ホテル・グランドハイアット エイジアの最上階は、このホテルのオーナーである、韓洋のプライベートルームになっていた。8LSDKの室内は、ウッドカラーでまとめ上げられていて、部屋の隅には竹細工の猫のオブジェが飾られ、間接照明のやわらかな灯りによって、その表情は多様に変わっていく。
プロサッカーチームのオーナーでもある韓は、マスコットキャラクターに猫を好んで起用した。
中国の河北省で生まれ、両親と共に知人を頼ってアメリカで暮らし、その後、単身で日本へ渡った。
韓は、熊本で小さな電気修理屋を営み、時代の流れに乗って通信販売業から不動産業、そして、ホテル経営者として華麗な転身を遂げた。
一代で築いた韓洋グループの次なる野望は、電気通信事業への参入である。
総務大臣の平山夏生に近付いたのもその為で、近い将来、さくらテレビを買収し、中華思想を日本に根付かせた後に、中国共産党と共に日本侵略を画策していた。
「今日は深夜の会食で、韓は平山と会うはずだ、ふたりの関係性を知りたい、スキャンダルでいいんだ…頼むよ、エイガ…」
ベット脇に置かれた韓の鞄からタブレットを取り出して、手際よくバッテリーカバー裏面にマイクロチップを仕込んで元へと戻す。
一連の作業を数分で終えたエイガは、裸のままベットにごろんと転がって、三反園の言葉を思い出しながら天井を見つめていた。
部屋の隅のシャワールームからは、韓の鼻歌が聞こえていた。
エイガは、16歳の頃から韓に抱かれていた。
いくら仕事とはいえ、好きでもない男に全身を弄ばれる不快感は拭い去れなかった。
熱いシャワーや強烈なアルコールでも、そのねっとりとまとわりつく男の舌使いの感覚は消えない。
それはまるで、地べたを這いずり回るナメクジ…エイガはセックスの度にそう思っていた。
「出来ることならもう辞めたい」
この仕事が終ったら、三反園に相談するつもりでいた。
そして、
「ボクは。ミタさんを愛しています」
と、言いたかった。
困り果てた三反園の顔を想像し、ひとり照れくさそうに笑いを堪えていると、シャワールームから韓の声がした。
「おーい。一緒に流そう!早くおいでおいで」
エイガは明るく答えた。
「あいあいさあ!」
エイガの喉は、カラカラに乾いていた。
内乱準備及び予備対象者に対する情報収集、今回のミッションの先にあるものを、エイガは知る由もなく、只々、道化を演じなくてはならない運命を呪った。