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春の風が、教室のカーテンをふわりと揺らしていた。 青嵐高校2年B組、佐倉悠真は、窓際の席でぼんやりと外を眺めていた。 桜の花びらが風に乗って舞い、校庭の隅にある古い時計塔の針が、午後1時を指している。
「おーい、佐倉。購買行くぞー」
隣の席の中村圭吾が、パンの袋を手にして声をかけてきた。 「おう、今行く」 悠真は立ち上がり、机の上の教科書を閉じた。
購買でパンを買い、教室に戻ると、クラスメイトたちはいつものように騒がしくしていた。 スマホで音楽を流す者、机を囲んでカードゲームをする者、昼寝を決め込む者。 悠真はその輪の中に加わるでもなく、自分の席でパンをかじりながら、再び窓の外に目をやった。
(今日も、何も変わらないな)
そう思った、その瞬間だった。
――カチッ。
教室の時計の針が、午後1時を指したまま止まった。 同時に、空気が変わった。 風が止み、音が消え、世界が静寂に包まれる。
「……あれ?」
悠真が顔を上げると、窓の外が真っ白な霧に覆われていた。 校庭も、校舎も、空も、すべてが霧に飲み込まれている。 教室のドアを開けても、そこには何もなかった。 まるで世界が、教室だけを残して消えてしまったかのようだった。
「な、なにこれ……?」
ざわつくクラスメイトたち。 そのとき、教室の中央に黒いフードをかぶった人物が現れた。 その姿はぼんやりとしていて、顔は見えない。 けれど、声だけははっきりと、教室中に響いた。
「この街には“歪み”が生じている。 放っておけば、街は崩れ、人は死ぬ。 君たちには、それを正す役目がある」
「は? なんだよそれ……」
「ふざけんな、誰だお前!」
混乱する教室。 だが、悠真はその声に、どこか聞き覚えがあるような気がしていた。 夢の中で、何度も聞いたことがあるような――そんな、奇妙な既視感。
「さあ、始めよう。君たちの“修復”の旅を」
フードの人物が手をかざすと、教室が光に包まれた。 次の瞬間、霧が晴れ、世界が戻ってきた。
だが、何かがおかしい。
「なあ……図書館、どこ行った?」
誰かがつぶやいた。 学校の隣にあるはずの市立図書館が、忽然と姿を消していたのだ。 そこにはただの空き地が広がっていて、まるで最初から何もなかったかのようだった。
「昨日まであったよな?」 「いや、そんなの見たことないけど」 「え? でも、俺、昨日借りた本が…」
クラスの中でも意見が割れ、混乱が広がる。 そのとき、悠真は校庭の隅に立つひとりの少女に気づいた。 白石紬――同じクラスの、物静かで目立たない女の子だった。
彼女は、図書館が消えた場所をじっと見つめていた。
「白石さん、どうしたの?」
声をかけると、紬はゆっくりと振り返った。 その目は、どこか遠くを見つめていた。
「図書館、なくなっちゃったね。……私のせいかも」
彼女の話によると、図書館には、幼い頃に亡くなった姉との思い出が詰まったノートがあった。 けれど、ある日そのノートが見つからなくなり、それ以来、図書館に行けなくなってしまったという。
「忘れたくないのに、思い出すのが怖くて……見ないようにしてたの」 「それが“歪み”になったのかもしれないね」と悠真は言った。
そのとき、再び霧が立ちこめ、悠真と紬は“もうひとつの図書館”に迷い込んだ。 そこは静まり返り、時間が止まったような空間だった。
本棚の間を進むと、ぽつんと置かれたノートが目に入った。 紬が手を伸ばそうとしたその瞬間、背後から叫び声が響いた。
「やめろ!触るな!」
振り返ると、同じクラスの男子・高瀬が立っていた。 彼は震えながら、手に何かを握っていた。 それは、紬のノートだった。
「これを見つけたとき、俺は思い出したんだ。 俺の妹も、あの図書館で消えたってことを」
彼の目は、どこか壊れていた。 「このノートを戻せば、また誰かが消える。俺は、もう誰も失いたくないんだ!」
「高瀬くん、それは違うよ」 紬が一歩、彼に近づいた。 「これは、私の記憶。私が向き合わなきゃいけないものなの」
「うるさいっ!」
高瀬がノートを破ろうとした、そのとき―― 図書館の天井が崩れ、巨大な影が現れた。 それは、記憶と恐怖が形を成した“歪み”そのものだった。
悠真は咄嗟に紬をかばい、影に立ち向かう。 だが、影の一撃が高瀬を襲い――彼は、霧の中に消えた。
「……うそ、だろ……?」
悠真は震える手で、破れかけたノートを拾い上げた。 紬は涙をこらえながら、それをそっと受け取った。
「ごめんね、高瀬くん……私、ちゃんと向き合うよ」
ノートを開いた瞬間、光があふれ出し、図書館が元の場所に戻った。 霧が晴れ、街に音が戻る。
だが、高瀬の姿は、もうどこにもなかった。
「これで、ひとつの“歪み”は解けた」
再び現れたフードの人物が、静かに告げた。 「だが、代償は払われた。歪みを放置すれば、人は本当に消える。忘れるな」
悠真は、拳を握りしめた。 「……もう誰も、失わせない」
こうして、佐倉悠真の“修復”の旅が始まった。
―――End―――