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ティアナがレンブラントと婚約をしてから一ヶ月が経った。形だけの婚約者かと思っていたのだが、彼は数日に一度は決まってフレミー家の屋敷を訪ねて来た。意外と律儀な方なんだと、ティアナは思った。しかも毎回手土産と称し贈り物まで持って来てくれ、内容は髪飾り、ネックレス、ブローチ……主に装飾品だ。どれを取っても高価な物だと一目で分かった。本来ならば仮の婚約者である自分などが受け取っていい物ではないと、恐縮してしまう。なので彼には言っていないが、贈り物は全て手付かずのままで、部屋に大切に保管していた。何れ彼と別れる時に返そうと思っている。
ティアナは正面に座っているレンブラントを盗み見た。優雅にお茶を啜る姿は、本当に絵になる。控えめに言って、美男子だ。令嬢達が群がる気持ちも理解出来る。ふと少し前にティアナも別の理由だが、彼を追いかけて回していた事を思い出し急に恥ずかしくなってきた。少し俯き加減になる。
「ごめんね、僕の話退屈だったかな」
(不味い、全く聞いていなかった……)
困った様に眉根を寄せ謝罪する彼に、ティアナは慌てて首を横に大きく振った。
「違うんです! 少し考え事をしてしまって……すいません。宜しければもう一度障りだけでも、お願い出来ますか」
◆◆◆
上の空のティアナからもう一度話をして欲しいとお願いされたレンブラントは、口元が引き攣りそうになった。別に話を聞いていなかった事に腹を立てている訳ではない。
「あー……うん」
ずっと気になっていた事を、今日こそは聞こうと意を決して話していたのだが、どうやら聞いて貰えていなかったらしい。レンブラントはまた始めから同じ事を話さなくてはならないのかと、項垂れた。だが上目遣いで可愛くお願いされたら断る事など出来る筈がない。あくまでも彼女限定だが。
「少し前にミハエル殿下と君が、城の中庭でお茶をしているのをたまたま見掛けたんだ。その前にも、君は殿下と一緒に僕を訪ねて来ただろう? だから、その……随分と仲が良いんだね、と思ってさ」
肯定されたら暫く立ち直れないかも知れない。それに友人の範囲ならまだ良いが、ティアナがミハエルを異性として好意を寄せている、なんて言われた日には口から魂でも抜け出そうだ。
「ミハエル様とは学院で、元々クラスがご一緒だったんですが、ずっと話した事がありせんでした。ただあの時は、私がレンブラント様に会いたい一心で、お取り次ぎ頂ける様にお願いしたんです。お茶をしていたのは、その時のお礼の為でして……特別仲良しとかではないです」
ーーレンブラント様に会いたい一心。
この言葉だけを抜き出し、頭の中で幾度も繰り返し噛み締める。彼女が話している意味合いは違うと分かってはいるのに、我ながら本当に莫迦だなぁと思う。
「成る程。所でそのお礼って、一緒にお茶をする事?」
「いえ、お礼は手作りのラズベリーパイです」
「手作りのって、まさか……君、の?」
「はい」
目を見張るレンブラントの様子に、ティアナは不思議そうに小首を傾げる。まるで天使だ……じゃなく! まさかのティアナの手作りの菓子⁉︎ と息を呑む。あの末王子、普段存在感が薄い癖に意外にも大胆で小賢しい……。クラウディウスも気にしていたが、レンブラントは確信した。彼はティアナに好意があるに違いない、謂わば好敵手と言えなくもない……。
(だが! 彼女は既に僕の婚約者だ。恐るに足りない)
レンブラントは鼻を鳴らし軽く咳払いをした。
「ティアナ嬢」
「は、はい」
少し取り乱してしまったが、冷静さを取り戻したレンブラントは深刻な面持ちでティアナを真っ直ぐに見つめると口を開いた。
「僕にも、お菓子を作ってくれないかな」