「律さんを見張っていないと、妹のようになってはいけないと心配なので夜も眠れないのです。私の勝手で押しかけているのですからどうか迷惑と思わず、なんでも申しつけてください」
なにか言おうとする彼女の台詞を取り上げるように話した。「それより律さんが喜ぶプレゼントを持って参りました」
話題をすり替えた。とにかく彼女に喜んで欲しい。
しかし空色の鈍感さにはため息が出る。俺がハウスメーカーの担当で、好意からここまで心配しているとしか思われていないことに。
俺が白斗だということも、俺がこんなにお前を好きやということも、まるでなにも気が付かない。
淋しくもあり不満でもあるが、気が付かれても困る。心で葛藤し続ける日々。
ただ、今の俺にできることがただひとつ。
『白斗がお前のためだけに作った歌』を届けること。
返答に困っている空色を無視してポータブルCDプレイヤーと小さなイヤフォン、音源をコピーしたケースに入れたCDを用意して渡した。
「これはなんでしょうか?」
「RB解散前の最後の曲です。どこにも出回っていない、白斗が作った弾き語りのデモ音源です」
「……白斗の弾き語り」
神妙な顔で空色がCDのケースを眺めた。
「この曲は妹を失くした私のために彼が作ったものです。この世で一枚しかないオリジナルの音源の現物です」
本当は白斗(おれ)がお前の為に作ったと言いたいけれど、そんなことをしたら歯止めがきかなくなる。俺はあくまでもスタッフであり『新藤博人』でいなければ。
「聴いてみてもいいですか?」
「勿論です。そちらは律さんに差し上げます」
「あのっ、でも……こんな大切なものをいただくわけにはいきません! 新藤さんの大切なものじゃないですか!」
「だからこそですよ。私は過去の悲しみからは立ち直り、現時点でその音源は不要です。未だに白斗がお好きな律さんが聴いて大事にして下さるなら、この音源もまた輝くことでしょう。私が引き出しの奥にしまい込んでいるよりずっといい」
これはお前のために作った曲やって、本当は伝えたいけど。
「さあ、聴いて下さい」
俺の言葉に誘導されるように空色が『白い華』と書かれたCDのケースを開けた。イヤフォンを耳に付け、ポータブルCD再生機の中にコピーしたCD-Rを挿入した。
再生ボタンが押されると、彼女の耳から洩れる音が俺の所まで聴こえてきた。
――誰もいなくなった部屋 孤独だけが押し寄せる
もう 何も見えない
あなたがいない世界 ここでは生きていけない
ああ どうか殺して
絶望に色を付けるなら この部屋のように白がいい
赤く染まる様が よく見えるように
絶望が押し寄せる この身体を蝕むように
果てしない孤独に包まれ 悲しみが蘇る
止まったままの鼓動が 時の喧騒を失くし
色を止めてしまった 刹那に散りゆく
白い絶望の果てに見えるのは、何?
白い絶望の果てを超えるのは、誰?
悲しみ超え 満ちてゆく 色づく彩 咲き誇る
いつかまた 巡り合う 誘(いざな)う命 咲き誇る
壊れてしまったのは 運命(さだめ)
誰のせいでもない あなたのせいでもない
再び巡る その日まで 旅立つ空に 燃ゆる白い華――
聴き終わった頃、空色は美しい涙を流していた。
『壊れてしまったのは 運命(さだめ)
誰のせいでもない あなたのせいでもない』
俺が歌詞に込めた想いを、お前なら受け取ってくれると信じている。
こんな悲しい結果になったのは、誰のせいでもないってことを。
だから自分を責めないで欲しい。
「歌、聴き終わりましたか?」
彼女が泣きながら頷いた。
「律さん。彼の歌のとおりですよ。どうか自分を責めずにご自愛頂けないでしょうか。光貴さんのライブが終わるまでは、彼の代わりに私が傍にいます。貴女の辛さを少しでも軽減して受け止めたいのです」
「ありがとうございます………新藤さん……『白い華』はとてもいい歌ですね。弾き語りもいいですけど、RBのバンド演奏で聴きたかったです。アレンジが浮かんできますよ。私の中で音が鳴っています。本当に白斗の歌は最高です。私の支えです……」
穏やかな表情で思いを馳せる空色を見つめた。
涙が一筋零れ落ち、彼女のお腹の上に落ちた直後、異変が起こった。
「ううっ……!」
「律さん! どうしました、律さん!?」
「きゅ、急にお腹が………」
彼女の容態が急激に悪くなった。見る間に顔が白くなっていく。
「大丈夫ですかっ! しっかりして下さい!!」
俺はすぐさまナースコールを押した。
「うううっ……!!」
駆けつけてくれた看護師に声の限り叫んだ。「彼女が……急に腹痛を!! どうか助けてくださいっ! お願いします! お願いします!!」
どうして空色がこんな目に……。
俺にはないキラキラした光に包まれ、明るくて一緒にいるだけで心が満たされる愛しいひと。
辛い運命は彼女ばかりに襲い掛かる。
俺が代わりに受けられるのならば。
どんな罪でも罰でも引き受けるから。
看護師たちが空色に呼びかけているが、意識が朦朧としているようで的確にこたえることができない。
彼らによって空色はベッドごと運び出された。
無力な俺はただ、その光景を見つめるしかできなかった。
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