今週回収した怪文書。たった二枚だが、もはや怪文書の面影などない。
「なあ、友人。これは、解読する必要があるのか?」
「何かを伝えたいというよりは、ただのお遊びって感じだね」
「というか、お前も犯人知ってるんだから、解読する必要もなくなったろ」
結局、奥出と友人は関わりがあったのだから、友人は絶対にこの事件の犯人を知ってなきゃおかしいのだ。この友人が気づかないはずないのだから。
「そうだね。でもせっかく作ってくれたから、このお遊びに付き合ってあげようじゃないか」
「まったく呑気なもんだ。まあ、いいけどよ」
「さあ、一枚目は数字。縦横同じだけ数字が並んでいるね」
今回は二進数なんて難しいものではなく、本当にただの数字の羅列みたいだ。九行九列の正方形の数字、一行目は『123456789』、一列目も『123456789』だ。
「縦と横、それぞれ同じように数字が並んでるみたいだな」
「これ、もう一行目でなんの数列なのか分かるよね?」
「え、いや分かんない」
二行、二列目は『246802468』、三行、三列目は『369258147』、読めば読むほど分からなくなってくる。
「絶対に君でも分かるはずだよ。なんなら小学生でも解けるさ」
「そんなにプレッシャーかけるなよ。余計に分からなくなるだろ」
「じゃあ、五行、五列目を見たら少しは分かりやすいんじゃないのかい?」
五行、五列目は『505050505』。なんだこれ、変な二進数みたいなことになっている。
「うーん、分かんない」
「はあ、じゃあ、九行、九列目」
「もうちょっとゆっくり考えさせろよな」
九行、九列目は『987654321』。カウントダウンみたいになっている。
「これ以上のヒントが必要かい?」
「ああ、頼む」
「そうもまあ簡単に即答されると、逆にすがすがしいよ」
友人は数字と数字の間に、新たに数字を書き足し、数字を区切るようにスラッシュを入れた。
「お、なんか見覚えあるような、ないような」
「ほら、もっとよく目を凝らして」
「うーん、なんだっけ」
書き足された結果、二行、二列目が『2/4/6/8/10/12/14/16/18』になる。もう少しで思い出せそう。三行、三列目が『3/6/9/12/15/18/21/24/27』、五行、五列目が『5/10/15/20/25/30/35/40/45』となり、最後の九行、九列目は『9/18/27/36/45/54/63/72/81』。
「もうこれだけ出したのだから……」
「九九だ」
「ふう、やっと思い出したみたいで安心したよ」
そうだ、これは九九の下一桁を正方形に並べただけの数列だったんだ。意外と下一桁だけにされると分からなくなるもんなんだな。
気を取り直して二枚目。
「次は、イラスト付きだな」
「これはよく見る、無料のイラスト集から取ってきているみたいだね」
「たぬきとけむし……」
この紙切れには可愛らしいイラストと、ひらがなで書かれた意味不明の文章が書いてあった。
「僕は何も言わないほうがよさそうだね」
「なんでだよ」
「これはもう解くとかそういう次元じゃない。子供の本に載っているようなただのなぞなぞだ」
なるほど、つまり簡単すぎて逆に解くのが億劫だということか。
「確かに、これなら俺でもすぐ分かる」
「おお、もう分かったのかい?」
「さすがにばかにしすぎだ。これ、『た』ぬきと『け』むしってことだろ」
分かったというか、この問題、元々知っているものだ。文章は『せたいけかたいけでたす。けつたぎけもたがけんたばけりたまけしょたう。』、子供だましにもほどがある。
「じゃあ、結果を聞こうじゃないか」
「これを指示通りに読むと、『せいかいです。つぎもがんばりましょう』だ」
「文字通り正解だね。拓斗の割にはよく頑張ったじゃないか」
まあ、知ってるからな。ってそういうことじゃない。これが怪文書だなんて、ふざけてんのか。
「で、これに意味はあるのか?」
「ないだろうね。ちょっとばかし頭をひねるとしたら、一枚目の怪文書に対して、二枚目が言っているのかもしれないけど」
「ははは、面白い考察だぜ」
奥出は本当に何を考えているんだろうか。前まであんなに凝っていたじゃないか。最後の最後がこんな、子供だましの謎解きなど、俺はなんだか腑に落ちない。
「そういえば今回は一枚足りないね」
「多分明日、それが最後になる」
「そうか。いい結果になることを祈っているよ」
いつも通りいけば、明日必ず奥出は現れる。明日が終われば、俺と奥出の特別なゲームは今後開催されることはないだろう。
「なあ、友人。お前は奥出のことをどう思うんだ?」
「え、僕? そうだなあ。最初の印象はもったいない子だなって思っていたよ。でも、最近は拓斗と関わっていく中で、より人間らしく、女の子らしくなっているなって思うかな」
「あいつのこと、可愛いって思うのか?」
奥出は友人との関係を否定していたけど、こいつはこいつでどう思っているか分からないからな、確認しておかないと。
「君は心配性だなあ。恋愛的な意味はない、ただ、君が惹かれるのが分かるぐらい、印象的で魅力的な女の子になったなって思うだけだよ」
「な、お前、気づいてたのか」
「気づくも何も、ずっと一緒にいるんだから気づかないはずがないだろう。僕は小学生の時から君を見ている、それは逆に、君も僕の感情に気づけるはずだということだよ」
いや、確かに小学生の時からお互いを見てきたけど、俺は友人が誰かの行動に左右されているところを見たことがない。のろけや自慢すら、聞いたことがないんだから。
「お前に感情というものがあるのか疑問なんだが」
「失礼だね。僕だって人間だから、喜怒哀楽ぐらいはあるよ」
「じゃあ、今までで一番喜びを感じた瞬間は?」
俺自身が投げかけられても難しい質問だ。友人に応えられるはずがないと思う、多分。
「君が僕の親戚に引き取られた時かな。あれは涙が出るほど嬉しかったよ」
「嘘つけ、さらっと恥ずかしいこと言うな。じゃあ、一番ムカついた瞬間は?」
「そうだねえ、あの教師が君の邪魔をした時かな。もういないから、関係ないけどね」
そうだった。あのクソパワハラ教師は三日ほど前に、ド田舎の不良高校に飛ばされたんだったな。今頃元気でやってるかなー。まあ、興味もないけど。
「本当に恐ろしい奴だぜ。じゃあ、一番哀しかったことは?」
「それは、君が僕に嘘をつくたびに思っていることだね」
「俺の嘘をすぐ見抜くお前も悪いと思うぞ」
俺の嘘が下手なのか、友人に噓が効かないのか。俺は絶対後者だと思う。
「騙されてあげたいって父性すら生まれてくるぐらいだよ」
「お前に父性を抱かれる筋合いはねえよ。じゃあ、最後。一番楽しかったことは?」
「もちろんそれは、現在進行形で今だよ」
そんなウインクしながら言われても困る。でも、友人が大笑いしているところは見たことがないな。
「模範解答か。あーあ、友達の鏡かよ」
「いいじゃないか。ささやかな幸せが一番楽しいものさ」
「俺はお前が派手に笑ってるのを見たいんだが」
ファンサービスぐらいしてくれてもいいだろう。
「僕は下品な笑い方はしないよ」
「別にもっと大袈裟に笑顔を作るぐらい、いいじゃんか」
「性格上、無理」
きっぱり断りやがった。笑顔が苦手っていう奴は一定数いるけど、友人はそういう感じじゃないんだよな。普通ににこにこしている時はあるし、いや、にこにこというよりにやにやだな。でも、俺は友人が楽しいならそれでいいや。
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