コユキは口一杯に頬張っていた一切れを、碌(ろく)に咀嚼(そしゃく)もしないでゴクリと飲み込んだ上で、悠々と答えるのであった。
「馬鹿言ってくれるわね! 戯言(たわごと)言ってちゃ駄目よ、アセディア君っ! 勤勉の対語? 反対は『勤勉に見えない』よっ! 言い換えれば周りに分かり易く結果を残した勤勉? まあ、幸運の星の下に生まれた奴らの頑張りが評価されるのに対して、それ以外の奴等が怠けようが、頑張っていようが、まあ、そんな物結果に結びつける事が出来なければ一緒くたに『無駄』、若しくは『怠惰だからだ! この馬鹿!』と論じて恥じない本当の『馬鹿』が幅を利かしている現実社会があるからなのよぉ? 分かる? どんなに社会が評価しなくても、結果はどうあれ働いてちゃんとしたいって思ってたアンタが居て、何より、アタシが、たった一人でもアンタが頑張っていたって認めちゃったら、アンタはもう、それだけで、『怠惰』じゃなくて『努力家』なのよ! うん、胸を張って言えるわ! アンタは立派な『努力』家よっ!!」
「そ、そんな!」
コユキは重ねて言った。
「百歩譲って結果に結びつかないんなら意味が無いって認めたとしても、アンタのは怠惰じゃなくて『途中』の段階よ、成功するまでは、みーんな『途中』、『努力』の最中なのよ」
「え…… あ…… えぐっ! う、うううぅ!」
「まあ、あんたはいろんな意味で無駄が多いから、簡単には辿り着けないとは思うけどね……」 ボソッ
最後に聞き取れないくらいのボリュームでここに来てから感じ続けていたアセディアの仕事ぶりをディスってみるコユキ。
対して、コユキの言葉にちゃんと答えず嗚咽を漏らしているアセディア……
全く、見た目通り、若いねぇ~!
「因み(ちなみ)にアタシは、世の中の役に立とうだとか、チャンとしなきゃだとか、一切! 金輪際思わないと決めてるわ!」
金輪際という単語を絶縁状以外で使用するとは、流石は我等の聖女様である。
空気なんか何とも思って居ない、いや寧ろ(むしろ)無くって良い、それが良い! とか無責任に思っている、思い込んでいるコユキは、腹が膨れて満足したのか大きいお腹を横に反らしながら言葉を紡いだのであった。
「あーあぁ、お腹が膨れて眠たくなっちゃったわよー! チョット眠らせて貰うわよ…… ねぇ、アセディアちゃん! 三十分位したら起こしてくれる? ねぇ、お願いだからぁ? んね? だめぇ?」
「えぐっ、えぐ、グスっ! あ! はい、三十分ですね、分かりました」
そう答えた後、アセディアはコユキに追加の確認を入れた。
「毛布かタオルケットは必要でしょうか? でしたら、持って参りますが?」
「……」
コユキはうるさそうな視線をアセディアに向けたが、返事処か一言も口にしない。
「あの、コユキ様?」
「……」
「っ!!」
まだ黙ったままのコユキの表情を見て、『怠惰のアセディア』は全てを悟ってしまった。
無言でこちらを凝視しているコユキの表情は、メチャクチャ面倒臭そうだったのである。
――――く、口を聞くのも面倒臭い、と、言う事、なの、か……
次の瞬間、ドヒュッという感じで、『怠惰のアセディア』はボシェット城の外に向かって飛び去っていった。
三度(みたび)分かり易くいうと、世界を恐怖のどん底、いやズンドコに落とし掛けたミドリの大魔王が、炊飯ジャーの中に封印される時みたいな感じ、そう言えば分かり易いだろうか?
ごちん!
「痛っ! 何よ、急に! まったく、もう!」
アセディアが飛んで行った瞬間、カウチソファが消えたコユキは、硬い石造りの床に放り出され、体のあちこちをぶつけて怒りの声をあげた。
更にショックな事に、さっき食べたピザも消えてしまったのか、お腹は元の通りペコペコに戻っていた。
当然、さっきまで広がっていた懐かしい家族達の姿も消失している。
無味乾燥な石の広間が続いているだけであった。
「……」
コユキは立ち上がると、黙ったままで、四階への階段を探すのであった。