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第25話「八百十二歳のエルフから電話が来ました」
午前九時七分。
営業企画部。
部長の机の電話。
その向こうに。
八百十二歳のエルフがいる。
らしい。
「森野さん」
部長が受話器を持ったまま言う。
「どうする?」
森野リリカは固まっていた。
「本当に八百十二歳って?」
「本人がそう言ってる」
「名前は?」
部長がメモを見る。
「エリアス・リンデン」
神崎レオンの表情が変わった。
「知ってるの?」
森野が聞く。
「名前だけ」
「有名?」
「かなり」
相沢直人が聞く。
「エルフ界の芸能人?」
「違います」
「政治家?」
「それも少し違います」
「じゃあ何?」
神崎は考える。
「長老です」
田中美咲が小声で言う。
「ファンタジー感が急に増した」
森野が受話器を受け取る。
「お電話代わりました。森野です」
『――』
相手は日本語だった。
しかも。
かなり流暢。
森野が驚く。
「日本語、お上手ですね」
『――』
「え?」
森野の耳が。
ぴく。
「江戸時代に日本に?」
相沢が振り返る。
田中も。
部長も。
神崎だけが。
それほど驚いていない。
「はい」
森野が続ける。
「はい」
「……はい」
表情が少しずつ真剣になる。
「分かりました」
「では」
「今夜ですね」
電話終了。
受話器を置く。
全員が見る。
部長。
「どうだった?」
「会いたいそうです」
「日本に来るの?」
「もういます」
「え?」
「東京に」
相沢が聞く。
「いつ来たの?」
「昨日」
「早い」
神崎が言う。
「おそらく公表直後に動いたのでしょう」
田中が聞く。
「八百十二歳ってどんな感じなんですか」
森野。
「私も知りません」
「森野さんより六百六十九歳上?」
「計算しないでください」
「森野さんが新人みたい」
「エルフ社会では、わりと若いです」
相沢が止まる。
「百四十三で?」
「はい」
「若手?」
「はい」
「じゃあ俺は?」
「赤ちゃんです」
「三十一歳だけど」
「赤ちゃんです」
田中が笑う。
「相沢赤ちゃん」
「やめて」
午後六時半。
仕事終了。
待ち合わせ場所。
都内のホテル。
相沢。
森野。
神崎。
三人でロビーへ入る。
相沢が聞く。
「俺も行っていいの?」
森野が答える。
「来てください」
「また精神安定要員?」
「はい」
「正式採用された?」
「無期限です」
エレベーター。
最上階。
ラウンジ。
窓際に。
一人の男性が座っていた。
白髪。
長い。
顔にはしわがある。
しかし。
老人というほどでもない。
見た目は。
六十代くらい。
そして。
耳。
隠していない。
森野より。
少し長い。
男性が立つ。
「森野リリカ」
「はい」
「神崎レオン」
「はい」
そして。
相沢を見る。
「あなたが」
「はい」
「人間の恋人ですね」
相沢。
「……はい」
森野の耳が。
ぴく。
「そこまで知ってるんですか」
エリアスは笑う。
「インターネットは便利ですね」
八百十二歳。
スマートフォンを持っている。
相沢は。
そこに一番驚いた。
四人で座る。
エリアスが言う。
「まず」
「はい」
「あなたを責めるために来たわけではありません」
森野の耳が少し上がる。
「安心しました」
「むしろ」
エリアスは森野の耳を見る。
「よくやりました」
森野が止まる。
「え?」
「耳を出した」
「はい」
「勇気が必要だったでしょう」
「……はい」
「私には」
エリアスが笑う。
「三百年かかりました」
相沢が聞く。
「三百年?」
エリアスはうなずく。
「私は長い間、人間社会で耳を隠していました」
「いつまで?」
「十九世紀まで」
「十分昔ですね」
「私には最近です」
森野が小声で言う。
「分かります」
相沢には。
まったく分からない。
エリアスは北欧の小さな町で。
百年以上前から。
一部の人間には。
自分がエルフだと明かしているという。
「問題にならないんですか?」
森野が聞く。
「なりました」
「やっぱり」
「新聞にも載りました」
「はい」
「研究者も来ました」
森野が顔を上げる。
「研究?」
「血液をくれ」
「……」
「身体を調べたい」
「……」
「長寿の秘密を教えろ」
森野の耳が下がる。
エリアスは静かに言う。
「あなたが今、経験していることと同じです」
「どうしたんですか?」
「断りました」
「全部?」
「最初は」
「最初?」
エリアスはコーヒーを飲む。
「その後」
「はい」
「条件を決めました」
神崎が身を乗り出す。
「どのような?」
「私自身の尊厳を守ること」
「はい」
「研究目的を明確にすること」
「はい」
「エルフを長寿の資源として扱わないこと」
森野は黙って聞く。
「そして」
エリアスが言う。
「人間だけの利益にしないこと」
森野が聞く。
「どういう意味ですか?」
「エルフにも病気はあります」
「はい」
「怪我もする」
「はい」
「老化もする」
「はい」
「ならば」
エリアスは言う。
「研究するなら、人間とエルフの双方に利益がある形にすればいい」
森野は考える。
「そんなこと」
「簡単ではありません」
「ですよね」
「だから時間をかける」
エリアスは笑う。
「私は時間がありますから」
相沢が言う。
「八百十二歳ですもんね」
「そうです」
「あとどのくらい?」
森野が。
相沢の足を踏んだ。
「痛っ」
「失礼でしょう!」
エリアスが笑う。
「構いません」
「すみません」
「私にも分かりません」
「分からない?」
「エルフも自分の寿命は知りません」
森野がうなずく。
「そうなんです」
相沢が森野を見る。
「知らなかった」
「聞かれませんでしたから」
「何歳くらいまで?」
森野。
「人によります」
エリアス。
「千年を超えた者もいます」
相沢。
「千年」
神崎。
「珍しいですが」
相沢は森野を見る。
百四十三。
突然。
とても若く見える。
「何ですか」
「いや」
「何?」
「森野さん、まだ人生始まったばかりなんだなって」
森野の耳が。
少し下がる。
「相沢さん」
「うん」
「それ」
「何?」
「あまり好きじゃありません」
「ごめん」
理由は。
分かった。
相沢の人生は。
森野の人生の。
ほんの一部になるかもしれない。
エリアスは。
二人を見る。
「それが問題ですか」
森野が答える。
「少し」
「人間との恋愛」
「はい」
「私も経験があります」
相沢と森野。
同時に見る。
「人間と?」
森野が聞く。
「はい」
「何回?」
エリアスが考える。
「七回」
森野。
「七回」
相沢。
「七回」
神崎。
「多いですね」
エリアスが笑う。
「八百年ありますから」
森野が聞く。
「全員?」
「先に亡くなりました」
空気が。
少し静かになる。
「つらくなかったですか」
森野の声。
エリアスは。
すぐには答えなかった。
「つらかったですよ」
「……」
「七回とも」
「それでも?」
「はい」
「また人間を好きになった?」
「はい」
森野の耳が。
わずかに動く。
「どうして?」
エリアスは窓の外を見る。
東京の夜景。
「寿命が違うから愛さないというのは」
少し考え。
「私には、もったいなかった」
森野は黙る。
相沢も。
「別れが怖いから出会わない」
エリアスは言う。
「それも選択です」
「はい」
「間違いではない」
「……」
「でも私は」
静かに笑う。
「別れの悲しさより、一緒にいた時間を持っているほうを選びました」
森野の耳が。
ゆっくり上がる。
相沢は。
何も言わず。
テーブルの下で。
森野の手に触れる。
森野は。
握り返した。
エリアスが言う。
「見えていますよ」
森野が赤くなる。
「エルフは耳だけじゃなく目もいいんですか!」
「普通です」
「じゃあ見ないでください!」
話は二時間続いた。
研究。
社会。
秘密。
人間との共存。
そして。
午後九時。
別れ際。
エリアスが森野に言う。
「一つだけ」
「はい」
「あなたが公表したことで」
「……」
「世界中の若いエルフが動き始めています」
森野が止まる。
「若い?」
「はい」
「どのくらい?」
「二百歳以下」
相沢が言う。
「基準がおかしい」
エリアスは続ける。
「耳を隠さず生きたい者」
「……」
「人間の友人に本当のことを話したい者」
「……」
「結婚したい者」
森野の表情が変わる。
「私のせいで?」
「あなたのせい、ではありません」
「でも」
「あなたを見て」
エリアスは言う。
「自分もそうしたいと思った」
森野は。
何も言えない。
「だから」
「はい」
「これから少し騒がしくなります」
相沢が聞く。
「少し?」
エリアスは笑った。
「かなり」
翌朝。
午前八時五十分。
営業企画部。
森野が出社。
今日も耳は出ている。
「おはようございます」
田中が駆けてくる。
「森野さん!」
「今度は何ですか」
「ネット!」
森野の耳が下がる。
「もう嫌です」
「違う違う」
「何ですか」
田中がスマートフォンを見せる。
動画。
海外。
若い女性。
金色の髪。
長い耳。
カメラに向かって。
自分はエルフだと。
公表している。
次。
男性。
長い耳。
次。
女性。
次。
夫婦。
人間の男性と。
エルフの女性。
次。
アジア。
次。
南米。
次。
北欧。
次々に。
耳を隠していたエルフたちが。
動画を投稿していた。
ハッシュタグ。
『#WeAreElves』
森野は。
画面を見たまま。
動かない。
神崎も。
自分のスマートフォンを見る。
「始まりましたね」
「レオン」
「はい」
「何人?」
「今確認できるだけで」
画面をスクロール。
「四十七人」
「四十七……」
相沢が言う。
「森野さん一人じゃなくなったね」
森野は。
長い耳に触れる。
そして。
画面の中の。
耳を隠さず笑っている女性を見る。
「そうですね」
少し。
笑った。
その日の昼。
ニュースサイト。
テレビ。
SNS。
世界中で。
同じ言葉が流れ始めた。
『エルフは実在するのか』
そして。
午後二時。
会社の会議室。
部長が頭を抱えていた。
「森野さん」
「はい」
「会社から相談」
「何ですか」
「採用ページ」
「はい」
「エルフの応募が来た」
森野。
「……」
相沢。
「……」
神崎。
「……」
部長が履歴書を見る。
「二百三歳」
田中が小声で言う。
「即戦力ですね」
森野の耳が。
ぴく。
会社にかわいいエルフがいる場合。
どうやら。
もう。
一人や二人では。
済まなくなりそうだった。
コメント
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うわあああもうこの話めっちゃよかった!!😭💕 エリアス、八百十二歳のエルフが登場って時点でテンション上がったけど、まさかスマホ持っててインターネット使いこなしてるとは思わなくて笑ったww「人間の恋人ですね」からの「インターネットは便利ですね」の流れ、ギャップ萌えすぎる🤣 でも一番グッときたのは「別れの悲しさより一緒にいた時間を持っているほうを選んだ」って言葉…あれ、森野さんと相沢くんの未来にも重なるし、めっちゃエモかったです…テーブルの下で手握り合うシーン、ずるいよnashirinさん😭💕 そして最後の #WeAreElves の連鎖、会社にエルフの応募が来たオチ、「一人や二人では済まなくなりそう」って伏線回収もニクすぎる…!続き超楽しみにしてます!!🔥