テラーノベル
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「残り、30秒…さよなら、栞。あなたの時代は、ここで完全に終わるのよ」
真由美が冷徹にカウントダウンを刻む。
指先が、全世界へと「偽りの平和」を確定させる実行キーに触れる。
だが、私は諦めなかった。
私が手にしていたのは、父・誠が狂気の果てに隠した
パンドラの「根源的なバグ」——自己崩壊コードを逆回転させた。
【感情の解放】の図形だった。
私は、青い炎を上げるその紙片を、サーバーの冷却ファンへと投げ込んだ。
「何をするの……!?」
真由美が叫ぶ。
その瞬間、紙片が吸い込まれたサーバーから、耳をつんざくような不協和音が響き渡った。
『……国民の……皆様……わ、私は…し、栞……』
大型ビジョンに映る「偽物の私」の映像が、激しく乱れ始める。
聖母のような微笑みが崩れ、その奥にある無機質な電子の骨格が露わになった。
「パンドラが……暴走してる!? 嘘よ、私の計算では完璧だったはずなのに!」
「完璧なんて、この世界には存在しないのよ」
結衣が、EMP手榴弾を床に叩きつけた。
激しい閃光と衝撃波が部屋を包み込み、真由美を拘束していたコンソールが火花を散らして沈黙する。
私の自由を奪っていた電子の鎖が解けた。
私は、喉を、胸を、全身を掻きむしるような衝動に身を任せ、マイクの前へと這い寄った。
もはや、ペンで書く時間さえない。
音が出ないのなら、私の「存在」そのものを、この電波に乗せる。
私は、マイクに向かって、魂の底から息を吹き込んだ。
「——…ッ、……ッ!!」
それは言葉ですらない、ただの「震え」。
だが、その震えは、パンドラの残滓を媒体にして
日本中のテレビ、スマホ、そして人々の脳内に直接
私の「真実の苦痛」を叩き込んだ。
街中の人々が、一斉に頭を押さえてうずくまる。
偽物の栞が語っていた甘い嘘が
私の生々しい「絶望」と「再生」の記憶によって、無惨に塗り替えられていく。
「……あ…ああ……」
真由美が、モニターを見つめたまま膝をついた。
画面の中の「偽物」は、私の本物の涙と重なり合い、やがてノイズの中に消滅した。
その時、タワーの入り口から、ボロボロになった九条さんが、蓮を抱きかかえながら部屋になだれ込んできた。
九条さんの右目は完全に潰れ、血が流れている。
けれど、その瞳には、かつてないほど確かな「意志」が宿っていた。
「栞さん…!終わったよ……世界が、目覚め始めた……」
窓の外を見ると、狂信的だった群衆が、一人、また一人と武器を捨て、呆然と夜空を見上げている。
洗脳が解けた彼らの頬を、静かな雨が濡らし始めていた。
だが、真由美が、狂ったような笑い声を上げた。
「……甘いわ。パンドラのメインサーバーは、もうここにはない。政府が、政府がすでに、大気圏外の衛星に『最終審判』のデータを送り出したわ。…あと数分で、日本中の脳が物理的に焼き切れる……!」
深冬芽以
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