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俺は安心しきっていた。冤罪が晴れ、事件は終わり、日常が戻ってきたと思っていた。
「あら、拓斗くん、久しぶりね」
「お前はいつから俺のことを、拓斗くんって呼ぶようになったんだ?」
「ついこないだからよ。少し仲良くなったのだから、いいじゃない」
俺のクラスに奥出がいる。しかも、謎の紙切れを手に持って。
「それはなんだ。事件は終わったはずだぞ」
「あなたの中では冤罪が晴れて良かった、ぐらいに思っているんでしょうけど、私の中では何も変わっていないわよ」
「ゲームは続行、ということか」
予想はしていた。あの奥出が何の前触れもなく戦線離脱など、ありえなかったのだ。
「あと一週間、それだけ止めればゲームは終わるのよ」
「それだけって言うけどな、俺だって結構探すの大変なんだぞ。また模倣犯が現れたらどうするんだよ」
「もう、現れているわよ。そんなの」
俺は耳を疑った。もう現れているだって? そんなに頻繁に出てこられても困るんだが。
「おいおい、そうなったらまた俺が嵌められて、お前が迷惑を被るんじゃないのか」
「あの時は迷惑だなんて言ったけれど、別に、私はいつでもあなたを助けるつもりよ」
「そういう問題じゃないんだよなあ」
何か確信があって、模倣犯がいるなんて言っているんだろうか。俺に何かあったら、責任取ってくれるんだろうか。
「それよりこの紙、欲しい?」
「そりゃあ、またやられたら困るからな」
「じゃあ、どうぞ」
もはや何のために怪文書を作っているのだろう。これは怪文書でも何でもなく、ただの手紙と化している。
「先生が言っていたんだが、次こんな事件が起これば、警察を呼ぶらしいぞ。お前、俺が止められなかったら、大変なことになるんじゃないか?」
「それは確かにそうね。でも、ゲームを提案したのは私だから、それぐらいの覚悟はできているわよ」
「だから、そういう問題じゃないんだって」
奥出は全然分かっていない。俺がどれだけお前のことを心配していると思っているんだ。
「とにかく、ゲームは終わっていないし、約束も果たしていない。それだけのことよ」
「お前は変なところで頑固だな」
「さっきから気になっているんだけれど、『お前』って呼ぶのはどうかと思うわ」
じゃあ、なんて呼べばいいんだ。『奥出』か? まさか、『早紀』って呼び捨てにでもされたいって言うのか。
「他に呼び方が……」
「早紀ちゃん、なんてどうかしら」
「そんなキャラじゃないだろ」
想像しただけでも恥ずかしい。というか、絶対に呼ばれたことないだろ。
「じゃあ、早紀さん?」
「なんで下の名前で呼ばせようとする」
「それは、私が望んでいるからよ」
冗談か? 最近距離が近いぞ。
「分かった。俺が止められなかったら、罰ゲームとしてお前のことを『早紀さん』って呼ぼうじゃないか」
「なんだか嫌々呼ぶのね」
「いや、そういうわけじゃないけど。不快にさせたならすまない」
なんだよ、そんな可愛く拗ねなくてもいいじゃないか。
「いいえ、それでいいわよ。じゃあ、それまでせめて『奥出』って呼んでくれないかしら」
「それはもちろん。奥出、用件は以上か?」
「今日はこのくらいにしておきましょうか。あなたとお話しできて楽しかったわ」
奥出が感謝するなんて珍しい。もう何度も話をしてきたじゃないか、どうしてそんな急に『楽しかった』なんて言うんだよ。
「なあ、奥出」
「何かしら」
「いや、何でもない。また今度な」
家に来ないか? なんて言えなかった。俺たちはそんな関係じゃない。奥出はきっと、そういう意味で『楽しかった』と言ったんじゃないと思う。
二日後の放課後、奥出はまた俺のクラスにいた。
「お前、やる気あるのか?」
「ちゃんとあるわよ。あと、『お前』じゃないでしょう」
「あ、悪かった。奥出」
俺と奥出の位置は毎回同じで、俺が教室の出入口に、奥出が黒板の前に立っている。
「拓斗くん。今日もあなたの勝ちね」
「絶対にわざとだ。最近雑になってきてるじゃないか、さすがにばかな俺でもわかるぞ」
「別に手加減しているつもりはないのだけれどね。もう本当は、ゲームの意味がないことをお互い理解してきているでしょう?」
意味がないって言ったって、奥出が続けると言ったんじゃないか。まだ終わってないと、頑なに終わることを怖がっていたのは、お前だっていうのに。
「でも、ゲームは本気じゃないと、それこそ本当に意味がなくなってしまうじゃないか」
「たまには良いこと言うのね。少しは見習うわ」
「あと一週間もないんだろう? それに週三回だから、計算通りならあと一回止めれば俺の完全勝利だ」
一か月なんて早いものだ。模倣犯に一週間取られてしまったけれど、奥出とのゲームは正直楽しかった。
「願い事は変えないままでいいのかしら?」
「ああ、奥出の目的、怪文書を貼ろうとする理由はまだ聞いてないからな」
「そうね。でも、今更言う必要なんてあるの?」
逆にそれを知れなかったら、俺は何のためにお前のゲームに付き合ってるのか分からない。
「あるに決まってるだろ。後輩の企みは暴いたけど、元凶の奥出が何を思ってこんなことしてるのかまだ俺は知らないんだ」
「友人くんも、結局拓斗くんに何も話さなかったみたいね。まあ、私が口止めしていたのもあるのだけれど」
「お前らいつの間にか繋がってるよな。どっちから近づいたとか聞かないけどさ、きっとばかには分からないことなんだろう」
気が付けば、俺自身のことを『ばか』と認識してしまうようになった。でも、前より『ばか』にされている感はなくなった気がする。俺も、『ばか』と思うことは悪いことではないと納得してしまったのだろう。
「友人くんは友人くん、特に親密になったわけではないわ」
「なってもらっちゃ困るよ」
「あら、嫉妬かしら」
そうだよ。何か悪いかよ。友人に好きな子を取られてたまるか。
「ま、まあ、何でもいいだろ」
「そう。あえてこれ以上は聞かないでおくわ」
「あーあ、一言あの後輩に言ってやりたかったよ」
俺はあの時、対して仲良くもない後輩に散々言われて怒り心頭だったけど、奥出はなんであんなに怒っていたんだろうか。後輩は奥出を尊敬していたから、嫌なことを言われることもなかったはずだ。
「後輩が迷惑をかけたことは、本当に反省しているわ」
「いやいや、奥出だって怪文書を真似されて大変だっただろ? いや、そもそもあんなものを真似する奴がいるなんて思ってもいなかったけどさ」
「あら、そういうことね。やっぱり拓斗くんは面白い人だわ」
ん? 俺が何か面白いことを言ったか? ギャグを言ったつもりはないんだが……。
「面白い……ならいいか」
「心配しなくても、拓斗くんがゲームに勝てば真実が分かるわ。『模倣犯』についても、おまけでちゃんと説明してあげる」
「おお、なんとお優しい」
俺は大袈裟に感謝した。あと一回、本当にそれで最後なんだ。
「ねえ、拓斗くん」
「なんだよ急に」
「こう見えても私は、あなたにとても感謝しているのよ。初めてちゃんと遊べた気がするの」
それは、俺が子供っぽいという意味だろうか。奥出の性格上、大人びているから派手にはしゃぐこともなかったのだろう。
「お、おう。それなら良かった」
「あと、あなたの友人くんとゲームをした時も、特別な体験ができたわ。私が一番上ではなかったことを認識できて嬉しかった」
「な、なるほど……?」
友人とのゲームとは、多分あの日のことかな。どんなゲームをしたのか、俺には見当もつかないが、俺と友人がゲームをすると、毎回ほぼ引き分けで終わる。次はぜひ、三人でゲームをしたいものだ。