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「奈良まち横丁の懐石家に予約を入れたよ。グルメの仕事仲間が、その店は料理は美味いし、雑木林の中にテーブルがあって神秘的な雰囲気がいいって教えてくれたんだ。ここからは僕にご馳走させてね、くるちゃん、夕べからずっと君と君の家族に世話になっている」
洋平がスマホを見ながら嬉しそうに言った
「昼間に結婚式であんな豪華なお料理を食べたのに、やっぱりお腹って減るものなのね」
クスクス笑っていつの間にか、二人はまるでカップルのように手を繋ぎ、土産物屋をはしゃいでひやかした
観光日和の人々が行きかう商店街で、二人は道を行く人の波の流れに乗った
ふぅ~・・・「それにしてもすばらしい結婚式だったね~。君のお母さんが主婦業に飽きたら、プロのパーティーオーガナイザーをやったら大成功を収めると思うよ。催物も、料理が出て来るタイミングも、バッチリだったし、一人一人に心細やかな気遣いは素晴らしかった。歓迎されている真心が伝わったら誰でも嬉しいよな」
母を褒めてもらえて嬉しくなったくるみが優雅な笑みを浮かべて洋平を見た
「私が小さな頃から母は人をまとめるのが上手だったわ。私が小、中、高の頃は、母はPTAに医療団、沢山のボランティアグループに参加していて、毎日その話を聞かされていたわ」
くるみがその頃を思い出して小さく微笑む
「父と結婚した頃は奈良医療系団の地区婦人部長をしててね。それで地域の妊婦さんを集めて自宅でマタニティ授業を開いてたんですって、基本的に人間が好きなのよ。おせっかいなの」
洋平は声を出して笑った
「お母さんは確かに忘れがたい性格だよ、僕の祖父が絶対気に入ると思う」
くるみは深呼吸をして自分に言い聞かせた
きっと彼はまだ演技の余韻が残っているのだ、役者という仕事は私生活でも役に成りきると言う
彼がお互いの親族を会わせようと、本気で思っているなんて早合点してはいけない
「あなたのお爺様が母を気に入るかどうかなんて、永遠にわからないわ・・・でもあなたから聞いた話からすると、一つ共通点がありそうね」
「何だい?」
「どちらの両親も、私達が似合いの相手とちゃんと結婚するのを望んでるわ」
「望みを叶えてやれないなんて、親不孝だな」
洋平の声もくるみ同様家族に申し訳ないような感じだった
「でも、僕達が自分の仕事に誇りを持ち、波に乗せるのにどれほどエネルギーを費やしているか親には理解できないんだろうな、その意味では君と僕は似合いのカップルかもしれないね、仕事が忙しすぎて、二人とも恋人を持つ時間がない」
くるみはホッとして言った
「それに気づいてくれて嬉しいわ。今朝なんかあなたが夜の間に記憶喪失になっちゃったんじゃないかと思ったわよ、私達の契約を無視してあまりにも億万長者のフィアンセ役に浸りきってるから・・・・ 」
ガヤガヤとした商店街で洋平がピタリと脚を止めた
「謝らなきゃならないことがある」
二人は立ち止まって見つめ合った
「君が困っているのは分かっていた・・・・事実、僕がした事や言った事のほとんどは、わざと君を怒らせようとしてやってた事なんだ」
くるみはわけがわからず首をかしげた
「それは、なぁぜ?」
洋平は再びくるみの手を握って歩き始めた
「僕に腹を立ててくれていれば、誠君を想って悲しむ事もないだろうと思ってね。そうすれば、結婚式も楽に過ごせると思った・・・」
「それは・・・正解ね」
くるみははにかみながら言った、事実を認めるのがこれほど簡単だとは
彼は初めからくるみの心の中に少しだけでも、誠に対する未練があることを見破っていたのだ
そして自分でも驚いているのだが、つい先ほど麻美と誠がハネムーンに旅だって行ったというのに、今の自分は少しも気にしていない
そしてこの喜ばしい無関心をもたらしてくれたのは洋平なのだ
「ありが とう・・・洋平君・・・私のことをそんなに気にしてくれて考えてくれて・・・昨日と今日・・・惨めなはずの一日をあなたのおかげで、想像したよりずっと楽に過ごせて私とても感謝してるわ」
そしてくるみは少し肩をすくめた
「両親と親戚に嘘をついた清算をしなければね・・・あの人達があなたをこんなに好きにならなければよかったのに、あなたはほんとに素敵だったもの・・・みんなあなたの様な人を家族に迎えられるって本当に喜んでいたわ」
洋平はじっと何も言わずにくるみを見つめた、慌てて彼の前で両手をヒラヒラする
「あ!でも・・・もう気にしないでね!私の家族に釈明するのはあなたの役目じゃないもの、このお芝居は全部私が仕組んだ事・・・あとは私に任せて」
「でも僕は必要以上に演技をしてしまった・・・僕にも責任はあるよ」
申し訳なさそうにくるみを見る洋平を、元気づけたくてわざと明るく言った
「いやぁね、もともと私が妹の結婚式に、一人で出席する勇気があれば何の問題もなかったんですもの。それに何よりも、私が愚かにも五十嵐渉なんて人間を考え出したのがいけないの、億万長者の国際金融家で独身でハンサムで沢山の有名人とも親しくて・・・・」
くるみはため息をついた
「本当に胡散臭いわね・・・・今思えばそんな人、現実にいるわけないのに」
「いや・・・そんなふうに言わないで欲しいな、くるちゃん。僕には充分現実みがあったよ、この二日間で報酬の為に、一生懸命演技する貧乏役者の洋平君に、すっかり愛着を感じてしまっているんだから」
きょとん?とくるみが首をかしげる
「愛着?自分の経歴を、そんな風に卑下するのは良くないわ。そりゃぁ、今はあなたは売れない役者でも、コツコツ地道に頑張れば、いつかきっと成功するわ、お金も多分その時にきっと・・・私だって最初は手取り11万から始めたものよ」
彼はクスクス笑って店のドアを開け、くるみの背中を軽く押し店内に入れた
クスクス・・・
「ああ・・・金のことじゃないんだよ、とにかく今は・・・腹ごしらえしようよ!」
彼があまりにも楽しそうにしているので、思わずくるみも笑みがこぼれる
麻美が誠と結婚したばかりなのに、こんなにすがすがしい気持ちでいられるのは、やっぱり彼のおかげだ
その店は蔵を改装した趣のある空間で、竹林を模した内装が目を引いた。竹林の内装の小道の先を行く彼の背中をじっと見る・・・
素敵なレストランで、楽しい同伴者と夕食をとるのはこんなに心がときめくものなのね・・・・
結婚式のお疲れ様会と称した二人のディナーは、上出来で、バルコニーのテーブルに着くと、ししおどし(※カッコンってヤツ)の音が静かに響き
落ち着いた和の空気が二人を包み込んだ
障子のライトから漏れる柔らかな灯りが、木の温もりと調和し、まるで別世界に入り込んだかのような雰囲気だった
彼が、あらかじめお店におまかせで注文しておいたのは、和のテイストが盛り沢山の特選牛しゃぶ懐石だった
しかも丁寧な男性の給仕が一人ついて、調理は全て彼がやってくれた
二人の前に特製の出汁と最上級の大和牛が運ばれてきて、薄くスライスされた肉は、驚くほど繊細で柔らかだった
食後のデザートまで申し分がなかった
すっかり満腹になった洋平は食後のコーヒーを、くるみはお店オリジナルジェラードを注文した
「・・・それで君は社長の意向に寄り添えるように会社経営のほうも勉強したんだね・・・・容易なことじゃないよ!特に君の場合は、家族の誰一人として助言をしてくれるわけじゃない、商売人じゃないんだから」
くるみは照れて言った
「ありがとう・・・そう言われると光栄だわ、私の仕事は女性の若いうちだけの腰かけ的な仕事だと思われがちだけど・・・・
それでも立派なキャリアに結びつけている秘書も多くいるのよ、与えられた部署を軌道に乗せて、運営するのが難しいってわかってくれる人に、話を聞いてもらうのは楽しいわ。それにあなたのアドバイスは本当に的確でびっくりしちゃう」
くるみは、ゆずシャーベットを口に入れて、彼を見つめて笑っ
「フフフ・・・この週末の嘘八百が私を混乱させてるわ。さっきのあなたの話・・・・原価効率を上げるためにうちの会社のコンテナ事業に、もっと投資すべきだと教えてもらっている間
すっかり私も、あなたが本物の国際金融家の五十嵐渉だと信じ込んで話を聞いていたもの、今からおうちに帰ってもあなたには召使いが待機してそう」
洋平は笑って言った
「実の所、この二日ほど召使いには暇を与えてるんだ、君の所で世話になるからってね、僕はこの役柄がすっかり気に入ってる。説得力があると言われると嬉しくなってしまうよ 」
クスクス
「もう〜信じないわよ・・・」
と洋平がくるみの右手を握った
「そのワンピース・・・可愛いね、前から君の服装が好きだったよ、センスがいい。着物の時のくるちゃんもすっごく綺麗だった。綺麗で、可愛くてそして超がつくほど真面目で純粋だ・・・」
さらに洋平は続ける
「君は僕の男としての本能をすごい力で揺さぶる、僕達は、二人一緒に型を取られたみたいに、きっとピッタリと合うと思うけど・・・・」
彼の瞳が優しく深みを帯びたように見える
彼はくるみの手の甲に指を走らせ、ゆっくりと撫でている
途端にくるみの体に熱い炎が燃え上がった
彼女は唾を呑んで暴走する感情に歯止めをかけようとした
「あ・・あの・・・洋平君?もう家族の誰も私達の話なんか聞いていないわ・・」
かつて私は誠への憧れを本物の愛だと勘違いした
でも・・・今洋平君に感じている魅力は、今まで誰にも感じた事のないもっと深いものだ
今やくるみの心臓のドキドキは、すぐそばの洋平にも聞こえそうだ
どうしよう・・・彼の顔がまともに見れない・・・
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