テラーノベル
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部屋の灯りは暗かった。わざとそうしているのか、蓮司は何も言わず、遥の手首だけを軽く引いたままソファへと導いた。
「……言われたんだ」
蓮司が背を向けたままグラスに水を注いでいる間、遥はぽつりと呟いた。
「“笑ってなかった”って。……“泣いてた”ってさ、日下部に」
沈黙。
水音だけが、空間を満たす。
「それで?」
背後から返ってきた蓮司の声は、まるで何も興味がないような、けれど根の部分では確実に“楽しんでいる”響きだった。
「それで……ごっこ、ちゃんとやらなきゃって思った」
「“ごっこ”?」
遥は、口を閉じた。
蓮司の声が、また笑う。
「……ああ、そっか。演技、ね。信じさせなきゃって?」
遥はうなずいた。
けれどその顔は、もううなずくことすら“演技”の一部になっているようだった。
蓮司は、静かにグラスをテーブルに置くと、遥の前に腰を下ろした。
そして、唐突に言った。
「じゃあ、身体で証明してみなよ。……おまえが俺に“愛されてる”って」
遥は、一瞬だけ目を見開いた。
でも、すぐに伏せた。
「……わかった」
声が震えていた。
けれど、それでも蓮司の方へ身体を寄せていく。
蓮司は、遥の顎を指で持ち上げ、わざとらしく見下ろした。
「顔、引きつってる」
「……平気」
「うそ下手くそ」
笑う蓮司の指が、遥の唇をなぞった。
そのあと、押し込むように、舌を強引に差し込む。
演技のつもりだった。
最初は。
けれど──
舌の奥をねぶられ、喉の奥で音を立てられる頃には、もう遥の思考は、指先から崩れていった。
「……っん……やだ……」
声にならない喘ぎ。
蓮司はその一音すら逃さず拾う。
「なにが“や”なの? 俺に抱かれてるとこ、あいつに見せられないから?」
遥は、強く目を閉じた。
それでも、頷くことはできなかった。
「──だったら、ちゃんと“演じて”?」
蓮司の手が、遥の腰を押し倒す。
背中がソファに沈み、蓮司の体重がのしかかる。
「“好きなふり”じゃ足りない。……“好きすぎて壊れそう”くらいじゃないと、あいつの目は騙せないよ?」
遥の瞳が潤む。
それは、誰のための涙か、もうわからない。
「……お願い、蓮司……ちゃんと、最後まで……して……」
その台詞に、蓮司は息を吐き、吐息が笑いに変わる。
「……ふふ。やっぱりバカで、かわいいね。おまえ」
──この夜、遥の演技は完全に崩れ、
蓮司の嗜虐は「遊び」から「日常」へと変わっていく。
遥の身体に刻まれるのは、愛の真似事ではない。
“信じさせるための演技”が、誰よりも遥自身を壊していく。
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