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夜久瀬
3
午前最初の種目。
グラウンドにアナウンスが響く。
『続いての競技は、借り物競走です』
その言葉に、
ひなの胸はどきんと大きく跳ねた。
「ついに来たね!」
恵ちゃんが両手を握りしめる。
「ひなちゃんなら絶対大丈夫!」
桔梗ちゃんも笑顔でエールを送ってくれる。
「ありがとう……!」
二人の応援を胸に、
ひなはスタート地点へ向かった。
同じレーンの少し離れた場所には、
綾小路清隆 の姿がある。
彼はいつも通り落ち着いた表情で前を見つめていた。
それだけで、
ひなの緊張は少しずつ和らいでいく。
視線が重なった瞬間、
綾小路くんはほんのわずかに頷いた。
「頑張れ」
声には出さずとも、
そう伝えてくれている気がした。
ピストルの音が鳴り響く。
「パンッ!」
一斉に選手たちが走り出す。
ひなも必死に前へ進み、
中央に置かれた封筒を手に取った。
息を整えながら、
震える指でカードを開く。
そこに書かれていた文字は――
『今、一番信頼している人』
ひなの目が大きく見開かれる。
「……!」
一瞬、
時間が止まったように感じた。
頭に浮かんだのは、
たくさんの大切な人たちの顔。
恵ちゃん。
桔梗ちゃん。
堀北さん。
そして――
何より真っ先に思い浮かんだのは、
いつも静かにそばにいてくれる彼の姿だった。
ひなは顔を上げる。
グラウンドの向こう。
騒がしい会場の中でも、
ひときわ落ち着いた雰囲気をまとって立つ 綾小路清隆 。
彼もまた、
こちらを見ていた。
まるで、
あたしが誰を選ぶのか最初からわかっているように。
心臓が激しく鼓動する。
本当に、
彼を選んでもいいのだろうか。
クラスメイトたちの視線。
実況の声。
ざわめく会場。
それでも、
ひなの足は自然と動き始めていた。
「綾小路くん……!」
小さな声で名前を呼びながら、
ひなはまっすぐ彼のもとへ走る。
彼の目がわずかに見開かれる。
そして次の瞬間、
ほんの少しだけ口元が柔らかくなった。
「なるほど」
綾小路くんは静かに呟く。
「お題は、そういう内容だったのか」
ひなは頬を真っ赤に染めながら、
震える声で答えた。
「……うん。今、一番信頼している人」
彼は何も言わず、
ひなの差し出したカードを見つめた。
そして、
いつもの穏やかな声で答える。
「なら、行こう」
その言葉に、
ひなの胸はいっぱいになる。
二人は並んで、
ゴールへ向かって走り出した。
観客席から、
大きな歓声が上がる。
「きゃーー!!」
「綾小路くんと天白さんだ!」
「お似合いすぎる!」
恵ちゃんと桔梗ちゃんの声も、
誰より大きく響いていた。
手が触れそうなほど近い距離。
隣を走る綾小路くんの存在。
それだけで、
ひなは自分がどこまでも走っていける気がした。
借り物競走。
それはただの競技のはずだった。
けれどこの瞬間、
ひなにとっては、
自分の気持ちを素直に示す勇気の証になっていた。
コメント
1件
ひなさん、第40話お疲れ様です!借り物競走で「今、一番信頼している人」ってお題、めっちゃ胸熱でした…!綾小路くんを選ぶまでの迷いと、まっすぐ走り出すひなちゃんの勇気に感動😭💕並んで走る二人の距離感がエモすぎて、もうキュン死に寸前です!!二人の信頼関係がひしひし伝わってきて、この先もめちゃくちゃ楽しみ!✨