◻︎離婚理由
巾着袋の中には、通帳と印鑑、鍵、そして定期券入れに家族写真が入っていた。
息子の成人式の日に、家の前で親子3人で撮ったもののようだ。
「この鍵は?」
「それ、シュウちゃんが住んでたアパートの鍵だね。そこにある通帳のお金で、アパートを引き払ってくれって言ってた。荷物は全部処分してくれって」
「あ、そうだ、これ、アパートの住所と大家さんの連絡先ね。えっと、私が頼まれたことはこれだけだったと思うんだけど…」
「あの、森、さんでしたね?あなたに聞きたいことがあるんだけど…」
律子のさっきまでの涙は、いつのまにか止まったようだ。
「なぁに?私にわかること?」
「主人は、離婚の理由を何か話してませんでしたか?私はそれがわからなくて、今まで離婚届を出せずにいました」
「離婚の理由?あれかな?多分…。奥さんてさ、ずっと保母さんやってて、園長さんにまでなったんでしょ?」
「はい、定年までやりました、それが?」
「ものすごく、窮屈だったって。園長の夫として世間体をとても重視してて、自分のことは何も考えてくれなかったって」
「窮屈?」
「そうだよ、うちの店に来るようになった頃にね、タバコを吸ってたんだけどなんかぎこちなくて。なんで?って聞いたらさ、家を出てから吸い始めたんだって。それまでは絶対出来ない家だったって言ってた。
お酒もね、めちゃくちゃ弱かったよ。家ではほとんど飲んでなかったし、外で飲むこともなかったって。ずっと窮屈に生活してたから、自由になってハメをはずしてみたかったんだね」
「そんなことを言ってたんですか…」
「うん。嫁さんの仕事を理解してるつもりだったからそれに従った、でも嫁さんは俺のことを理解してくれなかったって。ここに来てみてシュウちゃんが言ってたことがわかった気がしたよ、ここじゃ、くつろげないよ。なにもかもが磨き上げられて、すべてが刃物みたいだもん」
「……」
「さてと、私は約束したことは全部やった、はず!じゃ、帰るね」
美春は、テーブルに置かれた遺骨に向かって手を合わせた。
「シュウちゃん、お疲れ様。やっと帰ってこれたね。本当は帰りたかったんだもんね…」
それだけ言うと、帰って行った。
後に残された律子、進、私の3人は、何もできずしばらくその場に座ったままだった。
小一時間ほど過ぎた頃、徐に律子が言った。
「進さん、もう一つお願いがあるの。今度のお休みの日に、ここへ私を連れてってください。お願いします」
律子が差し出したメモには、修三が住んでいたアパートの住所があった。
次の日曜日に、私も含めてそのアパートに行くことにした。
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