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 ずっと前に、韓国旅行に赴いた時のこと。

「折角の機会だから、行ってみるんだぜ!」


 ヨンスさんに誘われて、そのまま連れて行かれた先は、韓服──朝鮮の民族衣装をレンタル出来る専門店。


「この中から着たい服を選んで、着るんだぜ!」


 店内にはチョゴリやトゥルマギ等がハンガーに描けられ、ずらりと陳列されていた。


 どの衣装も、色鮮やかで華やかで、美しい。でも…………


「あの…………ヨンス、さん」

「どうしたんだぜ、菊?」

「私は…………日本人、です」

「うん、知ってるんだぜ。それがどうしたんだぜ?」

「その…………日本人の私が、朝鮮の衣装を着ることで…………それで不愉快に思う現地の方が、結構いるのではないかと…………」


 韓国の人々にとって、日本によるかつての統治は「大いなる屈辱」に値する。そんな 「大いなる屈辱」をもたらした民族として生まれた私が、韓服を──朝鮮のアイデンティティを纏うことは、彼等にとっては「大いなる侮辱」なのではないか。そんな不安と、後ろめたさがあった。


 現に日本と韓国の関係は、現在も政治上はあまり良くない。一般市民でさえも、互いに嫌っている節がある。それでも国交はあるから、一応それぞれに観光は出来る。そうした複雑な状況の中で、今からやるのは果たして、「正しい」行為なのだろうか。


「…………菊」


 ヨンスさんが、俯く私の手を握る。


「去年の夏に俺が日本に来た時のこと、覚えてるか?ほら、丁度お祭りやってたろ」

「は…………はい。覚えては、いますが…………」

「確か俺に貸して着させてくれたろ、浴衣。お前、似合ってるって言ってくれたよな」


 その時俺、めちゃくちゃ嬉しかったんだぜ────そう言う彼の顔を徐ろに見やると、 穏やかに笑っていて。


「それと同じなんだぜ。俺は見たいな、お前の韓服姿。きっと似合うんだぜ」

「そう…………でしょうか」

「ああ。もしそれでお前を悪く言う奴がいたら、俺がぶっ飛ばしてやるんだぜ。ケンチャナヨ」





 それから暫くした頃。其処にいたのは、大きな黒笠を被り、艶やかなトゥルマギを纏った私。それも、同じ格好をしたヨンスさんと一緒に、道を闊歩する私。


「へへ、やっぱりお前が着たら綺麗なんだぜ」

「…………そう、ですか」

「もし俺が王様だったら、お前を側に置くんだぜ」

「それは…………臣下としてですか?」

「臣下としてもそうだし、恋人としてもなんだぜ!」


 そう宣って、私と手を繋ぐ彼。刹那、周りから聞こえる黄色い声。見ると、惚れ惚れとした表情で、私達の姿を見つめる通行人がちらほら。いつの間にか注目の的になっていたらしい。


「結構……見られてますね」

「わわ、本当なんだぜ」

「貴方がイケメンだからですよ、間違いなく」

「何言ってるんだぜパボ!お前も格好良いからなんだぜ!」


 そんな軽口を叩きながらいつの間にか辿り着いたのは、大手旅行サイトの口コミでも人気のフォトスポット。


「記念に撮るんだぜ、写真」

「……私ごときが、撮られて良いんでしょうか」

「良いに決まってるだろ!似合ってるんだから!それにさっき言ったろ、お前を悪く言う奴は、俺がぶっ飛ばすって」


 真っ直ぐな眼差しが、忽ち私に向けられる。


 良いのだろうか、彼の誠意に甘えても。「加害民族」の私が、彼の善意に赦されても。


 震える瞳を此方に向けると、彼はもう一度笑って。


「お前はお前なんだぜ。それで良いんだぜ、菊」



 ────嗚呼。



 なんて、眩しい。



「それなら…………貴方と一緒に、写りたいです」

「ツーショットだな、了解なんだぜ!あ、すみませんアジョシ〜!ちょっと写真撮ってくれませんか〜!」


 近くを歩いていたおじさんに、スマホ片手に声を掛けながら駆け寄るヨンスさん。


 そんな彼に改めて心強さを覚え、改めて彼の私への愛に感謝した…………そんなひととき。

キムチ丼SS過去作品集(悠久の憂い編)

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