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活動休止になって三日目。
昼下がりのリビングは静かだった。
テレビでは映画が流れているが、二人ともほとんど見ていない。
阿部はソファにもたれながら、包帯の巻かれた左足をクッションの上へ乗せていた。
右足には、まだ細い鎖がつながっている。
目黒はその隣で、本を読んでいるふりをして、何度も阿部の様子をうかがっていた。
「めめ。」
「ん?」
「紅茶飲みたい。」
「温かいの?」
「うん。」
「はちみつ入れて。」
「分かった。」
目黒はすぐに立ち上がり、キッチンへ向かう。
数分後、湯気の立つマグカップを両手で持って戻ってきた。
「熱いから気を付けて。」
「ありがとう。」
阿部は一口飲んで、ほっと息をつく。
「おいしい。」
その一言だけで、目黒は少し嬉しそうに笑った。
しばらくすると、また阿部が口を開く。
「めめ。」
「どうした?」
「髪、乾かしてほしい。」
「まだ濡れてた?」
「うん。」
「自分でやろうと思ったけど、腕疲れちゃって。」
「任せて。」
目黒はドライヤーを持ってきて、優しく髪を乾かし始める。
熱すぎないように。
風が一点に当たり続けないように。
いつも以上に慎重だった。
「気持ちいい?」
「うん。」
「眠くなる。」
阿部は目を閉じる。
目黒は髪をとかすように指を通しながら、小さく笑った。
「サラサラになった。」
「めめのおかげ。」
阿部が微笑むと、目黒も自然と笑顔になる。
夕方。
「めめ。」
「今度は?」
「リンゴ食べたい。」
「皮むく?」
「うさぎ。」
「また?」
「病人だから。」
阿部は少し得意げに笑う。
目黒も苦笑しながらキッチンへ向かった。
戻ってきた皿の上には、綺麗なうさぎのリンゴが並んでいる。
「かわいい。」
「味は保証する。」
阿部は一口食べる。
「おいしい。」
「ほんと?」
「うん。」
「めめが作ると何でもおいしい。」
目黒は照れくさそうに頭をかいた。
夜になる。
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「めめ。」
「今日は最後のお願い。」
「何?」
阿部は両手を少しだけ広げた。
「充電して。」
目黒は少し驚いて、それから優しく笑う。
「今日は俺が?」
阿部は首を横に振った。
目黒はゆっくり阿部を抱きしめた。
その温もりに触れた瞬間、張り詰めていた肩の力が少し抜ける。
「……あべちゃん。」
「ん?」
「ありがとう。」
阿部は目黒の背中を優しくさする。
「めめ。」
「俺ね。」
「今はいっぱい甘えるって決めたんだ。」
「どうして?」
「めめが全部やってくれると安心するでしょ?」
目黒は少しだけ目を見開く。
阿部は穏やかに微笑んだ。
「俺も安心する。」
「でも、それだけじゃなくて。」
「めめにも、『守れてる』って思ってほしい。」
その言葉に、目黒は何も返せなかった。
ただ、抱きしめる腕に少しだけ力が入る。
「あべちゃん……。」
「今回だけは、いっぱい甘える。」
「だから、めめも無理して強がらなくていいからね。」
静かな部屋で、目黒は小さく頷いた。
「……うん。」
その返事を聞いた阿部は安心したように笑い、もう一度目黒の背中を優しく叩いた。
二人はしばらく何も話さなかった。
言葉はなくても、お互いを支え合っていることだけは、ぬくもりを通してしっかりと伝わっていた。
___________
活動休止になって一週間。
少しずつ傷は癒えてきたものの、二人の心にはまだ事件の余韻が残っていた。
夜。
寝室には柔らかな明かりだけが灯っている。
阿部はベッドに腰掛け、目黒を見つめた。
「めめ。」
「ん?」
少しだけ間を空けて、阿部は静かに言った。
「今日は……抱いてほしい。」
目黒は一瞬言葉を失う。
「でも、怪我が……。」
阿部は小さく首を横に振る。
「平気。」
「それより。」
「めめに愛してもらいたい。」
目黒は苦しそうに目を伏せた。
「もし傷に響いたら……。」
「怖いんだ。」
「もう、あべちゃんを傷つけたくない。」
阿部は目黒の手をそっと握る。
「お願い。」
「今日は俺のわがまま、聞いて。」
その優しい笑顔に、目黒はようやく頷いた。
「……分かった。」
目黒はベッドへ腰を下ろし、阿部の体勢が苦しくならないように細心の注意を払いながら、そっと抱き寄せる。
「苦しくない?」
「うん。」
「痛くない?」
「大丈夫。」
阿部は目を閉じ、目黒の胸へ額を預けた。
「安心する。」
目黒も静かに阿部の背中へ手を回す。
「俺も。」
「こうしてると……安心する。」
二人はしばらく何も話さず、互いのぬくもりを確かめ合うように寄り添っていた。
目黒が優しく口付けをしてくれる。
薄く唇を開けば、舌を絡められる。
気持ち良い、ずっとこのままでいたい……。
そんな事を思っていた。
___________
翌朝。
カーテンの隙間から朝日が差し込む。
阿部はゆっくり目を開けた。
「……朝か。」
身体を起こそうとして、ふと右足を見る。
「あ……。」
そこにあったはずの鎖は、もうなくなっていた。
ベッドの足元にも、床にも見当たらない。
阿部は小さく微笑む。
(めめ。)
(外してくれたんだ。)
その時、寝室のドアが開く。
「おはよう。」
朝食のトレーを持った目黒が入ってきた。
阿部は何も言わず、右足へ視線を落とした。
目黒もその視線に気付き、少し照れくさそうに笑う。
「昨日。」
「眠ってるあべちゃんを見てたら。」
「もう大丈夫だって思えた。」
「だから外した。」
阿部は嬉しそうに笑った。
「ありがとう。」
「信じてくれて。」
目黒は静かに頷く。
「信じたいじゃなくて。」
「信じられるようになった。」
その言葉に、阿部は胸が温かくなった。
それでも――。
「めめ。」
「ん?」
「朝ご飯、食べさせて。」
目黒は思わず笑う。
「まだ甘えるの?」
「もちろん。」
阿部は少しいたずらっぽく笑った。
「活動休止中は、いっぱい甘えるって決めたから。」
「はいはい。」
目黒はスプーンを手に取り、おかゆを一口すくう。
「熱いから気を付けて。」
「はーい。」
食べ終えると、阿部はまた口を開く。
「めめ。」
「今度は?」
「薬持ってきて。」
「了解。」
「あと、お茶。」
「すぐ持ってくる。」
目黒は笑いながら立ち上がる。
阿部はその後ろ姿を見送りながら、小さく息をついた。
鎖はもう必要なくなった。
それでも、目黒がそばにいてくれる安心感は変わらない。
そして目黒もまた、阿部の「甘えてほしい」という言葉に少しずつ救われている。
二人はまだ回復の途中だった。
けれど、一緒に歩いていけば大丈夫。
コメント
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ああ、もうこのエピソードほんと好き……!鎖が外れたシーンでじんときた。阿部ちゃんが「めめにも『守れてる』って思ってほしい」って言うとこ、胸にきたわ。甘えることで相手を支えるって、この二人ならではの関係性だなって思った。最後の「食べさせて」で笑顔になるところも、もう全部が愛おしい。二人のゆっくりした回復、ちゃんと見守りたい。