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16 ◇離婚されるかもしれない
「あの女性が好きなんでしょ?
いいよ、私邪魔しないからあっちへ行けば!」と
妻から今までのような控えめな申し出ではなく、あからさまな
言いざまを聞かされ、俺はめちゃくちゃ焦った。
何とか誤解をときたいと切に願った。
あんなものを見られて、誤解だと言っても1mmの信憑性もないって
分かってはいる。
けれど、妻を蔑ろにしようなんて思ったこともないし、篠原を
姫苺 の代わりに妻にしたいなどと思ったことは、ただの一度もない。
そういった部分での誤解を解きたかった。
妻から放たれたあからさまな物言いで、妻をどれだけ傷つけてきたか
今更ながら気が付いた。
思いおこせば妻はずっと控えめではあるが篠原智子との仕事は
なるべく一緒に出掛けないでほしいのは勿論のこと、個人的な付き合いは
しないでほしいと言っていた。
篠原と必要以上に親しくしないでほしいとお願いされていたことを、
ほとんどバレなきゃこれくらい、と守ってなかったことも後ろめたく、
そんなこんなで俺は焦った。
「隠してたのは悪かった、ごめん。
だけど浮気にもならないちょっとしたアクシデントなんだ。
あれはただの反射っていうか身体の本能的なというか自然な反応で、
そんなに深い意味なんてないよ。
若くて可愛い子にキスされちゃあ、誰だって少しは舞い上がるだろうし
思わずkiss返ししたくなったりするもんだろ?
つまり……そのぉ、彼女からキスされてつい舞い上がってしまっただけで、
姫苺と離婚だなんて考えらんないよ。
彼女のことは姫苺の代わりにしようとか、思ってもないし、また
姫苺の代わりになんてならないし。
俺は絶対姫苺と離婚なんてしないから」
あんなところを撮影されて、詰んだ……詰んでしまった、と思った。
思ったさ。
だけど時間が経つうちに、たかがキスくらいで離婚だって?
という気持ちが湧いてきて、とにかく今自分にできることを
めいっぱいやり抜くしかないと思ったのだ。
そして俺はここで粘らないとどこで粘るんだ、の勢いで
姫苺に自分の今の心情をLINEに込めて吐露し続けた。
「誓って身体の関係もない。信じてほしい。
たかがキスなんだから、どうにか許してほしい。
こんなことで結婚生活も含めて出会ってから10年以上の俺たちの
繋がりを捨てるなんて浅はかだよ? 姫苺 。
姫苺 、とにかく一度家に帰っておいで。
LINEなんかじゃ、拉致があかないからさ。
待ってる、帰って来るよね?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
キスに対する夫の言い訳を読み……
『コイツったら謝るどころか居直ってるよ。
誰でもおっさんなら若い子からキスされるとお返しにディープキス
するってぇのか? ボケッカスッ』
そんな風に、私は心の中で口汚く冬也のことを罵った。
こんな下品な言葉を自分が口に出さないとはいえ、吐く日が
こようとはなさけない限りだ。
私が冬也に証拠の画像を送りつけた後、何度も何度も冬也から
私を何とか諫めようとするLINEがわんさか。
なんかもう、その日だけでお腹一杯でゲフンゲフンって感じ。
近くにいるマリリンに見せたら……
「すごいなぁ~、 姫苺 めちゃくちゃ愛されてんじゃん」だってさ。
愛されてないからぁ、ソレッ 。
愛されてもないし、舐められ放題であいつに好きにされてたんだよ?
そう言いたかったけど、自分が惨めになるだけだから、マリリンには
「ンなわけないじゃぁ~ん」とだけ返しておいた。
『妻がいるのに他所の可愛い子ちゃんとキスするんなら
妻とはきっちり別れてからにしろや、このカスが』
……と胸で呟く私を誰が罰せられようか。フフンだ。
なんかね、家族のようなマリリンが側にいることで、だんだん心に
ゆとりが生まれてきて、もう冬也のことでカリカリして怒ったり悲しんだり
するのがバカバカしくなっていったぁ~。
私はその後マリリンの家を拠点に暮らし、何度か自宅に戻り、持ち出し忘れがないかを
確認し、マリリンの言葉に甘えて、先行きがはっきりするまで居候することにしたのだった。
夫の冬也はLINEで帰って来てほしいと毎日のようにいうけれど
いかんせん私のいる場所を知らないのでそれ以上の行動に移せないでいた。
私の実家へもそれとなく探りを入れたみたいだけれど、逆に
姫苺 がどうかしたのか?と聞かれて、私が家を出たことなど
訊くに訊けなかったようだ。
そんな風な経緯が彼のLINEから伺い知れた。
私は夫に離婚届けを送った。
予想通り断固拒否ると言い、緑の紙が返って来ることはなかった。
予想はしていたので、このまま別居に持ち込むつもり。
別居と言っても離婚届けが届いたのだから、私の本気度はこの一手で
夫にはずっしりと届いているはず。
きっちり裁判するっていう方法もあるにはあるんだけど、キスだけだと
夫を有責に離婚は難しいかもしれないので、ひとまず別居から。
勿論、二度と家には戻らないつもり。
もう、顔も見たくない……。
それに、万が一顔を見て話などしたら、どんどん冬也のペースに持っていかれ、
絆されてしまうかもしれない。
なんてったって、冬也も言ってたように付き合いも合わせると私たちは
10年以上の付き合いになるから。
情を断ち切るのは案外難しいのよ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
何十回目かの夫からのLINE!
「確たる理由もないのに一方的には別れられないって知らないの?」
「知ってる。あなた有責だからOK!」
「篠原智子とのことはそういう類のモノではないと説明したろ?
一緒になりたいくらい好きならとっくの昔に君に離婚を俺の方から
申し出てるよ。篠原のことは何とも思ってないし、結婚も考えてない」
「そっかー! どっちなのかなってずっと思ってたけど、なら
篠原さんとのことはほんの恋心をくすぐる程度の浮気だったっていうわけね。
本気でも遊びでも、もう私あなたと一緒の未来は築けない。
余所の女と粘膜擦り付けあうような男とはねっ」