた。
『……守れなくなる』
僕はルシアンの大きな背中に腕を回す。
「ルシアン。僕、逃げないよ。怖かったけど、僕を守ってくれたもん」
子供をあやすみたいに、背中をさすってあげた。
ルシアンの腕に少し力が入り、僕の体が少し浮く。
肩に頭をうずめられて、少しくすぐったい。
『…そうか』
それは、滅多にない“安心した”声だった。
僕の胸はまだドキドキしていたけれど、その温かさで怖さはゆっくり消えていった。