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たっくん
私と匠は、会社で出会った、ただの同期、
そう思っていた。
だけど、ずっと以前、幼かった頃に、既に出会っていたことに気づいた時は、本当に驚いた。
私たちは、
「あーちゃん」
「たっくん」と呼び合う仲だったようだ。
同じ幼稚園で1年間だけ一緒だった2人。
《《たっくん》》と呼び、まとわりついていた、
あのお兄ちゃんが、まさか匠だったなんて……
たっくんは、年長さんのゆりぐみ。
私は、年少さんのひまわりぐみだったようだ。
年少の私は、3歳だから、ほとんど覚えていなかった。が、場面ごとに微かな記憶として残っている。
21年も経てば、容姿はまるで違うから、言われなければ分からない。
でも、よく見ればやっぱり面影はある。
それに、気が合うことに変わりはないのだなと思った。
母によると……
毎朝幼稚園へ通う途中にある匠の家の前で、私は、匠の姿を見つけては、「たっく〜ん」と、走って行っていたようだ。
匠も、
「あーちゃん、おはよう」と、抱きしめて迎えてくれる。本当に仲良しだったようだ。
「おはよう」
2人はニコニコしながら、毎日手を繋いで歩いていたのだと言う。
その姿が微笑ましく、いつも、ぎゅっと抱き合っては、「けっこんしゅる」と言っていたようだ。
結婚の意味も分からずに……
匠のお父さんは、仕事が忙しく土日には、滅多にお休みが取れず、いつも匠は退屈そうにしていたようなので、それならば、と母がたっくんママに
「ウチの主人が、たっくんとキャッチボールをしたがっているの」と言って、いつも私と父が遊んでいる広場へ、匠も誘って一緒に行くようになったようだ。
最初こそ、2人で遊んでいるのを父が見ていたようだが、男の子が欲しかった父は、いつしか匠に「キャッチボールをしよう」と、子ども用のグローブまで用意して来てキャッチボールを楽しんだのだと言う。
幼い私は、マイペースで、キャッチボールなどには、全く興味がなく、買ってもらった三輪車に乗りキャッチボールをする2人の周りをぐるぐる走り回り、虫を見つけては脱線し、はたまた飽きると、三輪車の前カゴに入れて持ってきたお砂場セットで、お砂遊びをする。
そして、「プリンどうじょ」と、サラサラの砂で作ったプリンは固まらず、カップに入れたまま匠に運んで食べさせて、「次は、パパ、待っててね」と、きちんと匠とパパ交互に、プリンと称する物を作っては運んでいたようだ。
そして、ある時、パパが意地悪をして、
「次は、ハンバーグを作ってください!」と言うので、「ハンバーグは、ない《《れす》》!」と言って、
頑なにハンバーグを作るのを嫌がる私に、執拗にパパが「ハンバーグが食べたいです!」と言うので、ついに、私は泣き出したようだ。
パパが泣かした。
すると、匠は正義の味方だから、
「あーちゃん、大丈夫だから泣かないで」と抱きしめてくれていたようだ。
「綾ごめん」と言うパパを睨みつけて、
「パパ、嫌い! もう遊んであげない!」と、しばらく怒っていたようだ。
《《ハンバーグ事件》》
恐らく、サラサラの砂だと固まらないので、ハンバーグは出来ない! と言いたかったのに、言えない3歳。その子ども心が分からない父だったようだ。
いつの日も匠は、私の味方だった。
その後、匠に固まるように、土で泥団子の作り方を教えてもらって、機嫌を良くしたようで、それを平たくペタペタして、父に、
「ハンバーグどうじょ」と素手のまま渡していたようだ。
父は、嬉しくて感動していたようだ。
そりゃあそうだ、最愛の娘に嫌われたのだから。
匠は、きちんと私と父とを和解までさせてくれていたようだ。
そして、土曜日になると、たっくんは、我が家に泊まりに来た。
と言うか、そもそも父が「たっくん、誘拐して来た! 泊めるから!」と、家には送らずに、勝手に連れて帰って来たから、そうなったようだ。
お母さんは慌てて、たっくんママに電話をして事情を話していたようだ。
もちろん、父は、たっくんを可愛がっていたのもあるが、たっくんのお父さんが仕事で忙しかったようなので、たっくんママにも休息を与えようとしていたのだと、母から聞いた。
私たちは、それが嬉しくて、一人っ子同士、本当に兄妹のように育てられた。
一緒にお風呂にも入って、一緒に寝て一緒にご飯を食べて……
おままごとでは私がお母さん役、匠が子ども役、幼稚園ごっこでは、私が先生役、匠が生徒役。
更には、『パンダごっこ』というものがあり、
私は飼育員、なぜか匠はパンダ役だったようだ。
どうやら、パンダ限定の飼育員のようだ。
だから、『パンダごっこ』と呼ぶのだ。
いつも役柄は、私が決めていたそうだ。
「何それ?」と匠に聞くと、
「パンダさん、ご飯ですよ」と、いつも広場に生えている草を取って来て、「はい、どうじょ」と、匠に草を食べさせていたようだ。
「ハハハハッ」
もちろん本当には、食べないが、必ずパンダ役の時のご飯は、草だったようだ。
まあ、笹に見立てた私なりの理解だったのだろう。
「今更だけど、ごめん」と謝った。
「ハハッ」
いつも、砂や泥団子や草を与えられていた匠。
そして、更には、
「極めつけは、お医者さんごっこだ」と言う。
「これは、独特で……」と話す匠。
「何〜?」
なんだかもう聞くのが怖くなってきた。
「一般的には、どこが痛いですか?ってカラダを聴診器で聞くとか、注射しますね〜とかお薬出しておきますね〜って言うのが、お医者さんごっこだと俺は思ってたんだけど……」
と言う。
「うん、違うの?」
と、恐る恐る聞くと……
「綾のは、いつもいきなり手術が始まるんだよ」と笑っている。
「え?」
「はい、《《しゅるつ》》します! メス!」と言って、いきなり何処でも切るらしい。
「ハハハハハッ」
「待って! 怖い怖い」と自分で笑う。
「もう〜我ながら怖いよ〜」と笑いが止まらない。
「恐らくテレビドラマで見たんだろうな、《《メス》》! だけ妙に覚えてて、なんでもメス! なんだよ。もう可笑しいやら怖いやら」と笑う匠。
「お医者さんになりたかったのかなあ?」
「いや、メス! って言いたかっただけだろ?
俺あちこち切られたぞ。ハハッ」と笑っている。
「ハハハハっ! 匠、あちこち切られたの? ハハッ、傷だらけじゃん! 面目ない」
「そうだよ、切るだけ切って縫わね〜からな、綾ドクターは……」
と、笑っている。
幼い頃の話は、続々と出て来て本当に面白い。
私が如何に、お転婆で面白い子だったか……
更に、
「三輪車の乗り方も凄かったぞ」と言う。
「え〜三輪車なんて乗り方は、皆んな同じじゃないの?」
「い〜や! 綾のはめちゃくちゃスピード狂なんだよ! 三輪車1人暴走族!」
「え〜?」
「漫画の絵みたいに、めちゃくちゃ速く足をクルクルクルクルまわして、見てる方が怖いのに、
コレがカーブも器用に回るんだよ。三輪車のプロだな。
俺は、キャッチボールをしながら、それを見てたんだけど可笑しくってさ。綾を三輪車に乗せれば日本一だったと思うよ」と笑う。
「もう、ホント勘弁してよね、3歳の私……」
「そう言えば、普段は、3人しか居ない広場で貸し切り状態だったんだけど、たま〜に、小学生が遊びに来てて」
「そうなんだ」
「でも、綾はいつも慣れた広場だから、お構い無しに三輪車で暴走するもんだから、『怖い怖い!』って、その小学生たちが逃げて帰ってたぞ」
「ハハハハッ、そうなの?」
「そっか、だからいつも貸し切り状態だったんだ」
と笑う匠。
「空いてて良かったじゃん! ふふっ」
「だな! 俺は、そんな綾が可愛くて可愛くて」と言う。
「匠は、優しいね。幼かった頃も今も、ずっと私のヒーローだ」
「綾のおかげで、人には優しくしなきゃって身についたよ、ありがとう」と言われる。
「ふふふふ、どういたしまして……複雑〜」と笑う。
たった1年間だけだったけど、そんな幼少期を一緒に過ごせた。
だから、引っ越した時、匠は「あーちゃんは?」
と、泣いていたようだ。
小学生になる頃だから、もう良く分かっていたらしい。
「と言うことは、私も急にたっくんが居なくなって、泣いてたのかなあ?」と言うと、
「そうかもな。いや、そうであってくれ! 綾のことだから、いきなりあっさり、違う子と遊んでそうだけどな」
「ハハハッ、あり得る〜! お母さんに聞くのが怖いよ」と笑い合う。
後日、母に聞いてみると、
やはり、突然たっくんと会えなくなって、私は毎朝泣いていたようだ。
たっくんちの前に行っては、
「ママ、たっくんは? 今日もお休み?」と、しばらく毎朝聞いていたようだ。
ママがしばらくお休みと嘘を吐いていたから。
4歳になって、年中さんになった私は、クラスが変わり、新しいお友達が出来、男の子とも女の子とも遊ぶようになっていたようだ。
泣いていたのは、朝だけで、幼稚園に行ってしまえば、お友達と遊ぶ。
最初こそ、男の子は、皆んな《《たっくん》》という名前だと思っていたようで、「たっくん?」と、顔を見るたびに聞いていたらしい。
どこかで、ずっと、たっくんを探していたのかもしれない。
そして、匠の方も、その後、小学生になった。
無事に学校で仲良くなった男友達と遊びようになったようだ。
しかし、相変わらずお父様のお仕事は、忙しくほとんどお母様と2人だけの生活だったようだ。
お母様を困らせちゃいけないと思い、《《あーちゃん》》という名前は、言ってはいけないと思っていたようで、封印されたようだ。
そして、たま〜に、帰って来られるお父様。
匠は、ウチの父としたように、キャッチボールがしたかったようで、小学校の低学年ぐらいまでは、一緒にしてくれていたようだが、毎日出来るわけでもなく、匠の方が物足りなくなって、お母さんに頼んで、少年野球チームに通わせてもらったようだ。
「へ〜匠、野球やってたんだ」と言うと、
「うん、綾のお父さんの影響かな。でも中学で挫折」
「え?」
「中学に入ると、俺は、まだカラダが小さくて、やっぱり大きな奴の方がパワーもあるし、いっぱい試合に出られる」
「そうなんだ」
「で、辞めて、サッカーに転身した」
「え? そうなんだ」と驚いた。
「あ、だから時々今も会社の人たちとフットサルに行ってるの?」と聞くと、
「そうそう、誘ってもらったから」と言う。
「うわ〜野球からサッカーかあ、そりゃあ……」と言いかけてやめた。
「なんだよ? 軟派って言いたいのかよ?」
「まあね、あくまでも個人の見解です!」と言うと、
笑っている。
でも、ウチの父は、匠とキャッチボールが出来て嬉しかったし、少年野球に入って少しでも野球をしてくれていたことを喜んでいる。
「たまには、又ウチのお父さんとキャッチボールしてあげてね」
「うん」とニコニコしている。
そして、高校生の頃までサッカー部で頑張っていた匠。
中学でぐんぐん背が伸び出したようで、足も速くなったようだ。
それに、文武両道の進学校だったので、勉強も頑張っていたようだ。
「はは〜ん、モテ期到来?」と言うと、
「まあ、中学生ぐらいからモテてたかな」と、サラッと言った。
「なるほど〜背も高いし、運動も出来るし、頭も良い、それに優しい! と来たら女子がほっとかないよね〜」と言うと、ニヤッと笑っている。
又、私はエアーマイクを手にして……
「え〜以前、初体験は18とおっしゃっておられましたが、初めての彼女は?」と又レポーター風に聞くと、
「中2かな」と言う。
「ふ〜ん。では、ファーストキスは?」と聞くと、
「中3かな」と言う。
「ふ〜ん」
「なんだよ! 聞いといてその反応は〜!」と言う匠。
「う〜ん、私さあ、匠の過去のこと、聞いても何とも思わないと思ってたのよ」
「うん」
「でも、今は、あんまり聞きたくないかも……」
「え? 綾それって〜?」と笑いながら聞く。
「う〜ん、私、妬いてるのかなあ?」と言うと、
「綾〜〜」と嬉しそうに抱きしめられる。
素直に抱きしめられて、黙って私も匠を抱きしめ返した。
「綾、俺嬉しい」と言う。
「うん」
「ん? どした?」
「胸がずっしーんと重くて、聞かなきゃ良かったって思ってる」
「綾〜ごめん、もう言わないから」
「ううん、私が聞いたんだもんね」
それなのに、なぜか、泣けてきた。
「え?」と匠は、私の涙を見て驚いている。
「ごめん、ずーっとずーっと過去のことだから」
分かっている。なのに、
トラウマになってしまっている。
アイツのせいだ!
匠は、そんなことはしないと分かっているのに、匠が何処かに行っちゃたらどうしようって、怖くなってしまっている自分が居る。
付き合う前に、聞くのと、付き合い出してから聞くのとでは、全然違った。
私、匠のこと、こんなにも好きになってしまってる。
「綾! 大丈夫だから泣かないで」と、抱きしめてくれる。
幼稚園の時の《《ハンバーグ事件》》のことを思い出した。
なぜか、父に、ハンバーグをくださいと泣かされた、あの時のことだ。
あの時、
『あーちゃん! 大丈夫だから泣かないで』と、
慰めてくれたのも匠だった。
「匠! 思い出した!」
「ん?」
「ハンバーグ事件」
「え? 今?」と言う。
「うん。あの時も抱きしめて、『泣かないで』って慰めてくれてたのは匠だった」
「うん、そうだよ」と微笑んでいる。
「ありがとう」と言いながら、また泣く。
「あ〜あ、だから、もう泣かないでって〜」と、ヨシヨシしてくれる。
でも、匠の腕からスッと離れて、
「匠、浮気しない?」と聞いた。
「しないよ!」
「元カノに会っても?」
「しない!」
「綺麗なお姉さんでも?」
「しない」と笑っている。
「笑ってんじゃん!」と言うと、
「違うよ、綾の言い方が面白かったの」
「じゃあ、目の前で、転んでる人が綺麗な人だったら?」
「綺麗でも綺麗じゃなくても、とりあえず大丈夫ですか? って声は掛けるかなあ」
「そりゃあそうよね、人としてね」
「うん、だろ?」
「じゃあさ、綺麗なお姉さんに逆ナンされたら?」
「ごめんなさい! 婚約者が居ますのでって、離れる」
「……」
──ちょっと嬉しい
「じゃあさ、突然、私と付き合ってって、言い寄られたら?」
「そんな人居るか?」
「分かんないじゃん! ずっと駅で見てました〜とか、同じ電車で〜とか」
「同じだよ! ごめんなさい! 付き合えません。
婚約者が居ますからって言う」
──だんだん、《《婚約者》》って聞きたいだけになって来たような気がする。顔がニヤける。
「いくらでも答えるよ! でも、答えは全部同じ! 僕には愛する婚約者が居ますからって言う!」
と言った。
ついに、顔が綻んで笑ってしまった。
「綾!」と、匠は、両手を広げている。
今は、体当たりで匠の胸に飛び込んでも、
ぎゅっと抱きしめて受け止めてくれる。
「匠、大きくなったね」と言うと、
「ハハッ、綾も大きくなって綺麗になった」と言う。
ニヤッとして、チュッとした。
「ん? 終わり?」と聞くので、
自分から濃厚なキスをした。
「大好き」と抱きつく。
「俺も大好き」と、ぎゅっと抱きしめてくれる。
「もし又、不安になったら、今みたいに何でも聞け!」
「俺は何度でも、答えるから。でも、同じ答えしか言わないけどな」と言う匠。
「うん」
私の心が不安でいっぱいになっていることも、
匠は、分かってくれている。
あんなに衝撃的なことを聞いて別れたところだもの。
そう簡単には、傷は癒えない。
でも、私には匠が居てくれる。
友達の美和も、家族も……
皆んなが支えてくれている。
だから、私は、匠とずっと一緒に歩んで行きたいと思っている。
「綾!」
「ん?」
「綾の気持ちが落ち着いたら……」
「うん」
「結婚しような!」
「うん」
「匠」
「ん?」
「ありがとう」
「こちらこそ、ありがとう」
「匠! ごめんね、あの時、いっぱい《《メス》》で切っちゃって」
「ハハハハッ! お前、それ、今する話か?」
「いや、ちゃんと謝らなきゃと思ってて」
「ふふ」
「今度からは、縫うようにするから」
「うん、頼むわ。って全然反省してね〜だろ?」
「お医者さんごっこしゅる〜?」
「え〜〜ヤダよ」
「メス!」
「ふふふふっ」
2人には、共通の話題が多すぎるぐらいある。
覚えていなくても、心は通じ合っている、
あの頃から……