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妻の言い草に俺はじとっと背中に汗が噴き出すのを感じた。
俺と篠原智子との間に身体の関係はない。
意味深な物言いをする 姫苺 に俺は戸惑った。
「何のことを言ってるのか俺には分からないよ」
「へぇ~そうなの? いろいろあり過ぎて……なのかしら」
こちらの手の内はキスだけだけど、カマを掛ける勢いで
私は敢えて破廉恥な言葉を使った。
自爆でもしてくれれば、もっけの幸いとばかりに。
「誓って言うけど、俺は彼女とは寝てないから……。
おかしなことを言わないでほしい」
なんだろうね、篠原智子とあなたがSEXしたのかしてないのか、
私には知る術がないのだけども、あなたがあの女性に
気持ちがいってたことは確かなのよ。
寝たのか寝てないのか、間系なくはなくて一大事だとは思うけれど
あなたのことを見限った瞬間、何かねもうどうでもよくなったのよね。
夫に嫉妬されていると優越感に浸られて上から見られるのも歯がゆいし、
ヤキモキ嫉妬しながら生きていくのにも、もう疲れた。
「私が何も感じないなんてまさか思ってないでしようね?
早く離婚届けに判子を押したほうがいいと思うわよ。
お互いこれ以上嫌な思いしないほうがいいと思わない?
……っていうか、あなたはいい思いばかりしてて嫌な思いはしてなかった
ンだっけ?」
俺のせいとはいえ、 姫苺 の物言いを読んでいると悲しくなる。
いつだって好き好きオーラ全開の眼でやさしい物言いを
していた妻が、皮肉まで書き連ねてきていた。
どんどん姫苺 の物言いがキツいものになっていってる。
それはきっと 姫苺 の心の傷と比例しているのかもしれなかった。
姫苺 のキツい物言いを目にする度、俺の胸はぎゅっと痛んだ。
「離婚だなんて一方的すぎる。
少し頭を冷やしてくれないか!」
一方的過ぎるって……一方過ぎるって……何さ!
よくもまぁ――――それはあなたのほうじゃないの?
こうも暖簾に腕押しのようなことを言い続けようとは……。
こうなってみると今回早い段階で物理的に離れて正解だったのだと思う。
同じ家にいてこんなやり取りをしていたら、きっと私は夫から煙に
巻かれてしまっていたかもしれない。
結局この日も夫の拒絶で離婚話は頓挫したのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夫からの言い訳に、私の胸の中には彼への暴言の嵐が吹き荒れた。
けれど、自分の気持ちが落ち着いた頃、心の内をLINEで送った。
「あなたの沢山の説明という名の言い訳を読んだけれど
私にはどれも納得がいかないものばかり。
もうだめだと思う。
私ね、これまでずっと毎日大好きなあなたと暮らせて幸せって思ってきた。
だからね、すごく残念!
なんでこんなことになっちゃったんだろう。
あれからずっとあの女性のことが気になっちゃって、不信感ばかりを
募らせるようになってしまったの。
そんな自分が嫌で、ストレスも半端なくて――――。
気が付いたらあなたへの気持ちが……見えなくなってた。
ジタバタしないで、彼女に対するあなたの恋心が消えるのを待つつもり
でいた時もあったけれど、何か途中でフっと我に返るというか、気持ちが動いたの……。
私のことなんてぜんぜん見てないし、だからもちろん気持ちも私にはないでしょ?
そんな夫|《相手》のことなんて、もうどうでもいいんじゃないのって……。
そう――――。
私、考えている内にズドーンって、突き抜けちゃったの。
そういうわけだから、とにかく離婚に同意してくれなくても、もう私は
あなたと暮らしたその家には帰らないつもり」
『それで捨てることに決めたから……ゴメン』
LINEでは書かないセリフも後から呟いてみた。
ごめんって……ごめんって自分のほうが言ったりして、
私って相変わらずお人好しだ。
馬鹿みたい。
夫の冬也からは、話の流れで軽くごめんという言葉はあったものの
どうみても心からの謝罪はない。
そして私がどれほど嫌な気持ちになったかもたぶん理解なんざぁ
してない……よね?
まぁ、そこが一番歯がゆかったりするわけで……。
◇思惑
俺と篠原の間に起こったこと、妻の 姫苺 にすっかりバレてた。
鮮明できれいな画像から察するに、おそらくはその道のプロに頼んだのだろう。
姫苺 が家を出て行ったこともショックなことだったのに、なんと
離婚届けまで送られてきて、俺はほとほと参ってしまった。
篠原智子が同行する俺の出張前から 姫苺 は俺たちのことを疑い
思い悩んでいたのだろうことが伺い知れる。
その俺たちの過ちが記された写真を見た時の 姫苺 の心情を
思うと居たたまれない気持ちになる。
あ~ぁ、その時までは篠原との間には何もなかったのだ。
けれど、もうそれを証明するすべはないし、証明できたとしても
今更……か。
1回は1回です、という言葉を何処かで見たが、まさにそれだからだ。
今まで何もなくとも、結局俺たちはキスをしてしまったんだからな。
姫苺 からみればそれまでがどうであろうと関係ないって話だ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
妻の 姫苺 から仕事であっても篠原とはなるべく行動を共にしてほしくないと
言われた日のことを振り返るに――――。
だって俺、38才の中年男。
それで25才女子に言い寄られてるとか、異性として意識してるなんて
思われてみろっ、あ~完全に笑い者だよなっ、とそんなふうに思っていた。
無下に篠原の意向を断るには、自ずと理由を言わなきゃならなくなる。
若い女子社員にそんな風に思われたくなかった。
そしてこんなふうにも考えてた。
姫苺 、君の言動ってさ、下手をするとある種寝てる子を起こすような
ものなんだぜって。
だって俺は 姫苺 から話を持ち出されるまで篠原との仕事を介した距離に
関して、妻から嫉妬されるような問題と全く認識していなかったのだから。
いやっ……本当にそうなのか?
本当は篠原のことを少しは特別視してたんじゃないのか?
仕事がスムーズに捗るっていうのも確かにポイント高かったが
一緒にいて心が弾んだのも確かだったのだから。
そういう正直な気持ちを俺は自分自身にも巧妙に隠して、単なる仕事の
相棒と思い込もうとしてたのかもしれない。
俺は自分の放った言葉ひとつで妻が引き下がったのをいいことに
全く妻からの主張を聞き入れようともせず、その後も仕事で篠原と一緒に
行動を共にした。
妻の意に反して行動していた俺は……本当の本当は、心の奥底で
逡巡していた部分もあったのかもしれない。
だが気付かない振りでやりすごそうとしていたのだ。
あの時、 姫苺 の言葉にちゃんと耳を傾けていれば……
あの時、自分の逡巡にちゃんと向き合っていれば……
と、返す返すも悔恨の気持ちでいっぱいになるのだった。