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「これ・・・。あのシチュー・・・」
「あぁ・・・。確かに。あのシチューだ」
一口シチューを食べた社長とREIKA社長が何か思い当たるような言い方をしている。
「前にこの店で食べたって言ってたシチュー?」
そして樹が二人に声をかける。
「えぇ。このシチュー。私たちもこのお店で食べたのと同じような気がして」
「そんなはずないでしょ。ハルは年齢もオレより少し下だし、この店では初めて作ったって言ってた」
REIKA社長が不思議そうに呟いた言葉に、樹が答える。
「そうよね・・・」
「確か。このシチューを食べられなくなったのは、その当時シチューを担当していたシェフが独立して新しく店を始めるからと言ってたな。それでそのシチューはそのシェフがその店で提供する大事な料理にしたいと言って、この店では出さなくなったんだ」
社長が当時のことを思い出すように話す。
あれ・・そういえばお父さんお店やる前、どこかのお店でずっと働いてたって言ってたな。
それが何年前だったのかは忘れちゃったけど、でもその社長が言ってる話も昔両親から聞いた話になんとなく似ていて。
「ちょっと待って。確か透子さんのお名前って・・・」
私がそう思い始めたと同じくらいに、REIKA社長が声をかけてくる。
「望月 透子です・・」
「そのご両親のお店のお名前って・・・」
「”ビストロ Mochizuki”です」
「そう!その名前!やっぱりそうよね?」
「確かその名前だった。望月シェフだ。私たちがこの店で食べていたシチューを作ってくれていたのは」
両親の店の名前を伝えると、その瞬間、忘れていた記憶を取り戻したかのように、そう社長が言った。
「もしかして・・・うちの父が自分の店やる前に働いてた店って・・・」
私もその頃は特に気にしてもいなくて、お店の名前までは覚えていなかったけど。
でも確かにかなりの有名なお店で働いていたと聞いてたような気がする。
独立する時、随分お店の人にもお客様にも引き止められて、少し名残惜しかったって言ってた。
「私たちの想い出のシチューも、あなたのお父様が作られたシチューだったってことね」
あまりにも衝撃的な偶然にただ驚くだけで。
まさかお父さんが作っていたシチューが、お二人の想い出のシチューだったなんて。
私と樹が出会う前に、お父さんがすでにお二人と繋がっていたなんて、そんな偶然すぎる奇跡に感動する。
「実は私たちが別れるのと同じくらいに、お父様は独立されてね。3人で一緒に食べたのはこのお店が最後だったのよ」
「そうだったんですか・・・」
「でもね。実は私そのあと樹を連れて、その独立されたお店に食べに行ったことあるのよ」
「えっ!?」
「えっ!?オレ一緒に昔行ったことあったの?」
私と樹はほぼ同時に驚いて反応する。
「そうよ。あのシチューが忘れられなくてね。独立されてからお店もリーズナブルになって、気軽に行けるお店になったから、私と小さい樹連れてでも行くことが出来たのよ」
樹お店に来てたの・・・?
そしてまさか樹に、ちゃんとお父さんが作ったシチュー食べてもらえてたんだ・・・。
「そうなんだ・・。オレこの前結婚の挨拶に行った時、初めてその店に行って、シチューも食べさせてもらったんだ。でもまさかそこにすでにオレ行ってたなんて・・・・」
「そう。あのお店に伺ったのね。あ・・確かそういえばその時、お店を手伝われてた若い娘さんがいらっしゃったような・・・。もしかして、それが透子さん、だったのかしら」
「ハイ。オープン当時、私は高校生で、合間によくお店手伝ってたのでそうだと思います」
「やっぱり・・・。その時、樹より少し下くらいの男の子もいた気がしたけれど・・」
「それがきっと弟のハルくんです。私より10コ下で年齢が随分離れていたので、当時はよく弟もお店連れて来て、子守しながらお店手伝ってたので」
「そう・・・。その男の子が今はお父様と同じこのお店でこのシチューを・・・。そうそう。そういえばその時、透子さん、弟さんと年が近いからと言って、樹を気にかけて声かけてくださってお話もして頂いてた気がするわ」
「えっ!?オレ透子と話もしてたの!?」
あっ・・・なんかうっすらだけどなんとなく思い出して来た。
すごく可愛い美少年で、決して愛想振りまいてるようなタイプのコではなかったけれど、でもなぜか幼いながらも雰囲気を持った、ちょっとハルくんとは違うタイプの子で、気になった男の子がいたような気がする。
だけど両親のシチューはとても美味しそうに食べていて、残さず全部食べてくれて嬉しかったのをなんとなく憶えている。
そういえばREIKA社長も樹もその当時の面影あるかも・・。
私も社会人になると、なかなかお店を手伝うことは出来なくなってしまったけれど、最初の頃は手伝いもよくしに行ってたから、その当時のことは不思議と記憶に残っている。
そっか・・。
新人研修の時が最初だと思ってたのに、まさかそんなもっと前に出会ってたんだ。
そう考えると、あの新人研修の時も、両親の店でも、なんとなく心に何かを抱えてるような寂しそうな切ない雰囲気を感じて、少し大人びて背伸びをしてるようなそんな雰囲気が、どこか気にかかったのかもしれない。
当然そのどちらの時も、私には恋愛感情なんかはなかったけれど。
きっとハルくんがいたから、なんとなくそれくらいの年齢の子は、気になっていたのかもしれない。
でもそれがまさかその後また出会って、今は結婚したくなるほど好きになってしまう相手になるなんて・・・。
もうどれだけ樹と運命的に出会って縁が繋がっていたのか、あまりにもその偶然と奇跡が重なりすぎて、もう今では可笑しく思えてしまうほど。
それほど樹とは離れられない運命だったのかもと、幸せで笑えてくる。
「ハハッ。それヤバいね。めちゃめちゃもうオレたち運命で繋がれちゃってんじゃん」
すると、まさかの樹も同じように笑いながらそんなことを言う。
「ホントに。あまりにも昔から繋がりすぎて、ちょっと笑っちゃうくらい」
そして私も笑いながらそんな樹に答える。
「そうね。あなたたちの縁は私たちが作り出したってことかもしれないわね」
「そりゃオレもどうやったって好きになるはずだよね。そんな時からオレは透子に出会っちゃってるワケだから」
「確かにね。あのお店で手伝われてる姿が、とても楽しそうでテキパキしてて。明るくて素敵な印象だったから私もよく憶えてるわ。当時奥様にも子育ての相談もさせてもらったりしてたくらい当時は結構通ってたのよ」
「えっ!そうなんですか?」
「ええ。離婚して一人頑張ってたあの当時は、お店に通って奥様とお話させてもらってたことで気持ち的にも随分助けて頂いたのよ」
そうだったんだ。
母親ともすでにそんな繋がりがあったなんて。
じゃあ、その当時のこと聞いてみたら、憶えてるかもしれないな。
今度聞いてみよう。
ずっと昔に素敵な出会いをしていたことを。
今その運命が奇跡的に繋がっていることを。
「だけど、どんどん仕事が忙しくなって、それからしばらくしたらお店になかなか通えなくなってしまって、もうここ何年もお邪魔出来てないわ・・。まだご両親あの場所で変わらずお店されてるのかしら?」
「ハイ。今も同じ場所で頑張ってます。でも数年前に父が亡くなって、今は母一人で」
「・・・そう、だったの・・。ごめんなさいね。全然知らなくて・・」
「あっ!全然気になさらないでください!もう随分前のことで、今は母が一人で楽しく頑張って続けてますので」
そのことで今は沈んでほしくないし、むしろ今は両親と繋がっていたという奇跡に喜んでいるのだから。
「そう・・・。でも今もあのお店でシチュー出されてるのね」
「ハイ。母が父の想いを今も守り続けています。弟もいつかその店を継いでくれる予定なので、この先もずっとこの父の味は守っていきます」
「そう・・。じゃあまた近々久々にお店に伺わせてもらおうかしら」
「ハイ!ぜひ」
「今度はこの人と想い出の料理を当時を思い出しながら・・・、ね?」
「あぁ・・・」
REIKA社長は嬉しそうに、隣の社長を見ながら声をかける。
そして社長も照れくさそうにしながらも返事をした。