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ゴトゴトゴト……。
馬車は細かく揺れながら、街道を走っていく。
さらに2日が経過しており、私たちはそろそろ辺境都市クレントスに到着することになる。
――長かった。
いろいろなことがあった。
これでようやく、一息つくことが出来れば良いのだけど――
「アイナ様、検問があります」
「えー、ここまできてー?
……いや、ここまで来たから……か」
私たちが伝え聞いているクレントスは、今はまさに内紛状態だ。
そんな状態であれば、途中で検問くらいはやっているだろう。
「どうしますか? 人数はどうにでもなる程度ですが……」
「どうもこうも、ねぇ?
ここまで来たら引き返せないし、引き返すつもりもないし……」
「それでは、いつものパターンですね!
アイナさんが身分証を出して、脅してあげましょう!」
「いやいや、エミリアさん。そんな人聞きの悪い……。
でもまぁ、いつものパターンではあるので、今回もそれでいきますか」
「「はい!」」
私たちの肝も完全に座っているので、今さら何も恐れることは無かった。
……何だか変な経験を積んでいるような気もするけど、これはこれで運命だったのだろう。……きっと。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私たちが何食わぬ顔で検問所に入っていくと、待機していた兵士に呼び止められた。
「――失礼! 辺境都市クレントスは現在封鎖されている!
通りたければ許可証を提示頂きたい!!」
……え? 許可証?
身分証じゃないの……?
「えぇっと、身分証じゃダメですか?」
いつもと違うパターンに、私は戸惑ってしまった。
同じ流れが使えないとは――
……ここら辺、私の応用力もまだまだである。
「む……?
軍の者では無いのか? いやしかし、この馬車は……」
「ちょっといろいろあって、お借りしているんですよ。
クレントスに行きたいのですが、ダメですか?」
「ふむ……? ――あ!!」
話の途中で、その兵士は何かに気付いたように声を上げた。
……おっと、これは手配書の似顔絵でも思い出しちゃったかな?
「失礼ですが、身分証を提示頂けますか?
ああいや、何でも構いませんので!!」
「え? はぁ……」
ようやくここで、いつものパターンに戻ってくれた。
ここで身分証を見せて、兵士に驚かれて、その流れのまま倒してしまう。……よしよし、この流れであれば完璧だ。
そんなことを考えながら、私は兵士にプラチナカードを提示した。
「アイナ・バートランド・クリスティア様――
……少々お待ちください! あ、カードはお返しいたします!!」
「え?」
兵士はドタドタと近くの小屋に入って行くと、すぐに戻ってきた。
「お待たせしました!
申し訳ありませんが、クレントスへは東門からお入りください!!」
「え……? 入っても良いんですか……?」
「もちろんです! ただし、必ず東門からですよ!
それと、合言葉は『投獄したい』ですので!!」
「は、はぁ……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――あれ?」
「通れちゃいましたね……」
「うぅん……?」
私たちは予想に反して、検問所を無事に通過できてしまった。
「罠……では、ないですよね?」
そんな不安が出てしまうのも当然だろう。
逃亡生活が始まって以来、こんなことは一度も無かったのだから。
「さすがに罠ではないとは思いますが……。
途中から言葉遣いが丁寧になっていましたし、もしかしてアイナ様のことを知っていたのかも……?」
「今や私も有名人だからね!
……でもそうじゃなくて、別の理由で知っていたって感じだったよね……」
「怖がっているとか、そういう感じは無かったですもんね。
東門を指定していましたけど、そこは大丈夫なのでしょうか」
「「東門なら――」」
……ん?
思わず声の被ったルークと顔を見合わせて、私とルークはつい笑ってしまった。
「むむ? お二人とも、どうしたんですか?」
「あはは、ごめんなさい。
クレントスの東門って、私とルークが初めて会った場所なんですよ」
「……はい、懐かしいです。
私もあの辺りの勝手は分かっていますので、仮に罠であっても何とかなると思います」
「なるほど、お二人が出会った最初の場所なんですね。
わたしもアイナさんと会ったときは印象的でしたけど、お二人にとっては、そこがそれなんでしょうね」
「ふふふ♪
でも最初に会ったときは、そこまで意識はしてなかったかなぁ」
「私は驚きましたよ。……人生で初めて、プラチナカードを見せられましたから」
「あはは、ごめんね。
でもあのときは、それしか持っていなかったんだよ♪」
……当時のことを思い出すだけで、何とも懐かしくなってしまう。
先日までは嫌なことばかりだったけど、この世界では良い思い出もたくさんあるのだ。
それの……良い思い出の、一番最初の思い出。
いや、厳密にいえば2番目か。
視線を馬車の外に移せば、辺境都市クレントスがようやく彼方に見えてきたところだった。
「……東門に行く前に、ちょっとだけ寄り道をしても良いですか?」
「え? わたしは構いませんけど……」
「陽もまだ高いですし、大丈夫でしょう。どちらに向かえば良いですか?」
「ああ、東門の近くではあるから。
それじゃ、近付いたら案内するね」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――頬をくすぐる風。草の匂い。暖かな陽射し。
そこは小高い丘。眼下には中世風の街並みが見える。
……懐かしい。その光景は私にとって、とても懐かしいものだった。
この世界に転生してきたとき、私が最初に立っていた場所――
……そう。私の冒険は、まさにここから始まったのだ。
「アイナさん? ここって――
うわぁ!? 何で泣いているんですか!?」
「え? 泣いてなんて……あれ? いやこれは、勝手に涙が!!」
気が付かないうちに、私の目からは涙が零れていた。
特に悲しいわけでもないし、辛いわけでもない。それこそ何だか、勝手に零れてしまったというか――
「ふむ……。ここはきっと、アイナ様にとって大切な場所なのでしょう。
……そういえば、ここからは東門が良く見えますね」
「そうそう、私の旅はここから始まったようなものなの。
まぁ、詳しい話はいつか……ってことで」
「ふふふ♪ もう、どんな話をされても驚きませんからね!
アイナさん、いつか話したくなったら、そのときはお願いします!」
「あはは、分かりました。
……それで、ちょっとだけ、一人にさせてもらえますか?」
特に理由は無いけど、何となく一人でぼんやりとしてみたかった。
できるだけ早くクレントスに入りたい今、本当に私の我儘ではあるんだけど――
「……分かりました。
それではエミリアさん、向こうの方に行っていましょう」
「はーい。アイナさん、またあとで!」
「すいません、ありがとうございます!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――あまり思い出さなくなってしまった元の世界。
この世界に来る前まで、私は確かに別の世界にいた。
当時の私にとって、この世界は『異世界』だったけど――
……今となっては、元の世界が『異世界』のように思えてしまう。
私は今、この世界に生きている。
元の世界では考えられないことばかりが起こっているけど、まだまだこれからも起こっていくに違いない。
「……よし、もっと頑張ろう。
もっともっと頑張って、それで――」
……それで、私は最終的に何をしたいのだろう。
その辺りも含めて、これからはもっと頑張っていくことにしよう。
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