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放課後。重たく垂れ込めた雲が、ついに雨を降らせた。
校舎の外に出た瞬間、ぽつぽつと落ちていた雨粒が、あっという間に本降りに。
「……わ、けっこう降ってるね」
桃香はリュックからそっと傘を取り出しながら、2人の方を見る。
晴人と鼓一朗は、どちらも傘を持っていないようだった。
「……傘、1本しかないけど……一緒に入って帰る?」
そう優しく声をかけた桃香に、鼓一朗は一瞬きょとんとする。
「俺は……いいよ、濡れて帰るし」
「え、だめだよ!風邪ひいちゃうよ」
「でも、3人はムリだろ」
「ムリじゃない。ちょっと狭いかもだけど……濡れるよりずっといい」
桃香のその声は、静かで、でもどこか真剣だった。
「……ほら、私ちょっと歩くの早いし、前2人で並んでくれてもいいから」
すると、晴人が小さく笑って言った。
「じゃあ、俺が傘持つ。桃香は真ん中な」
「えっ、いいの?」
「うん。なんか……傘持ってる人って、真ん中が似合うよ」
その言葉に鼓一朗が少しだけ吹き出す。
「……なにそれ、意味わかんない」
「わかんなくていいの。俺の感覚」
傘を広げて、3人はぎゅうぎゅうになりながら歩き始める。
肩が触れて、息が当たるほど近い距離。でも、その中には優しさだけがあって、誰も嫌な顔をしなかった。
鼓一朗が、ぽつりと呟くように言った。
「……ありがとう、桃香」
「ううん。……嬉しかったら、それだけでいいよ」
「熱が上がるのは、体温だけじゃなくて」
週明けの月曜。教室に鼓一朗の姿はなかった。
「……熱出したらしいよ。昨日の夜から」
クラスメイトの誰かがそう呟いたのを、桃香は横耳で聞いていた。
(やっぱり…あの雨の日に、無理させちゃったのかな)
心配でそわそわしていると、晴人がそっと声をかけてきた。
「……今日、放課後、見に行ってみる?」
「うん。うち、おかゆ得意だし、作って持ってく」
桃香の返事に、晴人はふっと優しく笑った。
放課後、買い物袋を提げて、2人は鼓一朗の家へ向かう。
ピンポン、と呼び鈴を押すと、しばらくして少しかすれた声が返ってきた。
「……誰」
「桃香と晴人。お見舞いに来たよ」
「……は?なんで」
「……それ、玄関越しに言うセリフ?」と桃香が笑い、扉がゆっくり開いた。
顔が赤い。明らかに熱のせいで。
「……帰れよ。別に、寝てるだけだし」
「はい却下」
「却下ってお前……」
桃香はおかゆの鍋を持ったまま、ずかずかと部屋へ。
晴人も苦笑しながら後に続く。
「……布団ちゃんとかけてないじゃん」
「はあ…うるせぇ」
「体調悪いときって、うるさいぐらいがちょうどいいんだよ」
ふわっと笑いながら、桃香はタオルを水で濡らしてしぼる。
それをそっと額に乗せながら、目を合わせて微笑んだ。
「ねえ、ちゃんと“助けてもらっていいんだ”って思ってる?」
鼓一朗の瞳が、少し揺れる。
「…わかんねぇよ。優しくされると、どうしていいか……わかんなくなる」
「わかんなくても、受け取っていいんだよ。私も、晴人も……お前が笑ってると、嬉しいから」
沈黙。
でも、それを破ったのは、布団の中から聞こえた、ごく小さな声だった。
「……ありがとう」
「ふふ、どーいたしまして」
その日、桃香と晴人は交代で看病しながら、夜まで鼓一朗のそばにいた。
熱のせいでうとうとする彼の手を、桃香はそっと握る。
(元気になったら、また一緒に、傘に入ろ)
心の中で、そんな約束をした。