シャーリィとベルモンドの連携、何より自分の体高まで飛び上がってくると言う予想外の攻撃により右前足を失ったブラッディベアは、雄叫びを挙げながらシャーリィを睨み付ける。
ここまでの手傷を負わされた相手は初めてであり、その奇妙な力も含めて最大限警戒すべき相手であると本能で悟ったのである。
だが、逃亡と言う選択はなかった。このブラッディベアもまた『獣王』によって『ロウェルの森』から追われたのだから。
「やるじゃねぇか!お嬢!」
「まだまだです、ベル。出来れば一撃で仕留めたかった。これなら頭を狙うべきでした」
これまで魔物相手ならば何処に触れても一撃であったため、足一本の消失で持ち堪えたブラッディベアに対してシャーリィも少なからず驚いたが、直ぐにそう言うものであると理解。更なる追撃を行うため空中に留まり続ける。
右前足を失ったことで四足歩行は不可能であると悟ったブラッディベアは、左前足を構えながら警戒を増す。
「シャーリィ!!」
そこへレイミを後方へ送り届けたルイスと、後の始末をマクベス達に任せたカテリナが駆け付ける。
「ルイ、レイミは」
シャーリィは宙に漂いブラッディベアを見据えながら最愛の妹について問い掛ける。
「大丈夫だ、ちゃんと休んでる。ロメオの奴に任せてきたよ」
「それを聞けて安心しました。ルイ、シスターもベルと一緒に陽動をお願いします。私なら有効打を与えられることが証明できましたから」
「任せとけ!」
「……あまり無茶をしないように」
ルイスは予備の手槍を握りしめ、カテリナもまたマガジンを取り替えながら答える。
「気を付けろよ二人とも。この熊、見た目と違って動きは軽いぜ……」
ベルモンドもまた構えるが、先ほど受け流したブラッディベアの一撃により手に痺れを感じていた。
ガァアアッッ!!!!
ブラッディベアはその巨体に似合わぬ俊敏な踏み込みにより宙に漂うシャーリィを叩き落とすべく残された左前足を振るう。
それもシャーリィの魔法剣を恐れてか複雑な軌道を描いた一撃である。
「私を虫だと勘違いしていませんか!?」
シャーリィも魔法剣で受けることを諦め、柄を右へ向ける。
「ウインド!」
柄から吹き出した風が小柄なシャーリィの身体を押し、左へと身体が流れて鋭い一撃は空を斬る。
「わわっ!?っと!?」
だが振るわれた腕によって発生した風圧は予想以上で、シャーリィもバランスを崩す。
「させるかよ!オラァアッ!!」
それを見ていたルイスはすかさずブラッディベアの後ろ足に槍を突き立てる。固い皮に覆われているが、ドルマン手製の槍による満身の一撃は、少なからず皮膚を貫いて刃を通す。
「……いくら固かろうと、これを受けられますか?」
その傷口へカテリナがAKT47の銃口を突っ込んで引き金を引いた。
軽快に撃ち出される弾丸は固い皮膚の下にある柔らかい体組織を易々と貫き、そしてズタズタに引き裂いてダメージを与える。
ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ッッッ!!!!!!!!!!!!!
「らぁあっ!!」
堪らず雄叫びを挙げ、右後ろ足を振るうもそれより先に二人は離れており、軸足となった左後ろ足目掛けて素早く踏み込んだベルモンドが筋を斬りつける。
比較的柔らかい筋への一撃は効果があり、ブラッディベアはバランスを失いその巨体を仰向けに倒した。地響きが周囲に影響を与えるが、影響を受けない空中に居たシャーリィはその隙を逃さない。
「ウインド!」
自分の後ろへ柄を向けて一気に加速。倒れたブラッディベアに迫り、魔法剣を振るう。
ブラッディベアは咄嗟に左前足を前に出してシャーリィを迎撃。既に加速しているシャーリィは回避を諦め、光の刃を前に突き出して突撃。
「シャーリィ!?」
カテリナの声が響く中、ブラッディベアの前足とシャーリィが交差する。するとブラッディベアの前足は大きな穴を空けて光の粒となり消失。勢い余ったシャーリィはそのまま地面に激突する寸前にルイスによって受け止められた。
「わぷっ!?」
「うおっ!?」
シャーリィの小柄な身体を受け止めたが勢いは強く、ルイスの身体を大きく後退させる結果となった。そして二人はそのままスッ転んでしまう。
「……無事ですか?」
素早く駆け寄り問い掛けるカテリナ。
「勢いを付けすぎました」
素早く起き上がりながら答えるシャーリィ。
「だからって限度があるだろ。痛たた……」
シャーリィの下敷きとなり、打ち付けた頭をさすりながらルイスも身を起こす。
「どうなりました?」
「……ご覧の通りです」
ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ッッッ!!!!!!!!!!!!!
カテリナが指差すと、ブラッディベアが前足を完全に失いその巨体を仰向けに倒したまま吠えていた。
「流石のブラッディベアも前足を失えば身動きも難しいみたいですね」
「転がるくらいはできそうだが、もう起き上がることはできねぇだろうな。凄いな、お嬢。軍隊でも敵わない化け物に致命傷を与えたんだ」
警戒しながらもベルモンドが語りかける。
「私に宿る勇者様の力があってこそです。通常の手段では倒すことも撃退することも出来なかったでしょう。意地悪な神様に救われたと考えるべきか、それともやはり意地悪なだけなのか判断に悩みますが」
光の刃を出現させたままシャーリィはブラッディベアを観察する。前足を失いながらもその巨体は未だに脅威であり、早急な対処が求められた。
「こいつどうするんだ?」
「頭を消し飛ばして、胴体を残します。ドルマンさんが何か活用法を思い付くかもしれませんし。熊のお肉は固いので食用には適しませんが」
だがブラッディベアも諦めていなかった。最後の力を振り絞り身体を転がしながら移動、せめて相討ちに持ち込まんとシャーリィ達に牙を向ける。
「シャーリィ……!」
その場で誰よりも早く反応したのはシャーリィだった。素早く振り向き迫り来る牙を見て、先ほど無惨に死なせてしまった兵士達の顔が脳裏に浮かぶ。
まるで墨で塗り潰さんばかりにどす黒い感情が彼女の心を覆い尽くす。それは『勇者』と力を通わせた結果、彼女の本質である復讐心が増幅されたことを意味した。
「大切なものを奪ったんです。対価を頂きますね」
魔法剣の輝きが増し光の刃は更に肥大化して巨大な剣となり、無造作に上段から振り降ろす。巨大な光の刃が自分に迫る様をブラッディベアはただ見ていることしか出来なかった。
次の瞬間ブラッディベアの首は胴体と永遠の別れを告げ、恐怖にひきつった頭はそのまま光の粒子となり消えていく。
「……マジかよ……」
ルイスの呟きが周囲の驚愕を物語っていた。これまでに見たことがない魔法剣による一撃は、手負いとは言え災害級の魔物をあっさりと消滅させてしまうのだから。
「はははっ……『勇者』の力の源がまさか怒りとは。勇者様、因果なものですね。勇者の名前が泣いてしまいます。本当にこの世界は意地悪だ。ふふふっ」
ただ一人、少女の笑い声のみが響き渡った。
そして『ロウェルの森』では、もう一人の少女が森へ足を踏み入れていた。蒼を基調とした修道服を身に纒い、清貧を示すため質素なサンダルを履き手には天秤を象った杖を持つ銀の髪が美しい少女。
「ここね」
『聖女』マリア、魔王軍を率いて『ロウェルの森』へ到着。もうひとつの戦いが始まろうとして居た。