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ずっと前に、韓国旅行に赴いた時のこと。
「折角の機会だから、行ってみるんだぜ!」
ヨンスさんに誘われて、そのまま連れて行かれた先は、韓服──朝鮮の民族衣装をレンタル出来る専門店。
「この中から着たい服を選んで、着るんだぜ!」
店内にはチョゴリやトゥルマギ等がハンガーに描けられ、ずらりと陳列されていた。
どの衣装も、色鮮やかで華やかで、美しい。でも…………
「あの…………ヨンス、さん」
「どうしたんだぜ、菊?」
「私は…………日本人、です」
「うん、知ってるんだぜ。それがどうしたんだぜ?」
「その…………日本人の私が、朝鮮の衣装を着ることで…………それで不愉快に思う現地の方が、結構いるのではないかと…………」
韓国の人々にとって、日本によるかつての統治は「大いなる屈辱」に値する。そんな 「大いなる屈辱」をもたらした民族として生まれた私が、韓服を──朝鮮のアイデンティティを纏うことは、彼等にとっては「大いなる侮辱」なのではないか。そんな不安と、後ろめたさがあった。
現に日本と韓国の関係は、現在も政治上はあまり良くない。一般市民でさえも、互いに嫌っている節がある。それでも国交はあるから、一応それぞれに観光は出来る。そうした複雑な状況の中で、今からやるのは果たして、「正しい」行為なのだろうか。
「…………菊」
ヨンスさんが、俯く私の手を握る。
「去年の夏に俺が日本に来た時のこと、覚えてるか?ほら、丁度お祭りやってたろ」
「は…………はい。覚えては、いますが…………」
「確か俺に貸して着させてくれたろ、浴衣。お前、似合ってるって言ってくれたよな」
その時俺、めちゃくちゃ嬉しかったんだぜ────そう言う彼の顔を徐ろに見やると、 穏やかに笑っていて。
「それと同じなんだぜ。俺は見たいな、お前の韓服姿。きっと似合うんだぜ」
「そう…………でしょうか」
「ああ。もしそれでお前を悪く言う奴がいたら、俺がぶっ飛ばしてやるんだぜ。ケンチャナヨ」
*
それから暫くした頃。其処にいたのは、大きな黒笠を被り、艶やかなトゥルマギを纏った私。それも、同じ格好をしたヨンスさんと一緒に、道を闊歩する私。
「へへ、やっぱりお前が着たら綺麗なんだぜ」
「…………そう、ですか」
「もし俺が王様だったら、お前を側に置くんだぜ」
「それは…………臣下としてですか?」
「臣下としてもそうだし、恋人としてもなんだぜ!」
そう宣って、私と手を繋ぐ彼。刹那、周りから聞こえる黄色い声。見ると、惚れ惚れとした表情で、私達の姿を見つめる通行人がちらほら。いつの間にか注目の的になっていたらしい。
「結構……見られてますね」
「わわ、本当なんだぜ」
「貴方がイケメンだからですよ、間違いなく」
「何言ってるんだぜパボ!お前も格好良いからなんだぜ!」
そんな軽口を叩きながらいつの間にか辿り着いたのは、大手旅行サイトの口コミでも人気のフォトスポット。
「記念に撮るんだぜ、写真」
「……私ごときが、撮られて良いんでしょうか」
「良いに決まってるだろ!似合ってるんだから!それにさっき言ったろ、お前を悪く言う奴は、俺がぶっ飛ばすって」
真っ直ぐな眼差しが、忽ち私に向けられる。
良いのだろうか、彼の誠意に甘えても。「加害民族」の私が、彼の善意に赦されても。
震える瞳を此方に向けると、彼はもう一度笑って。
「お前はお前なんだぜ。それで良いんだぜ、菊」
────嗚呼。
なんて、眩しい。
「それなら…………貴方と一緒に、写りたいです」
「ツーショットだな、了解なんだぜ!あ、すみませんアジョシ〜!ちょっと写真撮ってくれませんか〜!」
近くを歩いていたおじさんに、スマホ片手に声を掛けながら駆け寄るヨンスさん。
そんな彼に改めて心強さを覚え、改めて彼の私への愛に感謝した…………そんなひととき。