テラーノベル
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およそ五時間後。
部屋に入って来た衣吹は、ベッドで丸くなって眠る阿部に近づいた。
「おーい。阿部亮平。起きろー」
💚「……ん……」
「ったく。こんな状況でそんな状態で、よく寝れるよな。肝が座ってんだか呑気なんだか」
💚「……何」
「そんな睨むなよ。楽しい楽しい、催眠の時間だ」
ぐっと、阿部の首後ろの服を掴むと、衣吹は乱暴に阿部を床に投げつけた。
体を打ち付けて痛みに顔を歪め、腕に力を込めようとした瞬間に、また両手首に巻き付いた鎖が引き上げられ、強制的に立ち上がらされる。
💚「……っ……」
両肩に痛みが走り、顔を歪める。それでも声は出さなかった。
「おーおー、耐えるねー。あんま悲鳴とか上げないタイプ?」
💚「……生憎、ホラー系は平気なんだよ」
「へー、意外。めっちゃ怖がりそうなのに」
💚「俺は怖がる人を出口まで連れてく方」
「あー、そういうとこまで気ぃ遣ってんのか。どこまでもお人好しなんだな。だから、オレみたいなのに遊ばれる」
💚「何とでも言えばいいよ。大体、こんな真似しなくても、大人しく従うよ。どうやっても逃げられないんだから」
「余裕は与えるなって言われてるからさ、久世さんに。あんたは抜け目ないから、隙を見て何かやらかすだろうって」
💚「……へぇ。そんなこと、俺に言っていいんだ?」
「ファントムのおっさんの時と違って、異能封じ使ってるからねー。こっちも出し抜かれない余裕がある。どう? それでもまだ、何かできそう?」
💚「……俺のこと、試したいって顔に書いてあるよ。そういうのもヒントになるけど?」
「ハハッ。やっぱおもしれえわ。鎖で縛られて、異能封じも使われて、それでも心理戦でオレと真っ向勝負しようとするなんてね。ホント、見た目と違って好戦的で、ゾクゾクするわ」
💚「うわ、変態」
「そういう意味じゃねえよ。ま、柊さんもあんたにご執心みたいだし」
💚「研究対象としてね。柊さんとは、それ以上でもそれ以下でもないよ」
「さあて。本人がどう思ってるかは分かんねえけど、仕事はきっちりやってくれるからさ、柊さんは」
「はあ……何を好き勝手なこと言ってるんですか。衣吹、邪魔ですよ」
いつの間にか柊が部屋に入って来ていたらしい。阿部の目の前には衣吹がいるので、見えなかったようだ。
「適当な推察で他人に心の内を決められるのは不愉快です。やめて下さい」
「ごめんごめん。ってか、邪魔ってなんだよ。オレの固定あっての、柊さんの催眠だろ?」
「……あなたの力がなければ使えないと言われるのは、実に不愉快です」
#あべさく
めかぶぷりん
8,223
29
雪月❄️
363
83
「ちぇー。オレだって面白くねえよ、そんな言い方されたら。じゃー、オレやーらない」
「子どもですか。仕事を放棄するのは許しませんよ」
「はいはい。わかったって」
気だるそうに近づいてくる衣吹。逃げられないのは分かっているから、阿部も無駄な抵抗はせずに衣吹を見据える。これ以上の身体的苦痛を与えられないように。
視線を少し奥の柊に向けると、無言でこちらを見ている。その目は、どこか安堵しているように思えた。
衣吹に固定され、動けなくなると柊が近寄って来る。その目の奥のランタンは、前回より一層強い炎を揺らめかせている。
「では、始めましょうか。『電脳を使う為の条件は?』」
💚「俺が、電子回廊で、いつも行く電脳空間。そこで、本を、見る……」
「『電脳空間の本を見れば使えるのですか?』」
💚「本の中に、蓄積された、異能、の中から、選ぶ。使いたい異能だけ、使える……」
「『その本を他人が見る事は可能ですか?』」
💚「わから、ない……誰も、電脳空間に入ったこと、ない……久世、以外は……」
「なるほど。電脳の鍵はその本にあるということですか。しかし、それを本人以外が使用可能かは不明ですね」
柊が阿部から顔を背けて眼鏡をかけたところで、衣吹も阿部の固定を解く。今度は、鎖の固定だけはそのままにしてあるので、阿部が倒れることはなかった。
「まあどのみち、離せないんじゃ、見ても使えるか分かんなくね?」
「そのために訊ねているのでしょう。久世が欲しいのは推論ではなく、確証です。無益な情報に時間を割くような男ではありませんから」
「あー、ほんっと回りくどい! そんなの、ちょっと痛めつけて話させりゃいいのにさ」
「君は本当に短絡的ですね。阿部亮平が、そのようなことで話すと本気で思っているのですか? あり得ませんね。久世の目的の為には、彼には五体満足でいてもらわなければならない。大きなケガもさせず、阿部亮平の口を割れるとは思えません」
「……くそっ、ぐうの音も出ねえ。いいよ、もう、分かったよ! ただしオレの遊びには口、挟むなよ!」
負け惜しみのように言いながら、衣吹はドアの方に向かって行き、出る直前で指をパチンと鳴らすと、阿部の両手を引き上げていた鎖が緩んだ。
また倒れる、と思ったけれど、柊が支えてくれたので無事だった。
💚「ありがとう、柊さん」
「たまたまここにいましたので。今回は歩いてくださいね」
💚「あれ、俺の意思じゃなかったんだけど。連れてってくれたのは柊さんでしょ?」
「……そうでしたね。失礼しました。ですが、歩けるなら歩いてください」
💚「ふはっ。最初から頼むつもりなんてないから、安心してよ。あんまり動かないと、体も鈍っちゃうし」
「また部屋中を調べる気ですか?」
💚「しないよ、今回は。変にウロウロしてたら、衣吹に固定されそうだから」
「賢明な判断だと思いますよ」
そこまで話すと柊はドアの方に向かってしまったので、阿部は自分からベッドの方に行き、縁に座った。
すると、鎖の端がベッドの頭側のフレームに巻き付き、鎖に余裕はあるけれどベッドから離れられなくなってしまった。
💚「……なんか拘束がきつくなったのって、多分、柊さんが衣吹のこと言い負かしたからだろうな……いやまあ、柊さんのせいじゃないんだけど」
そこまで考えてから、二人の会話を思い出す。
久世が欲しいのは推論ではなく確証。つまり、確実に電脳を使えるようにしたいということ。これで、久世の目的が《電脳で他の異能を使う》ということが、ほぼ確定した。
そしてその為には、阿部には五体満足でいてほしい。久世には阿部を傷つける理由がないから、その点では安心していいということ。ただし、衣吹の個人的な、ちょっとした苦痛はまだ続くから、それには耐えなければならない。
そして柊と衣吹が妙にそりが合わないということ。異能の相性の良さとは裏腹に、考え方が違いすぎて溝ができている。そこに隙が生まれそうだ。
とはいえ、二人とも情報流しすぎじゃない?と苦笑が漏れた。
💚「衣吹はともかく、柊さん……どこまで分かって言ってるんだろ」
阿部にとっても柊の考えは未知で、理解するのは難しい。
目黒と仲良くなっている時点ですでに、よく分からないというのが現状なのだから。
そうしてボーっと考え込んでいると、ドアが開いて人が中に入って来た。それは衣吹でも柊でも、ましてや久世でもない。
淡いミントグリーンのセーラー服を着た、ポニーテールが特徴的な女の子。高校生くらいだろうか。その子は腰の高さほどの配膳ワゴンを押している。その上には、ワゴンギリギリの大きさの、怪しさ満点の白い箱が一つだけ乗っていた。
「……ああ、もう。また? 衣吹ってば、くだらないことして。余計なことして、久世さんに怒られればいいのよ」
💚「……えっと……」
「何よ」
💚「君も、久世の仲間なの?」
「茉奈。日下部茉奈。キミとか呼ばれるの、嫌いなの」
💚「じゃあ、茉奈さん」
「うん、いいわ。久世さんの仲間かって質問なら、そうだと答えるわよ」
💚「どうして……」
「いいでしょ、別に。アンタには関係……ないわけないよね。えっと……あれ? って、そんなこといいの! それより、アンタに食事。持ってってって言われたの」
そう言って茉奈は長方形の箱の上部を取った。そこにあったのは、チキンと卵、チーズを挟んだ、一口サイズに切られたサンドイッチ。かぼちゃのポタージュ。はちみつと砕いたアーモンドを添えたヨーグルト。りんごのコンポート。
💚「……うーん、なんか思ってたのと違う。豪華じゃない?」
「栄養はしっかり摂らせるようにって指示なの。アンタ、異能使うと痩せちゃうくらい消費するんでしょ? それは困るからって。あと、少食だから少しずつにしてる。これ、全部食べなさいね」
💚「配慮の方向性が間違ってるような……いやでも、ちゃんとした食事がもらえるのはありがたいんだけど。思ったより待遇いいぞ、ここ」
「目的はアンタを傷つけることじゃないってこと。むしろ、衰弱されると困るわけ」
💚「じゃあ、食べないっていう選択肢もあるのか」
「そんなことしたら衣吹、呼ぶわよ。強制的に流し込まれたい?」
💚「うわ、遠慮しとく。置く場所ないから、このワゴン、そのまま使っていい?」
「どうぞご自由に。監視で残れって言うから、アタシはいるわよ」
💚「お腹空かない?」
「食べてきたから」
💚「そっか。じゃあ、いただきます」
特務調査局の事務所では、応接間のソファを中心にして、皆が集まって座っている。
🤍「確定情報が少なすぎるよー」
💜「変身はまあ、置いといても、金縛りみたいな能力は厄介だよね」
🤍「阿部ちゃん、ほとんど動けなかったって言ってた。ほんの数ミリが限界だったって」
💛「使われたらほぼアウト、か」
🤍「ただ、フィックスって言ってたらしいから、条件はあるんだろうけど。声を聴かなきゃいい? でも、窓から飛び降りた後にカラスにもなったっぽかったから、それだけじゃないんだろうな、条件」
🩷「転移もさ、俺みたいに座標さえ決めれば飛べるってなると、厄介だよ」
🤍「そうだねー。そこは佐久間くんに任せたい気もする。転移に関しては佐久間くん、プロだから」
🩷「任せろ」
🤍「あとは、粉使いに対して岩本くんが相性最悪なのは確定」
🧡「なんでなん?」
🤍「粉塵爆発って知ってる? 粉に引火したらすっごいんだから。自分で爆弾作っちゃうみたいな感じ」
🧡「うへ」
🤍「影使いは、めめが一回会ってるから、矢のようなものを放ってくるのは確定だね。あと、柊」
🖤「あ、でも、催眠に関しては大丈夫。柊さん、警戒してない一般人相手だと遠目からで催眠がかけられるけど、そうじゃなかったら目を見て声を聴かせる必要があるみたい。あと、柊さんは絶対に戦闘には参加しない」
💙「何で分かるんだよ?」
🖤「本人が言ってたから。戦うのは主義に反するので、って」
💜「ああ、だからファントムの時も戦いには来なかったのか」
🖤「です」
💛「それでも五人。しかも、首謀者の久世の異能が分かってないのが大きい。上手く突破できなけりゃ、全滅だ」
皆が、黙り込んでしまう。
場所が分かった段階で踏み込みたい気持ちが強かった。けれど、それで失敗すればどうなるのかを考えると、足を踏み出せない。チャンスが巡ってくるとすれば、一度きりしかない。その一度を、逃すわけにはいかなかった。
すると、事務所内に届いていた月明かりが消え、ふわりとバニラの香りが漂う。
「あらあら。そのような暗い顔をなさっていては、見えるものも見えなくなりますわよ?」
愛らしい鈴の音のような声に、事務所の奥にある大窓の方を見るとそこには、芙蓉が立っている。
胸元に満月を模した銀細工がつけられた白いドレスを身に纏い、肩から流れるのは、透け感のあるオーガンジーの布。白いドレスには、銀糸で月の模様がいくつか浮かんでいる。
💜「……芙蓉……?!」
「ごきげんよう、特務調査局の皆様」
💙「なんで、お前、このタイミングで!」
「このタイミングだからこそ、ですわよ」
その言葉に、目黒は眉を顰める。
🖤「……知ってるんだ、阿部ちゃんが連れて行かれたの」
「ええ。わたくしは亮平様を、助け出したいと思っていますから」
そう言って、芙蓉は美麗な笑みを口元に浮かべた。
💙「はあ?! お前、何、言って!」
💛「それが噓じゃないっていう保証は?」
「ございませんね。ただ、わたくしは亮平様に笑顔でいてもらいたいだけですから」
🩷「……よく言うよ。阿部ちゃんのこと、13階から落として、阿部ちゃんに変な花まで植え付けて……阿部ちゃんの願いを叶えてたら、阿部ちゃん、あの時に死んでたかもしれないのにっ」
❤️「佐久間……」
珍しい。佐久間が、こんな風に言うなんて。阿部ちゃんが疑ってないならいいんだと、いつもならそう言って引き下がっているのに。
それだけ、佐久間の中では煮え切らなかったことなのだろう。
芙蓉が、ふっと目を伏せた。
「その件に関しましては、わたくしも浅はかだったと、今では思いますわ。あの頃のわたくしは、目的の達成のためにあれでも必死だったのですよ。亮平様の願いが成就すれば叶うはずでしたもの」
🤍「じゃあ、何でやめたの。阿部ちゃんの精神がなかったから、仕方なく? でも、だったら変だよ。阿部ちゃんの願いを叶えれば、自分が必死で手に入れようとしてた願いが叶う。なら、必死で阿部ちゃんの精神を見つけようとするとか、方法を考えるでしょ。でも、そうじゃなかった。あなたは簡単に諦めた……阿部ちゃんの本当の願いに、気付いてたんじゃない?」
ラウールの言葉に、皆がラウールを見つめる。けれどラウールの視線が芙蓉から外れることはない。
すると芙蓉が、微笑を浮かべた。
「ええ、その通りですわ。わたくしの成就は、その方の心に直接、問いかけるのです。ですから、そこに精神があるかどうかは関係ありません。そこでわたくしは、亮平様の本当の願いに触れて、叶えないことを選択したのです」
💛「……自分の望みが叶えられないのにか?」
「他人の笑顔を守るためには自分が消えてしまってもいいと、そう思う方を、自らの欲のために消すことは、わたくしにはできませんでした。そして、それまでの自分を恥じたのです。目的のために、わたくしの矜持から外れる方にまでおまじないを教えたことを。そのために、亮平様を危険に晒してしまったことを。そして、亮平様が何よりも大切になさっている皆様の笑顔を曇らせるような真似をしてしまったことを」
❤️「だから、ファントムの時に助けてくれた?」
「いいえ。助けたなどと、恩を売るつもりなど毛頭ございません。言いましたでしょう? わたくしは怒っている、と。わたくしの時と同じ過ちを犯そうとすることが、赦せなかったのです」
🤍「というか、そこ。芙蓉はまるで、ファントムを知ってるみたいだ」
「ええ、存じ上げておりますわ。わたくしは久世朔哉の許嫁ですもの」
サラリと、流れるように紡がれた言葉。
けれどそれは、聞き流していいようなものではなかった。
🩷「はあ!?」
🧡「ちょお、どゆこと?!」
「言葉の通りです……少し、昔話をしてもよろしくて?」
💜「……必要なら」
深澤の了承を得た芙蓉に宮舘が、芙蓉が座れるように執務机の方から椅子を一脚、応接間と執務机を隔てている棚の前に持ってくる。「どうぞ」と言ってエスコートするような手つきをすると、芙蓉は慣れたように「ありがとう存じます」と、スカートの裾をつまんで右足を下げて膝を曲げ、頭を下げずにお礼をした。
ここだけを切り取ると、まるで王侯貴族の挨拶のようだ。
そして椅子に座った芙蓉は、皆を見回す。
「それでは改めまして。わたくしの名は《月ノ宮琴波 -つきのみや ことは- 》。久世朔哉とは、生まれる前から許嫁だと決められておりました」
いつの間にか、室内には月明かりが満ちていた。
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