TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する


深夜。

アルタイル集合住宅付近、朽ちた壁の片隅にぼろ切れが転がっていた。


ぼろ切れはもぞもぞ動き、怯えた顔を出す。


そう、ゼゲルである。

ゼゲルは浮浪者になっていたのだ。


血走った目をきょろきょろさせ、周囲を伺うと、光があった。


ランタンを掲げた奴隷部隊がこちらに寄ってくる。


「嫌だ。コワイ、コワイよぉ」


夜の帝都には魔物や殺人鬼が跋扈(ばっこ)している。

こうした夜の脅威を討伐する為に街を巡回しているのだが、ゼゲルにはその奴隷部隊こそが恐ろしい。


「おい、さっきの連携はなんだ。魔物が怖くて足が竦(すく)んだか? 役に立たない足はいらないな? 切断してやる!!」


奴隷兵に怒鳴り散らし、幅広の魔法剣を振るうのは、かつてゼゲルが児童売春に使った幼女、ハガネだった。


ハガネは凄まじい出世を遂げ、今は奴隷兵をまとめる立場にいるらしい。

しかも、奴隷たちの生殺与奪の権まで持っているようだった。


ハガネに助けを求めようと思ったが、すぐにそんなことは無理だとわかる。


売春の道具にされた恨みが、そう簡単に消えるわけがない。

自分がゼゲルだと気づかれれば、そのまま首を落とされかねない。


ゼゲルにとって、ハガネは殺人鬼や魔物より恐ろしかった。

殺人鬼や魔物は無差別に人を襲うが、ハガネは「ゼゲル絶対殺す幼女」だ。特別念入りにゼゲルを殺そうとするだろう。


ハガネが奴隷兵を蹴り飛ばし、次の地区へと歩いて行く。


ああ、切断はしないんだ。と思っていると、その隣の奴隷兵の左腕のヒジから先がないことに気づいた。どうやら、やる時はやるらしい。




どうしてこうなったのだろう。

借金が払えなくなって、闇の金貸しに身柄を確保されて。


そうだ。

思い出した。


あれは本当に屈辱的だった。


俺の借金は膨らみに膨らみ、1000万セレスを超えていた。

こうなるともう、個人がまともに働いて返せる額ではない。


最初に借りたのは500万セレスだったのに、おかしいと言ったのだが、金利がどうとか言われて一蹴された。


仕方ないので、兼ねてから住んでいた家を売ることになった。

性奴隷たちに客をとらせるために特別に作らせた広い家で、地下には奴隷を閉じ込めるための奴隷部屋もある。


なかなか買い手がつかず、値下げに値下げを続けた。


どうやら長く児童売春に使い、勝手に衰弱死した奴隷も結構いた為、いわく付き物件になっているらしい。


それもこれもあの奴隷商人、アーカードのせいと思っていたら。なんとアーカードが俺の家を買ってくれた。


2000万かけて作らせた家が、売れた時は700万だった。



ちなみにアーカードはその家を大事に使うどころか、燃やした。



炎輝く、深い夜に。

リズ率いる聖堂騎士団たちが聖句を唱える中、忌まわしき悪魔を焼き払うかのように、ごうごうと燃やした。


最後には塩を撒かれ、慰霊碑が立った。


『絶望の死を遂げた聖女たちに捧ぐ』


俺の家を燃やしたアーカードの周囲には人だかりができていた。


奴隷商会のクズどもや、俺が使い潰した幼女の親族、聖堂教会に、奴隷部隊。貧民街の売春婦たち、そして優しき帝都の人々が、アーカードを褒めそやした。


当のアーカードは涙を流し「すまない。オレの力が至らぬばかりに、発見が遅れた」「もう少し早く気づいていれば、救えていたかもしれない」などとのたまう。


いや、そんなことはないぞ!


アーカードは俺が児童売春をしていることを知りながら、放置していた!

なんというクズだ!!


そう、声を上げて抗議したかったが。

そんなことをすれば自分が群衆に殺されかねないのでやめた。


ちなみに俺はというと、聖堂騎士団たちに両脇を固められ、捕縛されていた。

最近、ずっと捕縛されている。



そうだ。

あの時だった。


群衆の中のアーカードが、俺を見たのだ。

何かにふと気づいたような顔で、俺を見た。


すると、つられるように群衆が俺を見た。


アーカードはさっと目を背けたが、群衆はその意味をすぐに理解した。


顔に憎悪を浮かべ。

群衆が叫ぶ。


「悪魔の館を生み出し、子供に絶望を与えたやつは誰だ!!」


あいつだ! あいつだ! ゼゲルだ!!


「ああ、私があの子を手放さなければ」

「俺が売った奴隷になんてひどいことを!!」


「誰だ! 誰が悪い!」


あいつだ! あいつだ! ゼゲルだ!!


「なぁ、やはり。ゼゲルは悪だ。殺すべきではないか?」

「女神ピトスの名の下に!」


「誰を殺す? 誰を殺す?」


あいつだ! あいつだ! ゼゲルだ!!


アーカードの視線が一瞬。俺に触れた。

ただそれだけで群衆たちに火がついたのだ。


火は瞬く間に燃え広がり、熱狂がうねりをあげている。


「おい、聖堂騎士団が動き出したら足止めしろ」

「あのクズの首を刎ねるのは、わたしだ」


「はいっ! ハガネ様!!」


すでに、殺すか殺さないかではなく。

どうやって殺すかの領域に入っている。


群衆に紛れて、こちらに背を向けるアーカードの顔が見えた。


吐き気をもよおすほどに邪悪な、支配者の顔だ。

奴隷商人の口がかすかに動く。


それは俺に伝わりやすいように、ゆっくりと動いた。


「奴隷魔法を使うまでもない」

「お前ごとき、視線一つで殺せるんだよ」


(こいつ、完全に理解してやってやがる!!)


あの時の感情をどう表せばいいだろう。

まるで、世界全てに否定されるような心地だった。


俺は聖堂騎士団の捕縛を振りほどいて、逃げた。

全力で逃げた。


だって、殺されるから。




その翌日。

帝都中に、凄まじい速度で俺の悪行が流れた。


きっとこの日の為に用意していたのだろう。

アーカードは自費で大量の紙を用意し、そこに俺の悪行を書いては無償で配っているらしい。


しかも、手で書くわけではない。

特別な方法を使って、一瞬のうちに文字を書くのだ。


どうやら、アーカードは板木に俺の悪行を鏡映しに彫り込み、インクをつけて押すという新しい技術を生み出したらしい。


これなら、奴隷が板木にインクをつけて紙に押しつけるだけでいい。


言うなれば巨大で複雑な印鑑のようなものだが、このような使い方を考えた者は未だかつていなかった。


その工程をインサツ。

インサツされた紙をシンブンというらしい。


これだけで凄まじい富を生み出せそうな発明だ。

その発明を、俺を殺すために惜しげも無く使ってきている。


確かに逃げたのは俺だけど、そこまでやる?



いや、よく考えてみれば、俺を殺す為だけではない。


俺の悪行が広まれば広まるほどシンブンも広まり、インサツの価値が高まるのだ。つまり。


あいつ、俺を殺すついでに金儲けをしている。


「うぐぐ、許さん! 許さんぞ!! アーカードぉぉお!!」


月に叫ぶと、アルタイル集合住宅から「うるせえぞ!」と声が聞こえた。


俺は「ひぃっ」と縮み上がって、そのまま寝た。



奴隷商人~今更謝ってももう遅い。お前が虐待していたロリ奴隷はオレが全員買い取った。

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

29

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚