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その日の夜。
阿部は「家で安静にできます」という約束を何度もして、その日のうちに退院した。
病院を出ると、目黒が静かに肩を貸してくれる。
「ゆっくり。」
「うん。」
タクシーで駐車場へ向かう途中、阿部はスマートフォンを取り出した。
『翔太、大丈夫?』
『無理しないで。だての言うことちゃんと聞くんだよ。』
数分後、渡辺から返信が届く。
『そっちこそ。』
『ちゃんと休め。』
『事情聴取は任せろ。』
『また元気になったら会おう。』
そのメッセージだけで、阿部は少し安心した。
「翔太も大丈夫そう。」
目黒は小さく頷いた。
「よかった。」
___________
タクシーを降り、目黒の車へ乗り込む。
エンジンがかかると同時に、阿部は緊張の糸が切れたように眠ってしまった。
目黒は運転しながら、何度も阿部を確認する。
「……。」
二度とあんな思いはさせたくない。
その気持ちだけが、胸の中で膨らみ続けていた。
___________
「……ん。」
次に目を覚ました時。
見慣れた寝室の天井が目に入った。
「帰ってきたんだ……。」
身体を起こそうとして、違和感を覚える。
視線を落とすと、怪我をしていない右足首に細い鎖がつながれていた。
その先はベッドのフレームへ固定されている。
阿部は数秒それを見つめたあと、小さく息を吐いた。
(……やっぱり。)
怒りよりも先に浮かんだのは、その一言だった。
救急車の中で見た、目黒の真っ青な顔。
震える手。
何度も「大丈夫」と言い続けていた声。
(めめ……。)
(相当、怖かったんだ。)
阿部は鎖を見つめながら考える。
もちろん、このままがいいとは思わない。
でも今は、目黒の心も阿部の心も大きく傷ついている。
(少しだけ。)
(めめの気持ちが落ち着くまで。)
(甘えさせてもらおう。)
(そのあとで、ちゃんと話そう。)
そう決めた。
ちょうどその時、寝室のドアが静かに開く。
目黒が食事のトレーを持って入ってくる。
「あべちゃん。」
目が合った瞬間、目黒の表情が少しだけ強張る。
「起きたんだ。」
阿部は右足の鎖へ視線を落とし、それから目黒を見た。
目黒は何も言えずに立ち尽くす。
「……ごめん。」
やっと絞り出した声はかすれていた。
「俺。」
「もう、あべちゃんがいなくなるのが怖くて。」
「外へ出したら。」
「また連れて行かれるんじゃないかって。」
「頭では分かってる。」
「こんなことしちゃいけないって。」
「でも……。」
目黒は苦しそうに俯く。
阿部は静かに微笑んだ。
「めめ。」
「こっち来て。」
目黒はゆっくりベッドのそばまで歩いてくる。
阿部はそっと目黒の手を握った。
「俺。」
「ご飯のあと。」
「お風呂入りたいな。」
目黒は驚いたように顔を上げる。
「でも足が……。」
「一人じゃ無理だから。」
阿部は優しく笑う。
「手伝ってほしい。」
目黒はしばらく黙っていたが、小さく頷いた。
「……うん。」
「もちろん。」
その返事を聞いて、阿部は安心したように微笑む。
(今は。)
(めめの心を少しずつ落ち着かせよう。)
(そして落ち着いたら。)
(ちゃんと二人で話そう。)
阿部はそう心に決めながら、目黒の手をそっと握り続けた。
___________
退院した次の日の午後。
リビングのソファには、目黒と阿部が並んで座っていた。
テレビでは、連日誘拐事件のニュースが流れている。
『犯人グループを逮捕。警察は詳しい経緯を調べています。』
画面には、事件現場や記者会見の映像が映し出される。
続いて、芸能ニュース。
『所属事務所は、目黒さんと阿部さんについて、心身の回復を最優先するため、当面の活動を休止すると発表しました。』
『復帰時期は未定としています。』
阿部はテレビを見つめながら、小さく息を吐いた。
「結構、大きなニュースになっちゃったね。」
「うん。」
目黒は短く返事をする。
その声には、まだどこか力がなかった。
阿部はそっと視線を落とす。
右足には、細い鎖がつながっている。
退院してから一度も外されていない。
阿部はそれを見ても騒がなかった。
今の目黒に必要なのは責められることではなく、安心できる時間だと分かっていたからだ。
「めめ。」
「ん?」
「喉渇いた。」
「何飲みたい?」
「いちごオレ。」
「分かった。」
目黒はすぐに立ち上がり、冷蔵庫からいちごオレを取り出してストローを差し、阿部へ渡した。
「ありがとう。」
一口飲んだ阿部は、にっこり笑う。
「おいしい。」
その笑顔を見て、目黒も少しだけ表情を緩めた。
少しして。
「めめ。」
「今度は?」
「ひざ掛け取って。」
「寒い?」
「ちょっと。」
「待ってて。」
目黒はすぐにひざ掛けを持ってきて、阿部の肩へそっと掛ける。
「ありがとう。」
「まだある?」
「うん。」
「クッション、背中に欲しい。」
「了解。」
目黒は苦笑しながらクッションを運ぶ。
阿部は心の中で小さく笑った。
(いっぱい甘えよう。)
(めめが安心できるまで。)
しばらくして。
「めめ。」
「ん?」
「リンゴ切って。」
「ウサギにして。」
目黒は思わず笑ってしまう。
「注文多いな。」
「病人だから。」
阿部が少し得意そうに言う。
「今日はわがまま言っていい日。」
「そうだね。」
目黒はキッチンへ向かい、うさぎのリンゴを作って戻ってきた。
「できた。」
阿部は一口食べる。
「甘い。」
「おいしい。」
「本当?」
「うん。」
「めめが作ったから。」
その一言に、目黒の肩から少し力が抜けた。
事件以来、初めて自然な笑顔がこぼれる。
「めめ。」
「まだお願いある。」
「今日は何個でも聞くよ。」
「じゃあ。」
阿部は目黒を見上げて微笑んだ。
「隣来て。」
目黒は何も言わず、阿部のすぐ隣へ座る。
「もう少し。」
「近く。」
言われるまま肩が触れるくらいまで距離を縮める。
阿部はそのまま目黒の肩へ頭を預けた。
「これが一番安心する。」
目黒は静かに阿部の頭を撫でる。
「……俺の方が安心してる。」
ぽつりと漏らした本音だった。
阿部は目を閉じる。
(やっぱり。)
(めめはまだ怖いままなんだ。)
だからこそ、今は焦らない。
少しずつ、いつもの笑顔を取り戻せるように。
阿部は甘えることも、今の自分にできる大切な役目だと思っていた。
静かな部屋にはテレビの音が流れていたが、二人はもう画面を見てはいなかった。
互いのぬくもりを確かめるように寄り添いながら、ゆっくりと流れる時間を過ごしていた。
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コメント
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第6話読み終わったよ〜〜〜😭💕💕💕 阿部ちゃん、泣ける…!自分が誘拐されたのに、目黒の心の傷を一番に考えてて、鎖見ても「ちゃんと話そう」って冷静で。しかも「甘えさせてもらおう」とか言っちゃうの、強すぎない?✨ 「めめが作ったからおいしい」ってセリフ、ここだけで心臓持っていかれた…! でも最後の「俺の方が安心してる」って目黒の本音、グッときたよ…🥺 病みかわいい×包容力のバランスが天才すぎる。続き待ってる!!