テラーノベル
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その日、吉田は一人で事務所を出た。マネージャーやメンバーが心配だから送るという心配をよそにグループLINEに一言「1人で帰れるから大丈夫」とだけ残して事務所を後にした。
朝の予報通り東京の騒がしく、落ち着かない夜の街にふわふわと白い雪が舞い降りていく。その中を吉田は傘もささず歩いていた。家に帰りたくなくて、特に目的もなく街を歩く。12月に入り、世の中はもうクリスマスムードになっていた。そこら中でキラキラ光るイルミネーションは1人で歩く吉田を笑うように輝いていた。
イヤホンも何もせずにただ立ち尽くしていると、近くのベンチにいるカップルの痴話喧嘩が吉田の耳に嫌という程入ってくる。キッチンカーで何を頼むのかで少し揉めているらしい。お揃いのマフラー、コートを着て彼女が彼氏を強引にキッチンカーに誘導する。彼氏はそんな彼女を見て眉を困らせながらも仕方なくついて行っていた。
──羨ましい。
率直にそう思う。本当だったら佐野と吉田は家で一緒に夜ご飯を食べている頃だろうか。まさか今日見送った背中が恋人としてみる最後の佐野になるなんて吉田は思ってもみなかった。
吉田はこの騒がしい街でたった1人の気分になる。長いことここにいても苦しいだけのため、足早にその場から逃げた。
さっきよりも酷くなってきた雪の中を全力で走る。その白い鼻も耳も頬も真っ赤にして、かじかむ手を握り何も考えたくないという一心で走る。家に帰りたくなかった。ふたりで過ごした痕が沢山あるあの家に、幸せだけ残ったあの場所に。
気付いたら山中の家の前に来ていた。山中に連絡しようと震える手でコートのポケットからスマホを取り出したがやめた。迷惑では無いかと思った。ただでさえ今日自分のせいで仕事をひとつまるまる別日にずらしてしまったのだ。それなのにさらに家におじゃまするなんて。と吉田は思ってしまったのだ。
だからといってどこかに行く宛てがある訳でもない。山中のマンションの前で壁に背を預けながらこの後のことを冷静に考える。
家に帰って、佐野の荷物をまとめる。そのためにはダンボールを用意しなければ。お揃いのものはどうしようか。いや、もう必要ないから捨ててしまっていいだろう。マグカップにスリッパ、パジャマ、部屋着。お揃いのものを捨てたら吉田の家には何が残るだろう。
そんなことを考えていると山中のマンションの前に1台の車が止まり、中から男が一人出てきた。不審者に思われないようにたまたま通り掛かった通行人を演じようと吉田は方向を90°変えて歩き出そうとした。
「えっ、…じんちゃん?」
男は山中だった。時間的にもう家の中だと思っていたが、今帰ってきたらしい。ゆっくり振り返ると山中がマフラーをふわっと首に巻きつけた。
「……いつからいたの。」
「……。わかんない。」
「顔真っ赤じゃん。手もこんなに冷たくなって。ほら、早く行くよ。」
山中は何も言わず、さも当たり前かのように吉田の手を取る。氷点下の中ずっと外にいたため冷えきった身体が、山中によって繋がれた手と巻かれたマフラーからだんだん熱を取り戻していく。
山中の部屋に着くと吉田は申し訳ない気持ちでいっぱいになっていた。迷惑かけないつもりだったのに結局こうして部屋に招き入れて貰っている。
「そんなとこで固まってないではやくおいで。」
玄関でいつまでも靴も脱がずに動こうとしない吉田に、山中は優しく微笑み手を差し出す。それでも動こうとしない吉田の手をほぼ無理やり掴み部屋の中に引っ張る。吉田は慌てて靴を脱ぎ山中について行った。
山中はすぐにエアコンのリモコンのオレンジ色のボタンを押す。ピッという音とともに吹き出し口のパネルが開くと、暖かい風が出てくる。外気に触れ、冷えまくった身体がじわじわと温まるのを吉田は感じながらコートを脱いだ。
「ん、コート貸して。ハンガー掛けとくから。」
「あ、ありがと…。」
山中の言葉に甘えてコートを預ける。
ソファに体を沈めると今日起きたことが一気にフラッシュバックする。佐野から言われた言葉、向けられた視線、全てはっきりと。部屋は温まってきたはずなのにまた身体が震え出す。
思い出さなければいいのに。
今の吉田には無理だった。気がつくとふと佐野の顔が脳内によぎる。笑顔、寝顔、甘える時の溶けた顔。今日の怖い顔。全てが紛れもなく佐野だった。その事実が容赦なく吉田にのしかかる。
山中はコートをハンガーにかけ終わり、吉田に事情を聞こうと振り返った。そこには朝にも見た、もう二度とみたくないと思った小さくなって震える吉田の姿があった。そこから弾かれるように吉田の元に向かう。外着のまま隣に座り全力で抱きしめる。
1人で帰れるとLINEに残し居なくなった吉田が心配で心配で堪らなかった山中は家の前で当の本人がいるのだから驚いた。だが一緒に安心した。いちばん恐れていた、そのまま消えてしまうのではないかという最悪の予想が外れたからだった。
山中は腕の中でガタガタ震える吉田に対して何を言ったらいいか分からず、ただ背中を撫でることしかできない自分に腹が立った。自分は今目の前で震える彼に今まで何度も救われてきたというのに。いざと言う時に返せないのか。自分はこうも無力なのか。抱きしめても背中を撫でても様子の変わらない吉田を見て、そう突きつけられているようだった。
吉田は自分でたっぷりの時間を使って呼吸を整え、落ち着いた。ずっと抱きしめてくれていた山中の背中を優しくトントンと叩くと、山中はゆっくりと離れた。不安そうに眉をひそめ吉田の顔色を伺う。少しだけましになった顔色に安心したがまた1人にはさせれないと思った山中はそこから吉田の元から離れなかった。お風呂も食事も夜寝る時でさえ1ミリも離れなかった。
翌日、2人は一緒にマネージャーの車に乗り込んだ。マネージャーは二人で山中の家から出てきたことに対して何も聞かなかった。それどころか心から安心する様子だった。
山中は自分の肩に頭を預け、隣で意識を失ったように眠る吉田の寝顔を見ながら、佐野に真実を聞こうと心に誓った。
#ご本人様には関係ありません
はっぱ
70
#さのじん
コメント
1件
のりもちさん、第8話「雪」読みました…!😭💕 吉田が雪の中を一人で彷徨う姿、めちゃくちゃ胸が締め付けられました。お揃いのマフラーのカップルを見て「羨ましい」って思うところ、切なすぎる…。そんな中で山中が「当たり前のように」手を取って連れて行ってくれるの、尊すぎて泣ける…!「そんなとこで固まってないではやくおいで」の優しさよ…。二人の関係性がじわじわ温まっていく感じが雪の寒さと対照的で、めちゃくちゃエモかったです!次回、山中が佐野に何を聞くのか気になりすぎる〜!✨