テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
白山小梅
12
#借金
1,754
* * * *
公園を出て駅に向かって歩いていたが、たまたま通り沿いにタクシーが通りかかったのを見つけた瑠維が、
「春香さん、タクシーで帰ってもいいですか?」
と言った。
タクシーに乗り込み、走り出すのを確認すると、瑠維は大きなため息をついて項垂れた。
「すみません。なんとなく疲れてしまって……もう少しお店を回ったりしたかったですよね」
「ううん、大丈夫だよ。お出かけなんていつでも出来るし」
そんな瑠維の頭をそっと撫でると、珍しく彼の方から春香の肩に寄り掛かる。静かな時間の中で、聞こえるのは車のエンジンとブレーキの音だけだった。
マンションの前にタクシーが到着し、カードで支払いを済ませた瑠維と手を繋ぎ中へ入る。力がなくなってしまっている瑠維に代わってオートロックを開錠してから、自動ドアを抜けた。
エレベーターを降りて部屋に入った瞬間、瑠維に背後から抱きしめられた。
体勢を変え、瑠維の方に向き直った春香だったが、肩に顔を埋められてしまい、表情を見ることは出来なくなる。
もしかして顔を見られたくない? 今までの瑠維からは想像もつかないくらい弱気になっている彼を、どうしたら元気付けられるのだろう。
話を聞きたいと思っても、瑠維がどこまで察しているのかがわからなければ、余計なことは言わない方がいいに決まっている。
「瑠維くん、上着を脱いで。とりあえずリビングに行こう」
瑠維の背中を優しく叩くと、顔を上げた瑠維が頷き上着を脱ぎ始めたので、それを受け取って瑠維の書斎に持っていく。
クローゼットに上着をしまってからリビングに戻ると、ソファに倒れ込んでいるのが見えた。その姿が痛々しくて、春香の胸がツキンと痛む。
彼の苦しさや辛さを全て受け止めてあげられればいいのにーー。もし数年後、自分の前にあの男が現れたらどう思うだろう。考えるだけでもぞっとした。
春香は瑠維の前に跪くと、彼の手を取って顔を覗き込んだ。
「何か飲みたいものとか、食べたいものはある?」
「いえ……大丈夫です」
すると瑠維の手がずっと伸びてきたかと思うとヒョイと抱き上げられ、彼の膝の上に座らせられる。腰を腕を回され、身動きが取れなくなってしまった。
「春香さん、もしかして《《知っている》》んですか?」
真っ直ぐ目を見つめられ、ドキッとした。思わず耳たぶに触れてしまう。
「知ってるって……何のこと?」
慌ててとぼけようとしたが、瑠維の表情を見ればお見通しなのがすぐにわかる。耳たぶに触れていた手を瑠維に掴まれ、そっと口付けをされた。
春香は困ったように頭を掻きながら、大きなため息をついた。
「瑠維くんにはすぐに見破られちゃう」
「当たり前です。僕を誰だと思っているんですか。ずっと春香さんを見ていたんですから、それくらいはわかりますよ。春香さんの名前でいいところを、いきなり"初夏"の名前を出すなんて何かあると思うじゃないですか」
「そうだよね、ごめんなさい……」
申し訳なさそうに俯いた春香を見て、瑠維はハッとして彼女の体を抱きしめた。
「違うんです! そうじゃなくて……もしあのことが春香さんに知られて、あなたに拒絶されたらどうしようという不安ばかりが募っていて……」
「……どうして私が拒絶するの?」
春香がそう尋ねたが、返事は返って来なかった。
「やっぱり鮎川さんの言う通りだわ。瑠維くんは絶対に話そうとしないだろうって。だから教えてくれたの」
「鮎川さんですか……」
「でもね、鮎川さんは瑠維くんが私に心配をかけたくなくて言わないって言ってたけど、本当は違うってこと?」
ようやく腰に回されていた手が緩み、春香は瑠維の顔を両手で挟んで自分の方に向かせた。すると目元を赤く染め、今にも泣きそうな瑠維がいた。
「そうですね……。たぶん……言わなかったと思います。話したら、全て話さなければいけなくなるーーそうしたらあなたの僕に対する印象が変わってしまうかもしれない……そんなことを想像するだけでも怖くて……」
春香は瑠維の唇にそっとキスをした。
「私がそんなことくらいで嫌になるとでも思った? もっと信用してほしいよ」
「……わからないから怖かったんです。僕が弱気な証拠ですね」
そんな悲しそうな顔をしないでーー彼の心を埋めたくて、瑠維の首に手を回した。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!