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デート当日は、なんか勝手にやって来た。
折角なので髪と眉を整えてみた。
お洒落には無頓着だったけど、今日はちょっと白黒基調のシックな感じで落ち着かせた。
笑顔も何十回も鏡を見て、変な面をお見舞いしないよう健闘していた。
余裕を持って待ち合わせ15分前に到着した僕だったが、そこには既に唯花の姿があった。
いつ見ても飽きのこない、一つに|結《ゆ》わかれた|白髪《はくはつ》が目に映える。
…そういえば何で白髪にしているんだろう。
みんな友達が来るまで暇を持て余すもんだから、大抵はスマホとにらめっこしているが、
唯花は手提げカバンを両手で持って、まるでどこかのお嬢様かのような、洗練された|佇《たたず》まいを披露していた。
僕が近付くと、即座に認識してもらえた。
「もう。遅いよ」
「15分前行動もダメですか」
「女の子を待たせるとか、優燈くんサイテー」
「…すみません。以後気を付けるので」
「…なーんちゃって。へへ。
じゃあ早速、今日はよろしくね」
これは精神的な体力つけないとかなり|不味《まず》い。
待ち合わせ場所は、どういうわけか秋葉原だった。
彼女はもしやヲタクなのか?
いやそれなら池袋の方が…。
横に並列するだけで太陽の光を得た月のように、僕が輝いてみえる。
唯花の|可憐《かれん》さは想定以上だった。
彼女からはほんのり、化粧品売場の香りがした。
不明な行き先への道中、彼女は話を吹っ掛ける。
「またヘンテコな夢は見たりした?」
「それはもう、ヘンテコを超えて無骨でした」
「夢の御相手が私なら、私が無骨にさせたようなものみたいね」
「…夢の唯花より現実の唯花の方が幼いんです」
「年下の割には十分大口叩くわね」
「いやあのすみませ、、、ありがとうございます」
「どうしてそこで礼をするの。
…あなたって人は本当に分からないわね」
「というか、僕は必死に金咲さんを唯花呼びしているのに、金咲さんは僕をあなた呼びですか」
「…男の子を呼び捨てで呼んだ試しがないから、今も緊張しているの」
僕の方が一枚|上手《うわて》だ。
別に競ってもいないのに、心の手は身勝手にガッツポーズを決めていた。
「てか、そっちこそ唯花呼び、よくこんな早く慣れたわね」
「一応中1の頃から、唯花とお喋りしているようなもんなんで」
「さらっと言われたけど、それ相当な爆弾発言だということは?」
「理解しています」
「それなら安心したわ」
安心してしまう唯花も相当な変人だ。
ようやっと到着した場所は、メイド喫茶だった。
唯花は女一人だと敷居が高いとか言っている。
…まぁ男がホストに貢ぐようなもんだしな。
入店すると例の「いらっしゃいませご主人様」が炸裂する。
お勧めは当然、ふわふわ萌えキュンオムライスだそうで、二人で同じものを注文をする。
「これで二人して食中毒にでもなったら、理由は明白ですね」
「…、
その一言は余計。
店員の方にも失礼だし、女の子も幻滅しちゃう」
「…幻滅しましたか」
「一々こんなんで幻滅するほど、私は酷な女じゃないわ」
「すみま、、、ありがとうございます」
「夢で私に礼を言うよう促されたのかしら」
「ぐうの音も出ません」
「対して私は、あれ以降変な夢は見てないわ」
「そうなんですか」
オムライスがやってきた。
二名のメイドさんが、これまた例の決め|台詞《ぜりふ》とケチャップを放つ。
これは味代ではなく、サービス料だと己に刷り込ませて食べ進める。
恋人同士ならここであーんをするのだろうが、まだ交際関係には発展していない。
そもそもするかも分からない。
おとぎ話だと諦めさせて食べていると、銀メッキが視界に入った。
唯花はオムライスの乗ったスプーンを、僕の口元寸前まで運んでいた。
「当然断ることもできるわよ?」
申し訳なさと欲の葛藤は、約三秒で決着がついた。
僕はオムライスを食べました。
彼女は目を細めてこう言った。
「可愛い先輩が食べさせてあげたのに、感想もないのかな?」
「一級品でした」
「うーーん。
まぁいいんじゃない。及第点よ」
唯花はほくそ笑み、顔にニヤけを残しながら食事に戻る。
…この時の感想を答える筆記試験でもあったら、平均点はほぼ0だろうな。
眼前の彼女は、周囲の客が目を奪われる程度には美しい。
白髪は反射して鮮やかな光沢を織り成す。
繊細な女心を兼ね備え、ちょっと自意識過剰な所があって、
一方で絶対に僕を理解しようとしてくれる歳上の先輩、という存在は、
夢を抜きにしても、僕が恋心を抱くには十分過ぎた。
…この日々が続けばいいな。
少なからず僕は今が幸せなんだ。
僕は幸せだった。