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真知子と少し話して、郵便局から戻ると、もう脇田と渚はいつも通りだった。
仕事しながら、そちらを見、鉄壁の信頼関係だな、と思う。
「浦島、ちょっと出てくるから」
渚は葉子にそう言ったあとで、こちらに来て言った。
「蓮、メールアドレスを教えろ」
「はい?」
「そういえば、知らなかったんだよな。
おい、昼までに一回は送ってこいよ。
俺は昼過ぎまで帰らないから」
「……と言われても、特に送る内容もないんですけど」
今、こうやってしゃべってるし、昼過ぎたらまた会うのに、特にメールでまで送ることなんてないんだが、と思ったのだが、
「いいから、送れ」
と自分のアドレスを書き付けて置いていく。
「行くぞ、脇田」
苦笑した脇田が、はい、と渚について行った。
大変だね、という顔でこちらを見て。
閉まったドアを見ながら、困っていると、葉子が言ってきた。
「なんていうか、やっぱり、社長の方がメロメロなのね」
いや、メロメロって……。
「……そうでもないですよ」
と言うと、え? と見る。
でも、思ったのだ。
ガンガン来るのは渚の方だが、自分もかなり渚のことが好きなんじゃないかと。
今まで誰とも踏み出せなかった一歩が渚とは踏み出せた。
彼だけが強引だったわけでもないのに。
「うん。
そうですね。
やっぱり、私、渚さんが好きなのかもしれないですね」
と腕を組んで、再確認するように呟くと、ええっ? まず、そこからっ? と葉子が言う。
スマホと渚の書き残していったアドレスを見ながら、でも、送る言葉は思いつかないから、社食のメニューでも送るか、と思っていた。
「……ハートマークがない」
昼になり、立ち寄った蕎麦屋で、大真面目にそう言う渚に、脇田は、天ざるを吹き出しそうになった。
「秋津さんのメール?」
と訊くと、まだスマホの画面を見たまま、渚は、さも深刻な問題について語るように言う。
「普通、恋人に送るときは、もうちょっとラブラブな感じじゃないか?」
「見せて」
と言うと、素直にスマホを渡してくれる。
なるほど。
業務連絡か、という文章だ。
『今日のお昼は、キーマカレーとサラダでした』
……これでは、社食のメニューのお知らせだ、と思っていると、メールが着信した。
蓮からのようだ。
「ああ、ほら、また来たよ」
と勝手に開けては悪いと思い、渡すと、渚は一瞬、それを読んで笑ったが、すぐに渋い顔をする。
うーん、と唸り、こちらに向けてくる。
『渚さんは、なに食べましたか?』
さすがにあれだけではまずいと思ったのか。
誰かに、それはどうよ、と言われたのか。
文章を付け足してきたようだ。
「いいじゃないか。
業務連絡で終わらなかったんだから。
早く食べろよ、時間ないぞ」
と言うと、頬杖をつき、うーん、と唸ったあとで、なにか打ち返していた。
送信する前に声に出して言う。
「俺は天ざる。はーと」
「……はーと、いらなくないか? その文章」
天ざるに愛を感じてるみたいだぞ、と言う。
「なんでもつけりゃいいってもんじゃないだろう」
と言ったが、渚はまだ唸っている。
仕事でもこんなに難しい顔をしているのは見たことがない。
それを微笑ましく思っている自分が居る。
だが、今すぐ、スマホを取り上げて、消去してやりたいと思っている自分も居る。
難しいもんだな、と思っていた。
ずっと一緒に居るから、好みまで似てきてしまったのだろうか。
そういえば、天ざるも一緒だし、と思ったあとで、天ざると同じ扱いにしたら、秋津さん、怒るだろうな、と想像し、少し笑った。
そんなこちらの顔をチラとスマホの上から見て、渚が言う。
「お前こそ、食べろよ」
「食べてるよ」
渚もスマホを置いて食べ始める。
昔と変わらぬその顔を見ながら、こうしてると、学生時代となにも変わらないのにな、と少し感慨を持って、当時を思い出す。
蕎麦屋のテレビで、カレーのCMをやっていて、なんとなく蓮を連想していると、渚も振り返り、そちらを見ていた。
「なになになにっ。
返事なにっ?」
と秘書室前のソファで蓮のスマホに両脇から、真知子と葉子が群がる。
脇田も居ないので、全員で秘書室を離れるわけにも行かず、交代でご飯を食べたあと、秘書室前のソファでみんなで缶コーヒーを飲んでいた。
奏汰も居る。
奏汰は、ソファに座る女性陣の前に立ち、苦笑いして、その様を眺めていた。
「俺は天ざる、ハートってなにっ?」
「社長っ、そこは、ハートマークおかしいっ」
「天ざるに愛があるみたいですよねっ」
と真知子が言う。
普段はタイプ的に合わないらしい、真知子と葉子が盛り上がっている。
蓮は、そのままスマホをしまおうとして、
「えーっ。
もう打ち返さないのー?」
と真知子に言われた。
「いや、だって、仕事で出てるのに」
やだーっ、つまらないーと女性陣二人にわめかれ、蓮は缶を捨てるふりして、立ち上がる。
奏汰の後ろにあるゴミ箱に缶を入れると、奏汰が、いろんな意味を含んだように、
「お疲れ」
と言ってきた。
「いやあ、怖いね。
女の子って」
と話している真知子たちを見ながら奏汰が言う。
「俺が女の子に送ったメールもああやって、いちいち他の子たちにも、精査されてるのかなあ」
「うーん。
どうでしょうね」
たぶん、そうでしょう、とは言えずに、笑って誤魔化した。
っていうか、誰に打ってるんですか、と思ったが。
「石井さん、女性の方に、どんなメール打つんですか?」
となんとなく訊くと、
「いや、何時に何処でとか。
ああ、僕も秋津さんみたいに、ただの連絡事項が多いかな」
と言ってくる。
そ、そうですか。
男の方はまあ、それでいいかもしれませんが。
私はやっぱり、ちょっと問題あるのかな、と思ってしまう。
「社長と結婚したら、仕事辞めちゃうの?」
ふいにそんなことを訊かれる。
「え。
いえその、辞めたくはないんですが」
残るのもなんだか変な感じかな、とは思ってしまう。
いや、それ以前に、スムーズに渚さんと結婚できるだろうか、と不安になる。
渚さんと結婚、か。
あのお隣のご夫婦みたいに。
ただただ平穏に、ゆっくりとした時間を過ごしてみたいけど……。
「この間さ」
と奏汰が口を開く。
「うちの部署に来たお客さんがさ。
たまたま通りかかった秋津さんを見たことがあるって言ってたんだよ」
「へえ、何処でお会いしたんでしょうね」
と笑顔を作って答えたが、ちょっと嫌な予感がしていた。
「前の会社でみたいだよ」
「ああ、そうですか」
と微笑んだとき、
「そのとき、思い出したんだって……」
と奏汰は言った。
葉子が彼氏からのメールで気に入って保存しているのを真知子に見せていて、二人はそちらに夢中でこちらの話は聞いていないようだった。